「……何でお前がそっちに座る」
 当然のようにハンドルを握ったディアッカに、イザークは不機嫌さを隠さずに言葉を投げつけた。
「何でって……今のお前にハンドルを握らせるなんて怖いこと出来るかよ」
 俺はまだ死にたくない、とディアッカは言い切る。
「それは、俺に対するイヤミか?」
 憮然とした表情でイザークは彼に言い返した。
「いや。お前に考える時間をやろうっと思っただけだって」
 気がそぞろになれば、運転を誤るに決まっているからな、とディアッカは付け加える。ここはオートで運転できないんだから、と。
「俺よりもお前の方が気が短いのは否定できないだろう? キラのことがばれるとすれば、お前からに決まっている」
 違うか、と言う問いかけには、イザーク自身、反論できなかった。確かにそうかもしれない、とは思っているのだ。だが、とも思う。
「それとこれとは違うだろうが!」
 考え事をしながらでも運転は出来る、とイザークは怒鳴る。その程度で事故を起こすと思われているのは不本意だ、とも。
「ちがわねぇって。お前の方が考えなければならない方が多いんだ。時間を無駄にするなっていいたいだけだ」
 先ほどまでとは微妙に口調を変えるとディアッカはイザークを諭すようにこう言ってくる。キラによく似た――だが、明らかに色調が違う――紫の瞳の中に、真剣な光が見え隠れしている。
「お前が、キラを守ってやらないとといけないんだろう? そのために何が出来るか、手持ちのカードは一枚でも多い方がいいだろうが」
 アスランの出方を予想して、それに対する対処を考えろ、と彼はいいたいらしい。
「……わかった……」
 それが《自分》の為ではなくあくまでも《キラ》の為だ、と伝わってくるから、イザークは大人しく引き下がることにする。
「そうそう。あいつだけじゃなく、素直なのがいいのはお前もだよな」
 だが、この一言には怒りを抑えることが出来なかった。だから、イザークは遠慮なくディアッカの頭を掌ではり倒す。
「ってぇな」
 もっとも、これもまた彼には予想されていた行動だったのだろう。苦笑を浮かべるだけで終わらせる。
「まぁ、一番大切なのが何かをわかれば、妥協点も見つかるよな」
 言外に、イザークのプライドよりもキラの方が重要だろう? と彼は口にした。アスランに何を言われても妥協できるだろう、とも。
「わかっている」
 いつの間にか、自分のプライドよりもあの儚い微笑みの方が大切になっていた。それを守るためならどんなことでも出来る、とイザークは心の中で呟く。一度はあれだけ憎んでいたのに、とも思うのだが、それを捨ててもいいだけの想いが自分の中にあるのだ。
「あいつのためなら、何でもしてやるさ」
 どんなに認めがたいと想うようなことでも……と、イザークは口の中だけで呟くと、助手席へと体を滑り込ませる。
「まぁ、いいんじゃねぇ」
 そう言うのも、とディアッカは笑う。
「前のお前より、今のお前の方が好きだしな、俺は」
 さらりと付け加えられたセリフに、イザークは呆れたような視線を彼へと向ける。だが、次の瞬間苦笑を返す。
「なら、それこそキラに感謝するんだな。あいつがいなければ、考えなかったことも多い」
 知ろうとしなかったことも……と心の中だけで付け加える。
「だな……ついでに、あのじゃじゃ馬にも礼を言っておくか」
 ぽんぽんと痛い真実を突きつけてくれたんだから……とディアッカが口にした相手が誰なのか、イザークにもわかった。
「そうだな」
 キラとは正反対の少女。
 その生まれも性格も……
 だが、彼女が突きつけた現実も、間違いなく真実なのだろう。そして、それでも分かり合えるのだと、彼女たちが伝えてくれた。
「あいつも守ってやるさ。キラのために」
 彼女の存在がキラにとって大切なら、それは守るべき対象なのだ、とイザークは笑う。
「それに女だしな」
