「キラ、どうしたんだ?」 自分の姿を見て、体を強張らせてしまったキラに、アスランは微かに不満を覚える。だが、それが宇宙であったあれこれのせいかもと考えれば、仕方がないとも思う。自分たちは不本意ながら銃口を向けあったのだから、優しいキラが気にしていないわけはないのだ。 同時に、微妙な違和感をアスランは感じていた。 やせた、というのは間違いのない事実だろう。 しかし、その体を抱きしめている相手とそう変わりない体格だ、というのはいくら何でも男として異常ではないだろうか。 と言うことは、体調を崩しているというのは間違いない事実なのだろう。 バルトフェルドは情に厚い指揮官だとも聞いている。だから、こんな状況のキラを自分たちの前に差し出すことが出来なかったのではないか。アスランはそう判断をした。 「お前が俺に銃口を向けたことは、もう、怒ってないよ」 ともかく、キラを安心させよう。 アスランは出来るだけ優しい微笑みを口元に浮かべると声をかける。 「それに、今、キラをどうこうしようって思っているわけじゃないから……ね?」 こう言いながら、アスランはキラへと歩み寄ろうとした。その頬を両手で包み込んでぬくもりを伝えれば、キラは間違いなく自分への信頼を思い出すだろうから、と。 しかし、だ。 「来ないでよ! 野蛮人!」 アスランが一歩踏み出した瞬間、キラを抱きかかえていた女がこう叫ぶ。 「……野蛮人?」 まさかこんなセリフを投げつけられるとは、アスランは、まったく予想していなかった。そのせいだろう。思わずこう言い返してしまう。 「俺が、野蛮人?」 「違うって言うの?」 呆然と繰り返した言葉を耳にしたのだろう。彼女はさらに言葉を投げつけてくる。 「……フレイ……」 そんな彼女をなだめようというのか。キラは力がない声で彼女の名前らしきものを口にした。 「だって、そうじゃない! 女性の部屋に何の断りもなく入ってくるなんて、常識を持っている人間のすることじゃないわ! まして、キラは体調が悪いのよ? 下手に刺激を与えたら、また、医務室に逆戻りだって知っているはずでしょう」 今だって熱があるのに……といいながら、彼女――フレイはキラの顔を心配そうに覗き込む。その表情からして、彼女がキラの体調を管理しているのだろうとアスランは判断した。 同時に、アスランはフレイの言葉で何が引っかかっていたのかようやく理解することが出来た。 「……女性?」 キラは男だろう……と思わずこう呟く。 「……あんた、どこかで聞いたことがあると思ったら……イージスのパイロット!」 だが、フレイの口から飛び出したのは、それに対する返答ではなく悲鳴にもよく似たこんんな叫びだった。 「それが……どうかしたのか?」 バルドフェルト隊のものなら知っていて当然のことを、どうしてこうまでも……とアスランはいぶかしく思う。 それとも、フレイと呼ばれた少女はバルトフェルド隊とは直接関係がないのだろうか。アスランがこう考えたときだ。 「人殺し!」 フレイの口から、さらにこんな叫びが投げつけられる。 「人殺し? 俺が、か?」 軍人である以上、それは仕方がないことだ……とアスランは心の中で呟く。しかし、自分は《地球軍》の者以外この手にかけたことはない。そして、ここに地球軍の関係者は、キラだけだ、とアスランは信じていた。 「そうよ! あんたが、パパやみんなを殺したのよ!」 しかし、フレイはさらにこう叫ぶ。 「あんた、キラのことを、私達がアークエンジェルに乗っていたことを最初から知っていたんでしょう! それなのに、何もしなかった……キラは無理をしてあの子をあんたに返したって言うのに!」 それでも、民間人が乗っていることを誰にも言わなかったんでしょう! とフレイはさらに付け加えた。 確かに、そう言われてしまえばそれは事実だが……だが、何故、フレイがそれを知っているのか。 「あの子……とは、ラクスのことか?」 そして、彼女が足つきに捕らえられ、そんな彼女をキラがザフトに返した……という事実をヴェサリウスに乗艦していた者以外で知っているとすれば、当の本人か、その近親者、そして足つきの人間しかいないはず。 