「……キラを守るために、何が出来るんだろうな、俺に……」
 窓の外を見つめながら、イザークはこう呟く。
「アスランが、あそこまでキているとは、誰も思わなかったしな」
 ディアッカも言葉を返してくる。
 そう、アスランがあんな態度を見せるとは、誰も思っていなかったのだ。表面上は大人しくバルトフェルドの言葉を受け入れていたように見えるだけに、余計に厄介なのだと。
「……アスランとあの方が、月にいた頃、どのような関係だったのかわかりませんが……アスランがあそこまで執着をされている方とはお話ししてみたいですね」
 普段はアスランと仲がいいニコルまでがこういうのだから、なおさらだろう。
 しかし、とイザークは心の中で付け加える。アスランのキラに対する態度は《執着》と言う表現では甘いような気がしてならない。あれはむしろ《依存》ではないだろうか。それも一方的な……
「ともかく、キラが自分で選択を出来るようになるまでは、あいつの好きにはさせない」
 出来れば、自分を選んで欲しいというのがイザークの本音だ。だが、そうでなくても、自分の思いは変わらないと思う。
「不本意だけどさ……親を巻き込むしかないかもな」
 キラがしてきた――いや、させられてきたことを考えれば、その存在を知るものは少ない方がいい。しかし、そのせいでアスランに後れを取ってはキラのためにならないだろう、とディアッカは言うのだ。
「わかっている」
 どうして、今、自分にその力がないのか。
 言っても無駄だとはわかっていても、そう思わずにはいられない。
「キラの命が、最優先だからな」
 そのためなら、悪魔にだって頭を下げてやろう。イザークは口の中だけでこう呟いていた。

「……フレイ……」
 キラの吐息のような声がフレイの耳に届く。
「何? どうしたの、キラ?」
 そのまま、彼女はキラの顔を覗き込む。
「ご、めんね……迷惑、かけて」
 そうすれば、キラは蚊の鳴くような声でこう告げてきた。それが、先ほどの一件に対する謝罪なのだろうと言うことはフレイにもわかる。しかし、それはどう考えてもキラのせいではないはずなのだ。
「何で、あんたが謝るの?」
 あんたのせいじゃないでしょう……と付け加えれば、キラは小さく頭を横に振る。
「……だって……」
「ん?」
「僕が、守れなかったから……」
 誰を、と言う言葉をキラは口にはしない。だが、フレイにはしっかりとわかってしまった。同時に、どうして、自分はあの時あんなセリフを口にしてしまったのだろう……とも思う。
「バカね」
 フレイは出来るだけ優しい口調と微笑みを作った。
「もう、気にしていないわよ。あんたじゃなくたって、無理だってわかったもの」
 コーディネイターにだって、出来ることと出来ないことがあるのだ、とわかった。だから、あの時、自分がキラに向かって口にしたことは不可能なことで、それでキラを恨むのは本当に筋違いなことだったことも、今のフレイにはわかっている。
 もっとも、あの男に関しては別だけど……と彼女は心の中で付け加えた。
「……フレイ……」
 そんなフレイに、キラの呼びかけが届く。
 もう少し、キラにあれこれ説明したいのは事実。だが、そのために彼女の体力を失わせるわけにはいかないだろう。
「後で。今は眠って、熱を下げて、それからよ」
 でなければ、安心して話も出来ない……とフレイが言えば、キラは諦めたようだ。大人しく瞳を閉じる。そんな彼女の髪を、フレイは優しく撫でた。それは、彼女が眠りにつくまで続けられる。
 ようやく、キラの唇から寝息が――決して穏やかなものだとは言い切れないが――こぼれ落ちるようになって、フレイはほっとした。
「……あんな奴……」
 あいつのために、どうしてキラの傷がさらに深まらなければいけないのだろうか。
 そう考えれば、腹立たしいどころではない。
「私やキラが苦しんだのも、みんな、あいつのせいじゃない」
 そんなあいつが、今更キラに手を出そうなんて許せるわけがないだろう……とフレイは思う。
 しかもだ。
 あの男はフレイに対する侮蔑を隠そうともしなかった。はっきり言って、ここではそんな視線を向けられたことはない。バルトフェルドやイザーク達の他のザフト兵ですら、フレイにそれなりの態度で接してくれたのだ。それがキラのおまけだから、と言うことはわかっていても、フレイにコーディネイターに対する認識を変えてもいいのではないかと思わせていたこともまた事実である。
 しかし、アスランは違う。
 フレイがキラの側にいることすら許せないという態度を彼は取っていた。
 あるいは、フレイがこの地に暮らしていたナチュラルも同じ態度を見せたのではないだろうか。
「あんな奴に、絶対、キラを渡さないわ」
 だったら、イザークの方がまし……とフレイは呟く。
「大丈夫よ、キラ……私が守って上げるから」
 だから、必ずみんなの所に一緒に帰ろう。フレイはキラの寝顔に向かってこう囁いた。