 女性は大切にするべきだよなぁ……とディアッカは呟く。それが彼らしくて、イザークは今日初めて低い笑い声を漏らした。

 アイシャに一人だけ呼び出されて、フレイは不安を隠せなかった。
 それがキラに聞かせたくない内容なのだ、と言うことはわかる。だが……と思ったのだ。
「……まさか、アークエンジェルが……」
 ザフトに墜とされたのだろうか、とフレイは呟く。それならば、確かにキラには聞かせられないとも。
「大丈夫よ。彼らは無事に逃げ延びたそうだから」
 まだ沈んでいない……とそんなフレイの耳にアイシャの声が届く。
「アイシャさん?」
 では何なのだろうか、と思いながら、フレイは彼女の方へと視線を向ける。
「カーペンタリア――と言ってわかるかしら――から、明日、人が来るの。それでね、貴方やキラちゃんのことを知られたら、相手がどう出るかわからないから、気を付けてねって伝えたいのが第一の用事」
 ふわりと優しい微笑みと共に告げられた内容に、フレイは眉を寄せた。
「それって……」
「あぁ。心配しなくてもいいの。あまり相手の前に出られないのは私も同じことだから」
 さすがにね、とアイシャは微かに苦いものを含ませる。
「私の顔を知っている相手もいる可能性があるでしょう? ここではみんなが私をアンディの愛人で、しかもそれなりのフォローをしているって知ってくれているけど、他の基地の人は違うわ」
 だから、自分も大人しくしていなければならないのだ、と彼女は付け加えた。
「……すみません……」
 この言葉に、フレイはとっさに謝ってしまう。
 そう言えば、アイシャもまた自分たち以上に複雑な事情を抱えていたのだ、と思いだしたのだ。
「気にしなくていいのよ。ここでの私しか知らなければ、当然の反応だもの」
 偉そうにしているから、私は……とアイシャはフレイを安心させるかのように笑いを漏らす。
「それにしても、ずいぶんとすんなり謝罪の言葉を口に出来るようになったのね」
 いいことだわ……といわれて、フレイは初めてその事実に気がついた。
 以前は、誰かに謝るなんて絶対いやだ、と思っていたのに……と。
 だが、今はキラのためなら多少のことは我慢できる、と思ってしまう。彼女が生きていてくれることが一番なのだから、自分のことは多少後回しにしてもかまわない。もし、自分のことを優先して、キラに何かあった場合、悔やんでも悔やみきれないことは分かり切っているし、それが、自分がここに残ることを認めてくれた人たちに応えることでもあるのだから、と。
「自分では、わからないんですけど……」
「そう言うものよ。でも、それも成長しているってことでしょう?」
 精神的に……と微笑むアイシャにも、やはり同じような経験があるのだろうか。
 キラにしても、いつもはっきりと自分の意見を口にしないで……と思っていたこともある。だが、それもキラが《コーディネイター》だったから、周囲との摩擦を少しでも減らそうとしてのことだったのだろうか、と今なら考えることが出来る。
「貴方も、きっと、いい女性になれるわよ」
 みんなに振り返ってもらえるね、と言う言葉も素直に嬉しいと感じられた。
「もう一つの理由をお聞きしてもかまいませんか?」
 だから、自然な笑みを浮かべながら、彼女に問いかける。
「おいしいお茶とおやつが手に入ったの。キラちゃんの食欲はどうかしら、って想っただけ」
 本人に聞いてもはぐらかされちゃうでしょう? と言う言葉に、フレイは今日のキラの様子を思い浮かべた。
「大丈夫だと思います。今日は調子いいようですから」
 ご飯の他におやつを食べても大丈夫だろうと思う、とアイシャに伝える。
「じゃ、待ってて。今持っていくわ」
 フレイにこう言い返すと、アイシャは手を伸ばして彼女の赤毛を優しく撫でてくれた。



対策を取っていますが、これが功を奏してくれるかどうか……アスラン、黒いですから、今回。