しかし、アスランの希望に反して、彼らは目的の人物がいると思われる場所への出入りが出来ないでいた。
 明確に禁止されているわけではない。
 だが、アスランがそちらの方に足を向けようとすれば、誰かが邪魔をしに来るのだ。
「まるで、俺にあそこから先に行かせたくないみたいだな」
 自分に与えられた部屋のベッドに仰向けに横になりながらアスランは呟く。
 そう、邪魔をされるのは自分やニコルだけなのだ。イザーク達はあちらに部屋があるわけではないらしいが普通に出入りしている。
「と言うことは……あの奧にいる、と言うことか」
 ただの偶然とは考えられない、と結論を出すと、アスランは体を起こした。
「問題は、どうやって居場所を見つけるか、だよな」
 居場所さえ見つけられれば、どこからでも侵入できる……とアスランは嗤う。
 その程度の訓練は受けてあるし、実戦でも自分の技量が通用することは確認済みだ。
 顔さえ会わせられれば、キラが自分の話に耳を貸さないはずがない。いや、絶対にキラは自分の言うことを聞いてくれるはずだ……とアスランは確信していた。
 彼にとって、自分に見捨てられることは《恐怖》に等しいはずだから……と。
「そう言えば、キラはまだトリィを持っている、とラクスが言っていたな」
 今も電源が入っているのであれば、キラの居場所を特定することが出来る、とアスランは思い出した。あれには、特殊な電波を出すパーツが使ったのだ。Nジャマーがある以上、距離があれば難しいが、同じ建物の中にいるのであれば十分確認できるはず。
 思い出すと同時に、アスランは行動を開始する。
 持ち込んだパソコンを起動すると、昔作ったプログラムを検索する。そうすれば、すぐに目的のそれは見つかった。と言うのも、ラクスのハロにも同じパーツを組み込んでいるために、彼女の護衛へと渡すべきかどうかを検討していたからだ。
 それが、予定外のところで役に立った、とアスランはほくそ笑む。
 トリィの反応がある場所と頭にたたき込むと、基地の見取り図を呼び出す。そして、トリィの反応があった場所と目の前の見取り図を脳内で重ね合わせた。
「……医務室の隣?」
 と言うことは、本当に体調が悪いのだろうか。あるいはだからこそ足つきから捨てられたのかもしれない、キラは。
 ならば、余計に好都合だ、とアスランは思う。
 必要であれば、本国へでの治療も受けさせてやろう。
 ナチュラルから切り離されたあそこであれば、キラはもう二度と馬鹿なことは考えないだろう。いや、彼が《ナチュラル》に心を寄せてもいい。ただ、その相手は限定されなければいけない。キラの両親がその相手であれば、自分だって不満に思わないのだから、と。
「今、行くからね、キラ」
 言葉と共に、アスランはゆっくりと立ち上がる。そして、誰にも邪魔されぬように、と願いながら、ゆっくりと外へ出た。

 やはり、普段とは違う雰囲気が体調に作用したのだろうか。夕方になって、キラは熱を出してしまった。
「……キラ……」
 その額をぬれタオルで冷やしてやりながら、フレイは心配そうにキラを見つめる。
「最近、調子が良かったのに……」
 これでは、また最初の頃のようにベッドから動けなくなってしまうのではないか。キラがどれだけ外に行くことを楽しみにしているかわかっているフレイにしてみれば、それだけは避けさせたいと思う。
「……ともかく、ドクターに診て貰った方がいいわよね」
 そうは思うのだが、彼を呼びに行くためにキラから目を離すのは不安だ、とフレイは考えていた。その間に何があるかわからない、と思ってしまうのは、あの日々があったからだろうか。
 一瞬で、大切な人々の命が消えてしまったあの日。
 あの日感じた身を切られるような痛み。それを二度と繰り返すのはゴメンだ、とフレイは思う。
「こう言うときに、あいつらは来ないし……」
