「……外が騒がしいね……」
 キラは窓越しに伝わってくる雰囲気をしっかりと感じ取っていた。
「あぁ……補給物資が着いたのね」
 口の中だけで呟いたつもりの言葉を、しっかりと耳にしたのだろう。アイシャがにこやかな口調で言葉を返してくる。
「今日明日は、ちょっと騒がしいから、部屋から出ない方がいいかもしれないわね」
 もちろん、出来るだけだけど……と彼女は付け加えた。
「そう、なんですか?」
 と言うことは、見知らぬ相手もこの基地内を歩き回る、と言うことだろう。それがなくても、車いすか誰かに抱えて貰わなければ動けない自分が予定外の所へいれば邪魔にしかならないだろう……と言うことはキラにもわかる。
「そうなの。本当は、この騒がしさはキラちゃんには良くないんだけどね」
 こればかりは仕方がないだろう……と言うアイシャの言葉も理解できた。食料などはこの地でも入手できるだろうが、武器や弾薬、と言ったものはそう行かないのだ。
「キラ。また余計なことを考えているわね、あんた」
 洗濯物をたたんでいたフレイが、呆れたようにこう声をかけてくる。
「あんたはもう、戦争に関わることは考えなくていいの。みんなにそう言われているでしょう?」
 それよりも、体を治すことを考えろ……と言われて、キラは思わず困ったような表情を作ってしまった。
「……でも……」
 フラガ達のことや、イザーク達のことを考えれば、どうしても戦争のことに行き着いてしまうのだ、とキラはフレイに言い返す。
「……そうかもしれないけど、こんな時まで考えなくていいの。それよりも、どれを着るの、今日は」
 せっかく貰ったんだから、一通りは着ないとね……とフレイは話題を変えようとするかのように口にした。それがプレゼントを貰った場合の礼儀だ、とも。
「……そうなの?」
 そんな話、聞いたことがなかった……とキラは目を丸くした。
「嫌いな相手なら、無視してもいいんだけどね。あいつのこと、嫌いじゃないんでしょう、キラ」
 フレイにこう言われた瞬間、キラの脳裏にイザークの顔が浮かぶ。自分に服をプレゼントしてくれるときの彼は、いつも照れたようにぶっきらぼうな口調で言葉を投げかけてくるのだ。それが、とても彼らしいと思ってしまう。
 同時に、キラは自分の頬が熱くなっていると自覚していた。
「ほら……そんな表情になるんだから、邪魔する方がバカじゃない」
 まったく……と口にするフレイは、少女らしい柔らかなものだ。それは、フレイとミリアリアを恋人のことでからかっていた少女達の表情によく似ている、とキラは思う。と言うことは、フレイの中で自分は、そんな少女達と同じと認識されているのだろうか。
 少し前までは一応《男》と認識されていたはずなのに……と思えばため息も出てしまう。
「……キラ? いい加減、諦めなさいよ?」
 今のあんたは女なんだから……とフレイは笑い混じりに告げた。
「そうね。立派な女の子よね」
 後は、もっと体力を付けて、自分で好きな人の所に行けるようにしないと……とアイシャも微笑む。
「まぁ、それがあいつとは限らないんでしょうけど」
 他にもっといい男が見つかるかもしれないし……とフレイに言われて、キラは小首をかしげる。
「少佐とか、バルトフェルドさんとか?」
 キラの基準で考えれば《いい男》と言って即座に出てくるのはこの二人だったりするのだ。
「アンディがいい男なのは認めるけど、あれは私のだからね」
「少佐はだめよ! 絶対、恋人以外にも目を向けるんだから」
 しかし、二人の口からはこんなセリフが返ってくる。
 バルトフェルドに関しては当然だろう。しかし、フラガに対するフレイの認識は行き過ぎなのではないだろうか、とキラは思う。
「そうかな? 少佐は本気になればよそ見しないと思うけど……」
 ぼそっと呟いた瞬間、キラは二人からの反論を耳にすることになった。

