空から見れば、そこだけ緑が濃い、と思えてしまう。
 だが、それは日中の日差しを遮るために必要なのだ、ということはあらかじめ調べてあった。
「……本当に、砂ばかりなのですね、ここは」
 自分の隣から周囲を見つめていたニコルがこう呟くのがアスランの耳に届く。
「そうだな」
 これも、ある意味、プラントでは見られない光景だ。
 プラント――コロニーでは土地が限られている。だから、このように何の生産性もない《砂だけの場所》なんて作られることはないのだ。
 そんな場所があるなら、空気の浄化のために植物を植える。
 あるいは、食料になるものを生産した方が有益だ……と考えてしまうのは、やはり自分が地球で育った人間ではないからだろうか。アスランはゆっくりと降りていくヘリコプターの中で小さくため息をつく。
「地球……という惑星は、本当に不条理で満ちているのですね」
 同じような感想を、ニコルも抱いているらしい。こう呟く声が聞こえた。
「だが、それもまた人によっては《魅力だ》と言うのだろうな」
 それだからこそ、この地に執着をしているものも多い。
 口に出しては言わないが、父であるパトリックも、ナチュラルを憎みつつ地球という星には愛着を抱いていることをアスランは気づいていた。
 いや、彼だけではない。
 父親の世代の者たちはこの星で生まれたせいか、帰りたがっている者たちも多いのだ。
 そんな彼らの気持ちがアスランにもわからないわけではない。
 彼らにとっての《地球》は、自分にとっての《月》なのだろうと思えば、当然だと言ってもかまわないだろうと。
「……キラ……」
 そして、それ以上に自分にとって愛着を感じさせる存在は彼だった。
 彼が自分の隣にいるのは当然。
 そんな彼が地球軍――ナチュラルの側にいること自体間違っていたのだ。それでも、ストライクが目の前にいる限り、その命が失われていないと知ることが出来た。
 それなのに……
 先日、目の当たりにした《ストライク》の動きは、記憶の中にあったものとまったく違っていた。
 自分一人だけがそう感じたのであれば気のせいだ、とも言えるかもしれない。しかし、ニコルもそう感じていたのであれば、間違いなくあれのパイロットが《キラ》ではない、と言うことになる。
 そして、イザーク達が本国にいるラクスに連絡を取った理由。
 確かに彼らが保護したのは、オーブ籍の民間人で、そしてその中にいたコーディネイターは女性だ、と聞いた。しかし、キラは、十分《女性》と言われても通用するだろう。そして、キラが守ろうとしていた《友人》がそれに応えようとしていたのであれば、馬鹿正直に告げるわけがない。
 そして、自分の婚約者は《キラ》を『好きだ』と言っていた。
 だから、あるいはその場に《キラ》がいたとしてもそうだとは言わないのではないだろうか。彼が、ザフトでどのような扱いをされるかわからないから……と。
 自分でも馬鹿馬鹿しい考えだとは思う。だが、どうしても確認しないわけにはいかなくなってしまったのだ。
 本当に《キラ》がこの地で足つきから降りたのかどうか。
 もし、彼が足つきを降りていたら……
「絶対に、取り戻すよ……俺の側に」
 そして、縛り付けてでももう離さない……とアスランは心の中で付け加える。もっとも、そうしなくても連中に裏切られたのであれば、自分の側に戻ってきてくれるだろう。
「あぁ、見えてきましたよ。あれはイザークですよね」
 自分の考えに沈んでいたアスランの耳に、ニコルのこんな言葉が届く。何気なく視線を向ければ、確かにこの地では珍しい白い肌と髪の毛の存在を認識できた。その隣に立っているのはディアッカだろう。
「元気そうですね、二人とも」
 彼らと同じ艦で過ごしていたからだろうか。ニコルは嬉しそうにこう口にする。
「そうだな」
 アスランにしても、同じ隊の同僚である二人が無事であることはいやではない。だから、すぐに同意の言葉を返した。
「二人の隣にいらっしゃるのが……バルトフェルド隊長でしょうか」
 さらに降下しているヘリコプターの窓からも、一団の中で一際目立つ人物がわかった。その全身がかもしだしている雰囲気は、自分たちの隊長であるクルーゼと似通っている。だから、ニコルもそう判断したのだろう。
「かもしれないな。しかし……ずいぶんとまた軽装のように見えるが……」
 この地の気候が関係しているのかもしれない……とアスランは思う。カーペンタリアでも、それぞれの特性に合わせた軍服を身にまとっているものを見かけた。だから、ここでもそうなのだろうと判断したのだ。
「ですね。ですが、ディアッカの格好を見れば、それも仕方がないように思えますよ」
 イザークとディアッカはアスラン達と同じようにプラント本国や宇宙勤務の者が身にまとっている軍服のままだ。だが、ディアッカはその襟元を大きくくつろげている。それが熱さをしのぐためなのではないか、とニコルは言うのだ。
「……と言うことは、相変わらずやせ我慢が健在なわけだな、イザークは」
 彼らしいと言えば彼らしいが……とアスランは苦笑を浮かべる。
「性格でしょうね、あれは」
 まぁ、白いから光を反射するのだろう……とニコルはニコルでとんでもないセリフを口にしてくれた。
「心頭滅却すれば火もまた涼し、とかと言っていましたから、意地もあるのかもしれませんが」
 他にもあれこれ自分に対して文句を言ってくれましたし、と言う彼の周囲の気温は微かに下がっている。
「……任務に支障が出なければかまわない、と言うところだろう」
 あるいは、今だけかもしれないし……とアスランは嗤う。
「ともかく、この地で足つきがどんな行動を取ったのか。そして、彼らが保護したという民間人への面会。それさえすませてしまえば、また足つき追撃だ。あいつらにも付き合って貰うさ」
 表情を変えないままアスランがこう口にしたときだ。
 微かな震動と共にヘリコプターがゆっくりと着地をする。
『ベルトを外して頂いてかまいませんよ』
 同時に、コクピットからマイク越しにこんな指示が二人の耳に届いた。
「だ、そうだ」
「ようやく、ですね」
 手早くシートベルトを外しながらニコルはほっとしたような表情を作る。さすがに、自分で操縦するわけではない機体で、シートに縛り付けら得ていたのは、彼にも苦痛だったようだ。
「まぁ、ごり押ししたようなものだからな」
 本来であれば物資輸送にしか使われないこれに自分たちが乗ることには問題があったらしい。それを強引に押し切れたのは、やはり自分が《アスラン・ザラ》だったからだろうか。
 普段であれば、絶対に使わなかった方法だ。それでも《キラ》の行方を掴むためならかまわない、とアスランは心の中で呟く。
「ともかく、バルトフェルド隊長に挨拶をしなければならないか」
 そして、必要なデーターを開示して貰おう。
「そうですね」
 ニコルの同意を耳にしながら、アスランは歩き出す。その後をニコルが付いてくる。
 ドアの所へ行けば、予想以上にさわやかだ、と思える風が二人を包み込んだ。
「ようこそ、砂漠へ」
 そして、朗々とした声がそれに続く。
「私が、バルトフェルドだ」
 磊落な笑みを浮かべた人物がアスランの視界に飛び込んでくる。
 一見すれば、付き合いやすそうな雰囲気を身にまとっている人物だ、彼は。だが、鋭い刃が見え隠れしている。
「アスラン・ザラです」
「ニコル・アマルフィです」
 敬礼を向けながら、一筋縄ではいかないかもしれない……とアスランは感じていた。



と言うわけで、奴が来てしまいましたよ。これからキラとの再会&フレイ+イザークとの対決が待っているわけですが、怖いです(^_^;