「お前……」 「あんたがもっと早く適切な行動を取ってくれたら、キラだって苦しまなかったし、あの銀色こけしがみんなが乗ったシャトルを撃ち落とすようなことしなかったのよ! 人殺し!」 アスランが口を開くよりも早く、フレイが叫ぶ。 あるいは、彼女がキラが守らなければ行けないと言っていた《友人》の一人なのだろうか。 そう思った瞬間、アスランの中でも怒りが生まれる。 「……元はと言えば、お前達があそこでMSを作っていたからだろうが」 それよりも先に、ナチュラルがユニウスセブンに核を使わなければよかったのだ。アスランはフレイを睨み付ける。 「それが、私達に何の関係があったのよ! あんた達がしたことだって、結局は同じじゃない!」 ヘリオポリスを破壊し、自分たちの生活の場を奪ったのだから……とフレイは言い返してくる。 「それに、あんたが一番、キラを苦しめていたんでしょう!」 あんたが襲ってくるから、キラは戦わなければならなかったのだ……とフレイはアスランをにらみ返してきた。 「俺は……何度もキラにザフトに来い、と言った。俺の手を取らなかったのはキラだ。だから、そんなにぼろぼろになって、足つきの連中に捨てられたんだろうが」 違うのか、とアスランは言い返す。 「そもそも、お前らが自分たちが助かるためにキラを戦いの場に放り出したんだろうが」 そして、キラを縛り付けていたんだ……と、アスランは侮蔑を込めながら口にする。 「襲ってきたのはどっちよ!」 どうしてこうも話がかみ合わないのだろうか、とアスランはいらだちを感じてしまう。自分たちが悪かったのだ、と認めることがこんなにいやなのだろうか、と。 「どうしてキラがここに残ったのか、少佐達がどんな思いであの人にキラを預けていったのか、知らないくせに!」 勝手なことを言うな、とフレイはさらに口にする。 「勝手なこと? 同じセリフをお前達に返すよ。キラはコーディネイターだ。お前らの道具じゃない!」 それなのに、縛り付けていたのは誰だ、とアスランは言いながら、ゆっくりと二人の方へと足を進めた。 キラが大人しく彼女の腕の中にいる。 その光景すら、今のアスランには腹立たしい。 「キラは私達の仲間よ! みんなそう思っていたわ。確かに、少し気まずくなったこともあるけど、それもこれも、あんた達のせいじゃない!」 コーディネイターが自分たちを攻撃してきたから、艦内でただ一人のコーディネイターだったキラにその矛先が向いたのだ、とフレイは言い返す。 「ともかく、キラから離れろ!」 見ていて不快だ、とアスランはフレイに手を伸ばした。 「触らないで!」 その手をフレイがたたき落とす。 「フレイに……乱暴しないで……」 キラもまた、苦しげな表情を見せながらこう言ってくる。 「お前は優しいから……どんな相手でも見捨てられないんだよな、キラ」 少しだけ表情を和らげると、アスランは優しい口調でこう呼びかけた。 「でも、いい加減に認識しろ。ナチュラルは結局、お前を利用することしか考えていないって。あぁ、おじさまやおばさまは違うって事だけは認めてやるけどね」 だから、安心していいよ……と笑うアスランに、キラは悲しげな視線を返してくる。その理由がわからないまま、アスランはキラの様子をじっくりと観察した。そうすれば、信じられないことに、その体が柔らかな曲線を描いていることがわかる。 それを目の当たりにすればキラが《女》だ、と言う事実を認めないわけにはいかないだろう。しかし、自分が知っている《キラ》は間違いなく男だったはず。 「……キラ……連中に何かをされたのか?」 だとしたら、ナチュラル――足つきを許すわけにはいかない、と心の中で付け加えた時だ。 「アスラン! 貴様、ここで何をしている!」 イザークの声が室内に響き渡る。その瞬間、キラがほっとしたような表情を浮かべたことも、アスランには気に入らなかった。 アスランVSフレイ。実はここがこの話で書きたかったシーンの一つです。しかし、具合の悪い人間の側で騒ぐなよ……とも思うんですけど、(^_^; |