 華やかなキラ達の部屋とは打って変わって、バルトフェルドの執務室は重苦しい空気に包まれていた。
「残念だが……彼らは、オーブの代表者の要請があったので引き渡したよ」
 そんな空気の中、穏やかな微笑みを浮かべていられるバルトフェルドは、やはり歴戦の勇者、と言うべきなのだろうか。
「オーブの代表者……ですか?」
 この地にそんな相手がいたとは思えない、とアスランは心の中で呟く。
「残念だがね。ここにも中立国であるオーブからの物資は届くのだよ。そして、中にには首長家と関わりのある者もいる。今回もたまたまそう言う人物がここに訪れていてね」
 IDからオーブの人間だと判明すると同時に、その身柄を引き取ると言ったのだ、と彼は告げる。そして、それは当然の申し出だろうとも判断した……とも付け加えた。
「……ですが……」
「軍人ではない者を拘束することは、条約上、不可能ではないかな?」
 オーブと事を構えることも出来ないのだから……と言われてしまえば、アスランも引き下がらざるを得ない。だが、とも思う。
「まだ、ここに残っている者もいる、と聞いておりますが?」
 その相手になら会えるのではないか……とアスランはバルトフェルドに問いかけた。
 その瞬間、イザークが何かを言い返そうとするかのように腰を浮かす。だが、それをバルトフェルドとディアッカが押しとどめた。
「それに関しては却下だ。彼女がこの地に残ったのは、移動をすることが彼女の命を奪いかねない、と軍医が判断したからでね。余計な刺激はマイナス効果だ、と言われている」
 だから、自分たちでも彼女に会うことは遠慮しているのだ、とバルトフェルドは言い切る。
「その方の容態は、それほど悪いのですか?」
 ニコルが眉をひそめながら問いかけた。彼は優しいから、相手がナチュラルであろうとそのような容態の相手に同情を寄せているのだろう。
「内臓の機能が落ちているのだろうだ。慎重に元の状態に戻してやらなければならないと言っていたね」
 ストレス等は絶対に感じさせてはいけないのだ、と彼はニコルに言葉を返した。
「ナチュラルであれば、ここの病院に移してもかまわないのでは?」
 そう言えば、と思いながらアスランは口にする。ディアッカがその中に《同胞》がいる、と言っていたはず。もし残っているのがその人物なのだとしたら……とアスランは考えたのだ。
「オーブにも同胞はいる。その中の一員だよ、彼女は。まぁ、状況が許すならば、私の養女に迎えたいとはオーブの代表者に伝えてあるがね」
 そのためにも元気になって貰わなければならないのだ……とバルトフェルドが気軽に告げる。だが、その言葉の裏に自分に対する威嚇が含まれていることにアスランは気づいていた。
 同時に、アスランは自分の仮説が当たっているのではないかと確信する。
 間違いなく、目の前の面々が隠しているのは《キラ》だ。
 あのイザークがどうして《キラ》をかばおうとしているのかはわからない。だが、一時期のようにキラに対する憎しみがないことだけはわかる。
 ならば……とアスランは心の中で決意を固めた。
「あぁ、横恋慕するなよ? イザークが彼女にマジみたいだからさ」
 まるでそんなアスランに釘を刺そうとするかのように、ディアッカがこんなセリフを口にしたのが耳に届く。
「そうなんですか?」
 信じられない、と言うようにニコルが彼らに問いかけの言葉を投げつけた。その瞬間、イザークの頬が微かに染まっている。
「見ての通りだよ。まぁ、素直に認めたのは最近だからさ。応援してやってくれ」
 向こうもまんざらじゃないようだし……と言うディアッカに、
「わかりました。応援させて頂きましょう」
 ニコルは頷き返す。
 だが、その相手が本当に《キラ》であれば、誰にも渡さない……とアスランは心の中で呟いていた。



紙一重の状況ですね。さて、これからどうなっていくのか……まずは二人の再会なんだろうけど……う〜ん