「アスラン? おーい、いないのか?」
 バルトフェルドが彼に用事がある……というので、呼びに来たディアッカだった。しかし、どうしたことか相手からの返事が返ってこない。
「……まさか……」
 不安が彼の心をよぎる。
「ディアッカ?」
「どうした?」
 隣の部屋から出てきたニコルとイザークが不審そうにこう問いかけてきた。
「呼びかけても返事がねぇんだよ」
 まさかと思うんだがな……とディアッカが付け加えた瞬間だ。いきなりイザークが彼の体を押しのけるようにしてドアノブを掴んだ。そして、そのままドアを開ける。
「イザーク!」
 彼らしくないその行動に驚いたのだろう。ニコルが非難をするような声を上げた。だが、それすらイザークの耳には届いていないらしい。
「……いない……」
 低い声で呟くのがディアッカ達の耳にも届いた。
「マジ?」
 だが、この一言は確かにまずい状況だと言うことはディアッカにもわかる。慌ててイザークの肩越しに室内を覗き込めば、大きく開け放たれた窓が彼の視界に飛び込んでくる。
「……一体、いつの間に……」
 さすがにこれにはニコルも驚いたようだ。いや、彼がそんなことをするはずがないと思っていたのかもしれない、とディアッカは思う。しかし、室内にアスランの姿がないこともまた事実だった。
「ニコル」
 イザークが怒りを隠しきれないという様子で彼に声をかけてくる。
「なんですか?」
 その理由がわからないまま、ニコルは言葉を返した。
「あいつが、いつ、ここに来るって言いだしたんだ?」
 さっさと答えろ、と言うイザークにニコルは一瞬ためらうような表情を作る。だが、ディアッカにも教えろと言われては答えないわけにはいかないらしい。
「いつって……海上で足つきを発見したときです。ストライクの動きが記憶の中のものと違っている、と言う話になって……」
 それで……とどこかためらうかのような口調で言葉をここまでつづったときだった。
「……あいつ、まさか……」
 気づいていたのか……とイザークは呟く。だから、ここに《キラ》がいると確信しての行動だったのか、と。
「だとしたら、まずいって……お姫さん、昼ぐらいから体調崩してたって聞いたぞ」
 アイシャがそれを心配していたから、アスラン達をあちらに寄せ付けないようにしていたはず……とディアッカが口にすると同時に、イザークが駆け出す。ディアッカもそれを追いかけようとしたのだが、
「状況を説明してください!」
 この言葉と共にニコルに引き留められてしまう。ここで彼を敵に回してでもイザークを追いかけるべきかどうか、ディアッカは一瞬悩んだ。だが、後々のことを考えれば、味方は多いに越したことはない。
「……ようするにだ……イザークが一目惚れしたお嬢さんって言うのは、実は足つきに乗っていたらしいんだよ。ただ、ちょっとのストレスでも命に関わるような状況なもんだから、悪いとは思っていたんだが、その点については内密にさせて貰っていたわけ。バルトフェルド隊長にしても、その点を懸念してお前らを遠ざけようとしていたって言うわけなんだな」
 だが、アスランが彼女の元へ行ったのであれば、かなりまずい……とディアッカは付け加える。
「最悪の場合、アスランのせいで……」
「お嬢さんがあの世に行きかねない。そうしたら、あいつらの仲は修復不可能になるぞ」
 ディアッカの言葉に、ニコルもようやく状況を飲み込めたようだ。イザークの後を追いかけようと動き始める。
「……ディアッカ……」
 当然のようにディアッカはそれよりも早く行動を開始していた。
「何だ?」
 動きを止めることなくニコルが問いかけの言葉を投げかけてくる。それにディアッカも律儀に言葉を返す。
「足つきは、その人を放り出したのですか?」
 キラのことをばらせば、当然出てくるだろうと思っていた疑問だ。
「いや。あいつらはお嬢さんを殺したくなくて……敵である俺達に頭を下げてきたのさ」
 そして、貴重な同胞を見捨てたくないバルトフェルドが彼らの申し出を受け入れたのだ、とディアッカは答えを返す。彼らの話し合いがあったからこそ、キラはここにいるのだ、と。
「そうですか……」
 地球軍の軍人にもそれなりの方がいるんですね……とニコルは呟きを返す。元々、彼はナチュラルを憎んでいるわけではない。そんな彼にしてみれば、ナチュラルにもそんな相手がいると知ることが出来てよかったのかもしれない、と独り言を言っているのもわかった。
「それだけじゃない。彼女の面倒を見ているのは、同じく足つきから降りたお嬢さんだが……彼女の場合、ザフトに肉親を殺されている。一度はそのことで彼女を憎んだこともあったんだそうだが、今は本当に親身に世話をしているぜ」
 イザークも最初は近づけなかったくらいだ……と苦笑混じりに教えてやれば、それこそニコルは驚いたという表情を作っている。
「……そんな人がいるんですか?」
 信じられないと言う彼の言葉ももっともだろう。
「あいつらは……ヘリオポリスの民間人だったんだとよ。だから、あの日まではナチュラルもコーディネイターもごく普通に接していたそうなんだ」
 だから、以前の関係に戻っただけだ……と言えば、それだけなのかもしれない。だが、関係を修復するまでの間にどれだけの葛藤があったのか、想像することも出来ないだろう。
 それでも、乗り越えられたのは彼女たちがお互いに努力をし、歩み寄ったからに決まっている。
「最悪の場合、折角の努力を、アスランがぶちこわす可能性も否定できないぞ」
 それだけならまだしも……と付け加えて、後の言葉をディアッカは飲み込む。ここで何を言っても意味がないとわかっていたのだ。それよりも、何とか打開策を考える方が先決だろう。
「バルトフェルド隊長の所に行って、状況を説明して……後はドクターか。あぁ、あの二人も止めねぇとやばいな」
 一人じゃマジ、手が回らない……とディアッカがぼやく。
「ディアッカは、イザークを追いかけてください。バルトフェルド隊長には僕が説明に行きますから」
 そんなディアッカの耳に、ニコルのこんなセリフが届いた。
「悪い」
 はっきり言って、これは願ってもない提案である。
「頼むな」
 バルトフェルドへの連絡が省けるなら、かなり状況は楽になると言っていい。ドクターを呼びに行くにしても、医務室はキラ達の隣だ。ドクターがそこにいなくてもすぐに端末で呼び出せるだろう。
 ディアッカはそのままニコルを残して全力疾走を始めた。
「ともかく、キラをこれ以上追いつめさせないうちにあいつらを引き離さないと……」
 自分たちを信じてここに彼女たちを残していった彼らに申し訳がない、とディアッカは心の中で付け加える。そう思える程度には、彼らが気に入っているのだ、ディアッカは。
 それ以上に、キラとフレイが気に入っていることは否定しない。
 そして、彼女とイザークがいい関係になってくれればいいと思っていることも事実だ。キラと出会ってからのイザークの変わり様を目の当たりにしている自分だからこそ、余計にそう思うのかもしれない、とディアッカは心の中で付け加える。
「そのためには、キラに生きていて貰わないといけないんだよな」
 そして、心からの微笑みを浮かべて欲しい。
 そうすれば、自分たちが犯してしまった罪も、少しは償えるのではないだろうか。
 こう思いながらディアッカはためらうことなく、階段の手すりを乗り越える。そのまま階下に身を躍らせた。



イザーク達がアスランの意図に気づきました。さて、これから全面戦争か……その前に、フレイにあのセリフを言わせないと……