 それからどれだけの時間が過ぎただろうか。
 誰かが控えめにドアをノックしてくる。
 この事実に、フレイは思わず眉を寄せてしまった。そして、そうっとキラから離れるとドアの方へと向かう。
「……誰ですか?」
 声を潜めて問いかければ、
「私よ」
 ドアの外から聞こえてきたのは、アイシャの声だった。
「今、開けます」
 キラを心配して顔を出してくれたのだろうか。そう思いながら、フレイはロックを外す。そしてドアを開ければ、彼女が体を滑り込ませてきた。
「……どうしたんですか?」
 彼女は両手に寝具らしきものを抱えている。それは、この部屋に二つしかベッドがないからだろう。だが、どうして……ともフレイは思うのだ。
「一応、警戒はするつもりだけど、万が一って言う可能性は否定できないでしょ? だから、彼が帰るまで、私もここに泊まり込むことにしたの」
 その方が貴方も安心でしょう? とアイシャは微笑む。
「でも……」
 いいのだろうか、とフレイは思う。
 確かに、彼女がいてくれるのは心強い。その実力は、フラガのお墨付きだし、何よりも彼女はここでみなから慕われている。そして、バルトフェルドの後ろ盾もあるのだ。
 しかし、同時に彼女を独占していいのかという思いもある。
「子供がそういうことは気にしなくていいの。アンディも納得済み。それよりも、今はキラちゃんの方が優先だわ」
 キラが自分でしっかりとした判断を下せるならばかまわない。
 だが、今のキラでは間違いなく彼に流れてしまうだろう。そして、それはキラのためにならないと分かり切っているのだ、とアイシャは優しい口調で告げる。
「それは……私も同じ考えです」
 あの男の存在がキラのためにならない、というのは……とフレイも頷く。
「それに、今はキラの体調も良くないし……」
 命に別状はないだろう、とドクターは口にしてくれた。ただ、環境が変わったせいでストレスを感じてしまったらしい。それが発熱に繋がってしまったのだ、とも。だから、元の環境に戻れば、すぐに今まで通りになれるはずだ、とも彼は太鼓判を押してくれた。
「そうね。ともかく、安静にしていられる環境を整えて上げましょう? そう言うことで私がここにいると言えば納得してくれるはずだわ」
 アイシャは言葉と共に手にしていた寝具を床に置く。
「あの……ベッド、使ってください。私が床に寝ますから」
 年長者である彼女を床で眠らせていいものか、とフレイは考え、こう口にした。
「大丈夫。私は慣れているし、いざというときにすぐ気づけないといけないでしょう? だから、こっちの方が都合がいいの」
 熟睡してしまったら、キラが連れ去られそうになっても気がつかないかもしれないからとアイシャが告げる。
「あの男が、そこまですると思っていらっしゃるのですか?」
 キラを動かせばどうなるか、知っているはずなのに……とフレイは眉をひそめた。
「本気で欲しいと思えば、常識で考えつかないようなことをするものよ。実際、私がそうだったし……だからね。最悪のパターンを考えてきたいだけ」
 何事もなければそれでいいんだけど……と言いながらも、アイシャがそう考えていないことがフレイにもわかる。
「……どうして、キラばっかり……」
 こんなに厄介事を背負わなければいけないのだろうか。フレイはそう言わずにいられない。
「でも、そこから見つかるものもあるはずだわ。それがキラちゃんにとっていいことであるように祈るしかできないのだけれどね」
 ともかく、彼女の体調を整えて上げることが最優先だろう……と言うアイシャに、フレイは頷いて見せた。



イザークとフレイの結論は『キラをアスランに渡さない』で決定です。さて、これからどうなるのか……