どうして彼はいつも、自分を軽々と抱きかかえて歩けるのだろうか。
 イザークの腕に抱かれながら、キラは不思議に思ってしまう。確かに標準から考えれば、自分は軽いかもしれないが、それでも人一人抱えて歩くのは大変なはずなのに、と。
「何を考えている?」
 そんなキラの耳に、イザークの問いかけが届く。
「またくだらないことか?」
 重くないかとかなんかだろう……と言う言葉にキラは苦笑を返す。
「……図星か」
 そのキラの表情だけでイザークにはキラが何を考えていたのかわかってしまったらしい。小さくため息をついてみせる。
「お前ぐらい、抱えて歩けない俺だと思っているのか?」
 心配するな……と言いながら、イザークがキラの瞳を覗き込んできた。その瞬間、キラは自分の頬が熱くなるのを感じてしまう。
「そうそう。こいつは見かけよりも力持ちだからな。安心しな」
 二人の会話をしっかりと耳に挟んだのだろう。ディアッカがこう口を挟んでくる。
「そうよね。これでキラを落としたりしたら、絶対にもう二度とキラに近寄らせないんだから」
 さらにフレイまでこう言ってきたのを聞いて、前を歩いていたアイシャが小さく肩をふるわせていた。
「……あの……」
 今の会話の何が、そんなに彼女の笑いを誘ったのだろうか、とキラは思う。
「本当、若いっていいわよね……って思っただけよ」
 言葉と共にアイシャが彼らを振り向いた。
「貴方はともかく、その子がここまで彼らと仲良くできるとは思わなかった……って言うだけ」
 最初の頃のことを思い出せば……と言われて、フレイが視線を背ける。どうやら、彼女はアイシャに指摘をされるまで、自分がそんな態度を取っているとは思っても見なかったらしい。
「いいんじゃねぇ? 少なくとも、俺は今のお前さんの方が好きだし」
 そう言う奴が増えれば、戦後の環境に影響してくるかもしれない、と口にしながら、ディアッカはフレイの肩を叩いた。
「馴れ馴れしくしないでよ!」
 次の瞬間、小気味いい音が周囲に鳴り響く。振り上げられたフレイの手が、目測を誤ったのかディアッカの頬を叩く形になったのだ。
「ひ、っでぇな……」
「何よ! コーディネイターのくせに、避けられないあんたの方が悪いんじゃない!」
 キラなら避けたわよ! とフレイは言い切る。
「……まぁ、そうなのかもしれないが……だけど、一言ぐらい、だなぁ」
 謝ってくれてもいいじゃないか……とディアッカはフレイが叩いた頬に手を当てた。
「何よ! 元はと言えば、馴れ馴れしいあんたが悪いんでしょう?」
 自分に気安く触れてもいいのは、キラとここにいない友人達だけだ……とフレイは主張をする。
「フレイ……でも、ディアッカさんを叩いちゃったんだし……一応、謝った方が……」
「かまわん。女性に馴れ馴れしくするそいつが悪いんだからな」
 キラの言葉をイザークが笑いを滲ませた声で遮った。その薄水色の瞳の奧には、何やら楽しんでいるような感情すら見て取れる。あるいは、自分の友人の態度の裏に隠されているものに気がついているからなのだろうか。
「……そりゃ、お前はいいよな。そんな美人を抱きしめて、自分のもの宣言をしているんだから」
 俺だって、可愛い女の子の隣を歩きたい……とディアッカは苦笑とともに言葉を返してくる。
「こっちのお嬢さん、気が強いところが好みなんだよな」
 だからさ、もう少しお近づきになりたいわけよ……と言われて、フレイは彼を睨み付けた。もっとも、その表情はかなり軟らかい、とキラは思う。
「あら……それじゃ、私はどうなのかしら?」
 くすくすと笑いを漏らしながら、アイシャが言葉を挟んでくる。
「バルトフェルド隊長がいらっしゃらなければ、無条件で声をかけさせて頂いたんですけどねぇ」
 さすがに、彼と張り合えませんって……とディアッカは言い返す。
「あら……分をわきまえている子は好きよ」
 こう言いながら、アイシャは不意に道からそれた。そして、キラ達にも付いてくるように促す。
「何かあるんですか?」
 フレイの問いかけに、
「来てみればわかるわ」
 とアイシャは微笑むだけだ。
「……何かしらね……知っている?」
 仕方がない、と言うように、フレイはディアッカ達に問いかける。キラも、知っているのだろうか……というようにイザークの顔を覗き込んだ。
「残念だが……俺達もあちらには足を踏み入れたことはない」
 だから、知らないのだ……とイザークはキラに話しかけてくる。
「おかげで、一緒に驚いてやれるぞ」
 それはそれでいいことだろうしな……と微笑むイザークの顔からキラは視線を離すことが出来ない。それがどうしてなのかはわからないが、彼の微笑みは見ていて嬉しいとも。
「もっとも、お前はあまり興奮しない方がいいんだろうが」
 まだまだ、キラの体は精神状態に大きく左右されるから……とイザークは優しい口調で告げる。それは心の底からキラを心配しているとわかるものだ。
「……すみません……」
「それはお前のせいじゃないだろう?」
 自分に責任がないことで謝るのはやめろ……ときつい言葉を口にしながらも、イザークの口調は優しい。
「そうよ、キラちゃん。悪いのはアンディ。本人も認めているんだから、どんどんわがままを言っていいの」
 ね、とアイシャも微笑んでみせる。そして、目の前にあったドアを開けた。
「……温室……ですか?」
 その瞬間、中から濃厚とも言える花の香りが流れ出してくる。
「ちょっと違うわね。温度よりも湿度を管理しているの、ここは」
 そのおかげで、この地方では咲かせられないような花も見られるのだ、と言いながら、アイシャは四人を中へと導く。
「ここなら、キラちゃんも気に入るかしらって思うし、お散歩にもいいでしょう?」
 距離的に……とアイシャはキラ達を振り向きながら問いかけてきた。
「そうですね。ここまでなら、丁度いい距離だと思います」
 こう言葉を返したのはフレイだ。
「それに、ここでお茶でも飲めば、気分が変わっていいんじゃないかしら。ねぇ、キラ?」
 そうすれば、少しはたくさん食べてくれるんじゃないか、とフレイは言外に付け加える。それに、キラは困ったような表情を返す。自分でもそれに関して自信がないのだ。
「それはいい考えね」
 何なら、今からお茶にする? とアイシャが口にした。だけではなく、フレイとディアッカの肩に手を置くと、
「手伝ってくれるわよね?」
 と口にした。ついでに、そのまま二人を温室から引っ張り出す。
「アイシャさん?」
「俺達は……」
 キラとイザークが問いかければ、
「奧にソファーがあるわ。そこで待っていて」
 と言う声だけが返ってくる。そのまま三人は、本部の方へと戻ってしまったらしい。
「仕方がないな……言われたとおりにしておくか」
 そう判断して、イザークがキラに苦笑を見せる。同時に、歩き出した。



もうしばらく、このほのぼのは続きます。しかし、かなり進展しているようですね、彼らの関係は……それを見守る面々も、なんだかんだ言って仲がいいのかも?