 まったく、必要なときに役に立たないでどうするのよ……とフレイはぼやく。
「フレイ……皆さん、忙しいんだから……」
 その声が予想以上に大きかったのだろうか。キラがうっすらと目を開けると、囁くようにこう言ってくる。
「あんたにそんなこと、言わせるつもりじゃなかったのに……」
 慌ててキラの顔を覗き込むとフレイはその頬に優しく触れた。そして、出来るだけ自然な微笑みを口元に浮かべる。
「でも、あんたが起きたならいいわ。ドクターを呼んでくるから、大人しくしていてね?」
 何かあったら遠慮せずに呼ぶのよ? と付け加えれば、キラは小さく頷いて見せた。どうやらようやくがマンして限界を超えてしまうよりも、不調を感じたらすぐにドクターを呼んで貰った方が周囲の迷惑にならないのだ、と、理解したらしい。それは彼女なりの前進なのだろうか。そう思いながら、フレイは立ち上がった。
「すぐに戻ってくるから、心配しないでね?」
 こう言い残すと、フレイは足早にドアの方へと向かう。だが、彼女がノブを回すよりも早く、誰かがドアを開けた。
「誰?」
 ここでそんなことをするような人間はいないはず。
 第一、女性の部屋に入ってくるのに、ノックをするのは最低限の礼儀だろうと思う。
「勝手に入ってこないでよ! 病人がいるって知っているでしょう」
 声を潜めながら、それでもきっぱりとフレイはドアの外にいる相手に向かって言い切る。ついでに、こういう時のために何か対策を作って置いて貰えばよかった……と今更ながらに思う。
 いくらフレイが何を言っても、相手は無理にでもドアを開けようとしているのだ。
 それを、フレイは全身で押さえる。
「フレイ?」
 どうかしたのか、と言うようにキラが声をかけてきた。ついでに、体を起こそうとしている気配が伝わってくる。
「あんたは寝ていなさい!」
 でないと、また熱が上がるわよ! とフレイはそんなキラに叫び返す。
 そして、そんな彼女にこれ以上負担をかけないようにしないと、とフレイは必死にドアを押さえていた。あるいは、これで相手がやめてくれないか……と期待していたのも事実。
 だが、そんなことはない。
 そして、お嬢様育ちの彼女の体力がいつまでも続くわけではない。
「きゃぁっ!」
 小さな叫びと共に、フレイは吹き飛ばされる。そのまま、床にしりもちをついてしまった。
「フレイ!」
 これには、キラも驚いたのだろう。無理矢理体を起こしたのがフレイにもわかる。
 だが、今のキラに自分の体を支えきれるわけがない。
「危ない!」
 自分の体の痛みも忘れて、フレイはキラの側に駆け寄った。そして、今にもベッドから落ちそうだったキラの体を支える。今のフレイでも簡単に支えられるくらい、キラは軽いのだ。
「私は大丈夫だから、あんたは無理をしないの!」
 でないと、またベッドに縛り付けられることになるわよ……と優しく囁きながら、キラの体をそうっとベッドに押し戻そうとする。しかし、珍しいことに、キラはそんなフレイの行動に逆らっていた。
 キラの視線は、そのまままっすぐにドアの方へと向けられている。
 フレイが視線を向ければ、そこには侵入者の姿があった。
「ようやく、見つけたよ……キラ……」
 イザーク達と同じ軍服を身にまとった、だが、見慣れない相手がこう言って嗤う。
 だが、どうして相手がキラのことを知っているのだろうか。フレイはそう思った瞬間だ。
「……アスラン……」
 キラの唇から、相手の名前らしき言葉がこぼれ落ちる。
「やっぱり、ここにいたんだね、キラ」
 それに満足したのだろうか、相手がゆっくりと歩み寄ってくるのがフレイの瞳にも映っていた。



と言うわけで、とうとう再会してしまいましたよ、この二人。しかし、アスラン、黒いと言うよりはワガママ? それとも、これからさらに黒くなるのか……普段、情けないアスランしか書いていないので、黒様は難しいです(T_T)