室内に飛び込んだ瞬間、イザークの視界に入ったのはアスランの背中と、彼を睨み付けているフレイの瞳。そして、ほっとしたようなキラの表情だった。 その事実にどこか安堵しながらも、彼女の顔色が悪いという事実にイザークは気づいていた。 「何をしているって? 見てわからないのか?」 幼なじみとの再会を果たしているだけだ……とアスランは吐き捨てるように口にする。この言葉の裏には、もちろん『邪魔をするな』という意味が含まれているのだろう、とイザークは推測をした。 「……だが、そいつらへの面会の許可は出ていないはずだが?」 こう言いながら、イザークはまっすぐにアスランを睨み付ける。 間違いなく、キラの顔色が悪い原因は目の前の男にある、と判断したのだ。 「第一、幼なじみだろうとなんだろうと、病人の前で大騒ぎをすることは好ましいとは思えないぞ」 特に、今のキラはちょっとのストレスでも命に関わるのだから、とイザークは心の中で付け加える。それを口に出さないのは、ここで説明をしても目の前の相手が早々簡単に納得をするとは思えないからだ。 「……病人、ね……なら、どうして本国に医師の要請をしない?」 意味ありげな口調でアスランはこう聞き返してくる。 この言葉から、彼がキラがストライクのパイロットだ、と知っていたという事実が伝わって来た。同時に、イザークの中の怒りが再びかきたてられる。 もし、目の前の相手が足つきにヘリオポリスの民間人である《同胞》がいる、と一言でも告げていれば、状況は大きく変わっていたはずだ。 自分は民間人を手にかけるという愚を犯さなかったはずだし、何よりも、キラがここまで苦しむような結果にならなかった……とイザークは思う。 「医師なら、ちゃんと手配をしているさ」 だが、専門家がなかなか掴まらないのだ、とイザークは心の中で呟いた。 「そうか? そうは見えないが」 ナチュラルの女に面倒を見させているあたり……とアスランは言い返してくる。 「仕方がないでしょう! キラが他の人だと気を使っちゃって、逆に体調が悪くなるんだから!」 何も知らないくせに、勝手なことを言うな! とフレイが反論を口にした。その気の強さに、イザークは思わず拍手を送りたくなってしまう。 「お前達ナチュラルが、キラをそうさせたんじゃないのか?」 だが、アスランはそんな彼女の叫びをこの一言で切り捨てる。 「キラを道具扱いしてぼろぼろにして、結局、放り出したんじゃないのか? 今更優しい表情をしてキラを守ろうとするなんて、最低だな」 言葉と共に、アスランはゆっくりとキラへと歩み寄ろうとした。 「何をする気だ?」 間に割って入りながらイザークが問いかける。 「決まっているだろう! キラを連れてカーペンタリアへ戻る。本国で治療を受けさせた方がましのようだからな」 だからどけ、とアスランはイザークを押しのけようとした。 「そして、彼女を殺すつもりなのかな?」 その時だ。 彼らの耳にバルトフェルドの声が届いた。 反射的に全員の視線が入口の方へ向けられる。そうすれば、バルトフェルドの後ろにディアッカ達の姿も確認できた。どうやら、自分が先走った後を、彼らがフォローしてくれたのだとイザークは理解をする。 それはありがたいとしか言いようがない。 このままでは、キラの前でアスランにつかみかかるような真似をしていたかもしれないのだ。そして、それが彼女にとってどれだけの衝撃を与えるかわからない……とも。 「……どういう事でしょうか」 アスランが不審そうに問いかけた。コーディネイターである以上、そのような状況があるわけがないというのが彼の気持ちなのだろう。 「それを説明する前に、ドクターに彼女の容態を診察させて貰おうか。少しでも早く行わなければ、それこそ命に関わる」 そして、男性陣はドクター以外、全員退出するように……と彼は命じる。 「どうしてでしょうか!」 「……相手は女性だ。人間としての最低限のルールだと思うが?」 夫婦や恋人であればかまわないだろうが……とバルトフェルドはアスランへと視線を向けた。それは一見すれば穏やかと見えるかもしれない。だが、その裏に確固とした意思が見え隠れしていた。 もし、これ以上アスランがごねるのであれば、命令することも厭わないのではないだろうか、彼は。 「……アスラン……バルトフェルドさんの言う通りにして……」 この場の雰囲気を変えようと言うのか。 それとも、アスランの立場を考えてのことか。 キラが苦しげな口調でこう告げる。 「キラ……」 アスランが、微妙に雰囲気を変化させてキラへと視線を向けた。だが、キラの瞳は彼を映していない。それは今、まっすぐにイザークへと向けられていたのだ。 「イザークさんも……」 恋をしている相手に『お願い』と言われて、いやだと言える相手がどれだけいるだろうか。 「わかっている。だから、お前も大人しくドクターの診察を受けろ」 終わった頃を見計らって、何か飲み物でも差し入れしてやる……と付け加えれば、キラは微かに嬉しそうな表情を見せた。 だが、それはすぐに消える。 おそらく、自分の隣にいるアスランが、思い切り気に入らないという表情を作ってしまったせいだろう。 「本人の希望も耳にしたな」 さぁ、早く退出したまえ……とバルトフェルドが口にする。 この場合、先に行動をするべきなのは自分ではないか。そう判断して、イザークは部屋の外へ出るために行動を開始した。それでも、ぎりぎりまでキラの様子を確認しておきたい、と思ってしまうのもまた本音である。 「アスラン・ザラ?」 だが、アスランの方はまだ動く気配を見せない。その事実に、バルトフェルドの厳しい声が飛ぶ。それでようやく彼も動き始めたようだ。 「ずいぶんと、我慢していたようじゃん」 廊下に出た瞬間、ディアッカがこう笑いかけてきた。 「……俺よりも先に爆発をしていた奴がいたからな」 だから、自分は比較的冷静でいられたのだ、と口にしながら、イザークはフレイへと視線を向ける。 「なるほどな」 あのお嬢ちゃんなら納得、とディアッカは頷き返す。だが、すぐに彼は表情を引き締めた。 「しかし、油断のならねぇやつだよな」 アスランも……とは言われなくてもわかってしまう。 「これからが大変だぞ」 どうやら、まだキラに執着をしているらしい……というディアッカの意見はイザークも同じだ。だが、だからといって引き下がるつもりはない。何よりも、キラにとってアスランの側にいることが幸せだとは思えないのだ。 「負けるつもりはないさ」 アカデミー時代からのような単純な意地の張り合いではない。誰よりも大切な者を手に入れるための《男》としての戦いだ。 「……頑張れ……」 応援していてやるからさ……とディアッカがイザークの肩を叩いてくる。 「もちろんだ」 キラを決してあの男には渡さない。 イザークは心の中で決意を新たにしていた。 イザークの決意は功を奏するのか……(^_^; しかし、キラの態度でアスランがかなりきていますよ、間違いなく。 |