さすがにこの場では診察も何もできない。そう言われて、キラ達はバルトフェルドの本拠地へと足を運ぶことになった。
 だからといって、完全に相手を信用することもできない。
 どうするか、と考えた挙句、キラと共に同行したのは、フラガとフレイだった。
「……フレイ……」
 大丈夫、とキラは彼女に問いかける。一緒に行ってくれるのは嬉しいが、コーディネイターが嫌いだろうと。
「だって、仕方がないじゃない! キラは今、女の子なのよ! そんなところに一人で行かせるわけにはいかないでしょう? 第一、同行するのがフラガ少佐なんて……安心できるわけないじゃない!」
 ただでさえ、艦内であんな事やそんなことをしかけていたって言うのに……と叫びながら、フレイはハンドルを握っているフラガを睨み付ける。
「他のみんなだって心配してるのよ。キラが少佐に襲われないかって」
 特に艦長と副長は……とフレイが付け加えた瞬間、三人が乗り込んだ車が大きく蛇行した。
「少佐!」
 そんな彼を、フレイが怒鳴りつける。少なくとも立場上は《上官》に当たる相手に、そんなことをしていいのか、とキラは悩む。だが、フレイはまったく気にしていないようだ。
「お前さんねぇ……俺がそう言う人間に見えるわけ?」
 何とか車の体勢を整えたフラガが、ため息混じりにこう言ってくる。怒っていないのが不思議だ、とキラは思う。
「見えるんじゃなくて、そのものです! 少佐がキラにしたことは、みんな怒っていたんですからね」
 副長なんて、全部メモしていましたよ……とフレイはさらに言葉を重ねる。
「……バジルール中尉が?」
 彼女が一体そんなものを何に使うのだろうか、とキラは思う。
「まじかよ……」
 しかし、キラ以上にその事実を怖がっていたのはフラガだった。
「本当です。既に少佐のチェックシートは真っ赤でした。この先にあったことも全部報告をするように言われています!」
 ついでに、キラをきちんと守れ、とも……とフレイは口にする。
「フレイ……僕、コーディネイターなんだけど……」
 だから、フレイに守ってもらわなくても大丈夫だ……とキラは言外に付け加えた。
「でも、あんたはぽややんさんだから、少佐にあっさりと言いくるめかねないじゃない!」
 フレイのこの言葉に、キラは思い当たる節が山ほどありすぎる。だから、思わず視線をそらしてしまう。
「少佐も少佐です! キラに自覚が薄いことをいいことにして、あれこれしないでください!」
 そうやって、キラの胸に手を伸ばさない! とフレイは運転席から延びてきたフラガの手をたたき落とす。
「俺はだなぁ……」
「問答無用です! キラに触らないでください!」
 でなければ、バジルールに言いつけますからね……と言う言葉に、フラガはため息をつく。
「……僕って……」
 ストライクに乗っていなければ本当にただのお荷物なのではないか……とキラはまぶたを伏せる。
「いいのよ、あんたはそれで。可愛いから」
 でなければ、自分が理念を曲げてまで世話をしない、とフレイは言い切った。ただの道具扱いをして終わりだとも。それにどう答えればいいのかわからないキラだった。
 下手に同意をすれば自分が《可愛い》と言われていることを認めることになってしまう。だが、否定すれば否定したで、フレイの機嫌を損ねることもわかっていた。
「しかし、コーディネイターってやっぱり中性的なのね。顔立ちは変わってないのに、女の子でも違和感ないんだもん、あんた」
 惜しむらくは化粧をさせてくれないことだ……とフレイはさらに付け加える。
「フレイ……あのね……」
「わかっているわよ。昨日の今日で納得できるなんて思っていないから」
 まぁ、下着だけは女物らしいのに替えさせただけでもまし、と言うことにしておこう……とフレイが口にしたときだ。フラガが慌てて口元を抑えている様子がキラの瞳に映る。
「少佐? どうか……」
 それとも、具合でも悪くしたのだろうか……とキラは慌てて声をかけた。
 だが、そんなキラの心配を尻目に、フレイの表情が険しくなる。
「変な想像をしないでください!」
 そして、こう叫ぶ声が砂漠にこだました。

「……本当にここでいいんだな?」
 目の前に広がる《館》とも言える場所を見て、フラガが問いかけてくる。その表情が疲れ切っているように見えるのはキラの気のせいではないだろう。あれからあれこれ悶着があったのは否定できないのだ。
「たぶん……僕たちが前に連れてこられたのはここでしたから」
 だから、ここなのだろう……とキラはとりあえず彼に言葉を返す。
「カガリが言っていたわ。ここの有力者の家を取り上げたんだって」
 本当、悪趣味よね……と言ったのはフレイだ。一体いつの間にそんな情報を入手してきたのだろうか、とキラは思う。
「それとも……」
 さらに何かを口にしようとするかの序の口をキラは慌てて塞ぐ。
「まずいよ、フレイ……ここは、ザフトの施設なんだし……そこで悪口を言うのは」
「最悪、処刑されてもおかしくないわよね」
 キラの言葉を奪うように、柔らかな声が言葉を口にする。それに三人が慌てて視線を向ければ、綺麗に口紅を塗った口元に艶やかな笑みを浮かべている女性の姿が見えた。その相手を、キラは覚えている。
「えっと……」
「……まさか……」
 だが、キラが彼女に呼びかけるよりも先にフラガが口を開く。
「アイシャ……アイシャ・デイビス中尉……」
 この言葉に、アイシャは苦笑を浮かべ、キラとフレイは目を丸くする。
「本当、奇遇よねぇ……ムウ・ラ・フラガ中尉……じゃなくて、今は少佐のようね」
 まぁ、あれだけ大騒ぎをしてくれたのなら当然だろう……と彼女は笑い声を立てた。その表情は人目を惹くものだと言っていい。
 しかし、それ以上にキラ達の注意を惹いたのは、フラガが彼女に呼びかけた呼称だ。
「……中尉って……」
 ザフトにそんな階級があるとは聞いたことがない。そして、同じような階級を持っているオーブ軍の呼称は違ったはずだ。と言うことは、地球軍のものなのだろう。
 つまり、目の前の女性はかつて――あるいは今もなのか――地球軍の一員だった、と言うことになるのではないだろうか。
 しかし、それならばどうして、そんな人物がザフトの隊長の片腕的な地位にいるのか。
「まぁ、いろいろとあったのよ。第一、私は今MIAのようだし、幽霊のようなものね」
 くすくすと彼女はさらに笑いを深める。
「それについても、検査ついでに教えてあげるわ。どうせ、時間がかかるんだから」
 こちらも聞きたいことは山ほどあるし……といいながら、彼女は三人に車から降りるようにと指示を出す。
「……確かに、じっくりと聞かせて貰いたいものだな」
 そんな彼女に、フラガが複雑な口調で言葉を投げかける。彼の瞳に、剣呑な光が見え隠れしているのは気のせいだろうか。
「……あの人、ナチュラルなの?」
 初めて見るのだろう。そんな彼に恐怖を隠せないという様子でフレイがキラにすり寄ってくる。
「僕に聞かないでくれる?」
 大丈夫だから……と付け加えながら、キラは二人を見つめていた。



と言うわけで、今回のアイシャさんはナチュラルです(^_^;