周囲の応援の結果だろうか。
 それとも、イザークの努力のたまものか。
 二人の関係は少しずつ好ましい方向へと進んでいた。同時に、キラの体調もそれに比例するように良くなっている。
 その事実を、誰もが喜ばしく思っていたのだが……
「……困ったことになったよ……」
 ため息と共にバルトフェルドがこう吐き出す。その彼の表情に、アイシャは微かに眉を寄せた。
「珍しいわね……アンディがそんな表情でそんなセリフを口にするなんて」
 そしてからかうようにに言葉を口にすれば、
「戦闘に関してなら、いくらでも作戦を考えられるのだがね……今度ばかりはお手上げだよ」
 彼はさっさと白旗を揚げる。だが、その口調に微妙な意味合いが含まれていることにアイシャはしっかりと気がついていた。
「……キラ君をどこかに隠せればいいのだが……」
 今の彼女の体調ではそれも難しいかもしれない……と付け加えたときだ。
「……カーペンタリアから何か言ってきたのですか?」
 イザークが眉を寄せながらこう問いかけの言葉を口にする。
「俺達に移動命令が出たとか……って言うなら、イザークのお姫様を隠す必要はないよな?」
 その隣でディアッカもこう呟いていた。いわれてみればそうだろうとアイシャも思う。
「……アスラン・ザラ……」
 彼女たちの耳に、バルトフェルドのこんな呟きが届く。その瞬間、イザークとディアッカが体を強張らせた。
 その名前には、アイシャも聞き覚えがある。
 確か、以前、キラが口にしたはずだ。
 月にいた頃の《幼なじみ》で、ラクス・クラインの婚約者。そして、彼女がまだ《彼》だった頃、ストライクのパイロットだった事実を知っているはずの人物だ。
「彼が、我々に確認したいことがある……と言って、こちらに訪問をしたいそうだ。他の誰かならいくらでもごまかせるだろうが……キラ君の話からすると、彼では難しい……」
 しかも、あの様子ではあるいはここに《キラ》がいることを確信しているのかもしれない……とバルトフェルドは付け加える。
「……あいつの性格では……しらばっくれることは無理だろうしな」
 それができるのであれば、いくらでも抜け道はあるのだろうが……とイザークが呟く。
「ここに来るってことは、間違いなく泊まりになるだろうし……あいつらに部屋から出るなっていうのはある意味無謀か」
 トイレその他の問題があるし、何よりもキラの精神状態を考えれば……とディアッカもまた顔をしかめている。
「出来るだけ顔を合わせないように……としても、万が一の可能性は否定できないわね」
 確かに、バルトフェルドが頭を悩ませるのもわかってしまう。
「……ともかく、キラちゃんのことを考えれば、彼女には出来るだけ彼が来ることは知らせない方がいいわね。でも、カーペンタリアから人が来るから、出来るだけ大人しくしていて、とは言っておいた方がいいわ」
 もちろん、フレイには告げておいた方がいいだろう……とアイシャは付け加える。
 彼女であれば、キラに危険が及ぶかもしれない状況から遠ざけてくれるに決まっている、と確信していたのだ。
「そうだな……上手く行けば、顔を合わせずにすませられるかもしれない」
 もっとも、それは甘い考えだろうが……とバルトフェルドはため息をつく。それでも、可能性を祈らずにはいられないと言う呟きが、間違いなく彼の本音だろう。
「いっそ……印象を変えるように、女の子らしい格好をしてもらうとか」
 ふっと思いついた、と言うようにディアッカがこんなセリフを口にした。
「ディアッカ?」
 何を、というように彼へと視線が集まる。それは予想していなかったのか――あるいは無意識のセリフだったのかもしれない――ディアッカは少し驚いたような表情を作った。だが、すぐに言葉を口にし始める。
「アスランが知っている《キラ》はあくまでも《男》だろう? そして、あいつは今もそう思っているはずだ」
 だから、女らしい姿をさせていれば、目をごまかせるかもしれないだろう? とディアッカは主張をする。
「目くらましねぇ……まぁ、やってみる可能性はあるかな」
 第一印象は重要だからね……とバルトフェルドも頷いて見せた。遠目ならばごまかせるだろうとも。
「ともかく、赤毛と相談だな。あいつがいいと言わなければどうしようもあるまい」
 キラのことはフレイが管理しているのだから、とイザークが結論を出す。
「それに関しては、私がしておいて上げるわ」
 その方がいいだろう、とアイシャは微笑む。フレイと一番仲がいいと言えるのは自分だから、と言えば、男性陣は納得をしたようだ。
「だからね。貴方は、キラちゃんに来て欲しい服を探していらっしゃい。今日ならまだ間に合うでしょう?」
 出来るだけ、可愛らしくて……それでいて、日常生活に支障がないようなものよ? とアイシャは難しい条件を口にした。
「それと……そうね、キラちゃんはあまり体の線を出したがらないから、その点も気を付けて上げて」
 まだ、今の自分の体に違和感を抱いているのだろう。キラは体の線が露わになるような服はいやがる傾向がある。ついでにいえば、出来るだけ肌も出したくないと思っているようだが、それに関しては伝えなくてもわかっているだろうと判断をした。
 もちろん、それは額面通りの理由だけではない。
 イザーク達に、彼らだけで相談をさせる時間を与えようと思ったのだ。
「ついでに……ウィッグかなんかも入手できればいいのだろうが……そこまですれば、本人に説明をしなければいけないだろうね……」
 難しいところだ、と口にするバルトフェルドも、アイシャの考えがわかっているのだろう。彼女の言葉をフォローしてくれる。
「わかりました」
 あるいは、それはイザーク達もわかっているのかもしれない。彼らが聡いことをアイシャは気づいていた。だから、自分の言葉の裏に隠されているものも読みとってくれるだろうと。
「ついでに必要なものがあれば購入してきますが?」
 ふっと思いついた、と言うようにイザークがこう付け加える。
「……そうね……キラちゃんのおやつ用に何かを探して貰おうかしら。もちろん、フレイちゃんの分もよ?」
 言われなくてもわかっているでしょうけど……とアイシャが微笑めば、二人はわかったというように頷いて見せた。
「では、行ってきます」
 ディアッカが妙に明るい口調でこう告げる。それを合図にしたかのように、二人はそのままバルトフェルドの執務室を後にした。
「……アイシャ……」
 その背を見送ったバルトフェルドが呼びかけてくる。
「どこからばれたのかしらね、本当に……」
 思わずアイシャはこう呟いてしまう。
「ここの人間からじゃないとは信じているんだけど」
 でなければ、自分がここにいることすら出来なかったはずだから……とアイシャは思う。それに、彼らのキラに対する態度を見ていればなおさらだ。
「そればかりはわからないね……しかも、相手はあのザラ国防委員長のご子息だ。それなりの情報収集能力を持っている、と言う可能性は否定できないね」
 ここにもザラ派の者がいないわけではないのだから……とバルトフェルドはため息をつく。
「だが、出来るだけ彼女たちのことを口にしないように根回しはしておこう」
 キラの命に関わるかもしれない……と告げれば納得するだろう、と彼は付け加える。
「そう願うわね」
 こう言葉を返しながらも、アイシャはどのような事態にでも対処できるよう、ドクターと話し合っておこうと心の中で呟いていた。



アスラン暗躍。その結果の嵐がとうとう到来か……という所ですね。せっかくいい雰囲気だったのにと言い出しそうなのはアイシャでしょうか。