公衆回線を使っている以上当然のことだとはいえ、これらの会話は当然デュエルとバスターにも届いていた。 「……おい……」 イザークは思わずディアッカへと回線越しに声をかける。 『今のところは俺の方には異常はないが……お前は?』 バルトフェルド隊についてすぐ、通過儀礼のように彼の特製ブレンドを飲まされたのだ。それがストライクのパイロットが飲まされたものと違うという確証はない。それが二人に別の意味での不安を与えていたことは言うまでもないだろう。 「俺の方も異常はないが……ただ、何日で症状が出るかわからないからな」 はっきり言って、戦闘どころではないのではないか……それ以上に、どうしてそんな危険物を黙認しているのか、とイザークは思う。 その時だった。 『あぁ、クルーゼ隊の坊や達。心配しなくてもいいわよ。アンディのコーヒーが悪さをするのは、第一世代に限定されいるから』 笑いを含んだアイシャの声が彼らの耳を叩く。どうやら、自分たちの困惑は彼女にはお見通しだったらしい。 『でも、原因は探らないといけないの。だから、あの子をこちらに招くわ。決して危害を加えないように』 でなければ、今後同じような症状が出たときに対処できない、とアイシャは言外に告げている。 「ですが!」 『それにね……あの子が地球軍に入ったのにはどうやらあなた方が関わっているかもしれないわよ』 イザークが口にしようとした反論を、アイシャのこの一言が封じた。 「なっ!」 その意味がわからずにイザークは言葉を失う。 『まぁ、それも後ね。上手く行けば、本人から説明してもらえるかもしれないわ』 そうでなかったときは自分が教える……と最後に付け加えると、アイシャは通信を遮断した。どうやら、これからあちらと交渉をするらしい。そして、それを自分たちに聞かせたくない、と言うところか。 「……俺達のせい? あいつの肉親を、俺が殺したと言うところか」 戦場であれば仕方がないことだ。だが、それで相手に憎まれないとも限らない、とイザークは初めて気がついたと言っていい。 しかし、とも思う。 どうして《自分》が《敵》だとわかったのだろうか、と。それを確認するには、自分の顔を知らなければできないだろうと思ったのだ。そして、自分が相手に顔を確認できるような状況で作戦を行ったのは、ヘリオポリスでだけだ。 「……まさか、な……」 あるいは、自分が殺した《モルゲンレーテの技術員》の家族かもしれない。それならば、あるいは相手が《第一世代》であることも理解ができるかもしれない。そして、民間人とも言えるモルゲンレーテの人間であれば、ザフトにころされることなど家族は予想していなかったに決まっている。 そこまで考えた瞬間、イザークはかつて自分が口にした言葉が、どれだけ傲慢なものだったかを思い知らされた。 一般の民間人には、まさしく関係がなかったことだろうと。 あるいは、これで敵を増やしてしまったかもしれないのだ。 「……だが、それとこれとは違う」 危うく押し流されそうになった自分の心を押しとどめるかのように、イザークは自分の顔に触れた。そこには、ストライクによって付けられた傷がある。これがある限り、自分の怒りは消えることはない。 『イザーク』 そんな彼の様子が見えているわけではないだろう。が、何かを感じ取ったらしいディアッカが声をかけてきた。 「わかっている。原因を探らなければ困るという理由には納得してやるさ」 少なくとも、今はその怒りも一時棚上げにしておいてやる……とイザークは言葉を返す。そして、同じように動きを止めているストライクへと視線を移した。 彼らの耳に、一時停戦が結ばれたと連絡が届いたのは、それからすぐのことだった。 イザーク達がバルトフェルド達の元へ駆けつけると同時に、ストライクのコクピットが開かれた。そして、ハッチの上に華奢としか言い切れない人影が現れる。 その瞬間、周囲の者たちからざわめきが起こった。 その多くは『まさか』と言う意味合いのものだ。それは無理もないと思う。誰もがあの鬼神のようなMSのパイロットは、もっと大柄で立派な体格の相手だと考えていたはずだ。だが、どう見ても今ワイヤーを使って降りてくる相手はイザーク達と同じ年代としか思えない。 そんな相手を守るかのように、同じようなパイロットスーツに身を包んだ大柄な人間が駆け寄ってくる。おそらく、あれが有名な《エンデュミオンの鷹》だろうとイザークは思う。 あれと似通った体格の相手であれば、これほどまで困惑を覚えなかっただろう。しかも、今は《女》だと言う相手の体は、パイロットスーツ越しにも柔らかな曲線が見て取れる。 しかし、彼らの困惑はこれだけで終わらなかった。 「……マジ?」 ストライクのパイロットがヘルメットを取った瞬間、ディアッカが信じられないと言うように呟く声がイザークの耳にも届く。 もっとも、それはイザークも同じ気持ちだった。 風によって舞い上がる栗色の髪は、指で触れれば柔らかいだろう。 そして、日に焼けていない皓い肌は遠目から見ても滑らかだとわかる。触れれば吸い付くような感触を持っているのかもしれない、とも。しかも、興奮が冷めやらないのだろう。その頬はうっすらと上気している。 だが、何よりも印象的なのはその瞳だった。 怒りのせいだろう。輝きを帯びた菫色の瞳。 それが美しいとイザークは思ってしまう。できれば、もっと近くで確認したいと。そして、その中に自分の姿を映してみたいと考えてしまった。 「……何を馬鹿な……」 それでは自分がストライクのパイロットに一目惚れをしたみたいではないか。イザークはとっさに自分の考えを否定する。 きっと、それは自分が相手に並々ならぬ関心を持っていたからだろう。その相手を直接目にする機会があったから、思わず血迷ってしまったのだ。イザークは自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。 「……やぁ、少年……」 自分とは違った意味で困惑をしているらしいバルトフェルドが、それとわかる口調で相手に呼びかけている。 「しかし……本当に女の子になってしまったのかな? 僕をからかっているわけじゃなくて……」 こう言いながら、彼はストライクのパイロットへと手を伸ばす。そして、その手がパイロットスーツ越しに相手の胸に触れた。 「何をするんですか!」 「アンディ!」 二人分の叫びと共に破裂音が周囲に響き渡った。それがどこから出たものか、確認しなくてもわかってしまう。 「いくらパニクってるからって、あれはまずいっしょ」 どこか呆然とした口調でディアッカが呟いている。その声の裏側にどこかうらやましそうな感情を感じ取ってしまったのはイザークの気のせいだったろうか。 「……ディアッカ……」 同時に、怒りを感じてしまう。 「なんだよ……」 だが、本人にそのつもりはなかったらしい。何で怒られなければならないのか、と言うように視線を向けてくる。 「お前……そういうことは本人には言うなよ」 一体どうしてそう言ってしまったのか。イザークにもわからない。 「まぁ……そりゃな。あの様子を見てしまえばそうするしかないだろう」 怒りを通り越してしまったのだろう。その菫色の双眸からぽろぽろと涙をこぼしているストライクのパイロットを、アイシャが慌てて抱きしめていた。 「……ヘリオポリスから逃げ出して……訳がわからないままあれに乗せられて、ようやく地球に着けば女になっちゃって……少佐だけじゃなく原因を作った人にまでセクハラさせるなんて……」 どうすればいいんですかぁ……とそのままストライクのパイロットは彼女に泣きついている。その叫びが、イザークの中で大きくこだましていた。 言わせたかったセリフ、その1は早々に使っています。しかし、キラも哀れな…… |