フレイと二人だけになった瞬間、気持ちが軽くなったのはどうしてなのだろうか。キラはそんなことを考えながら、体を枕に預けた。
「どうかしたの、キラ?」
 彼女に気づかれないように……と思いながらついたため息も、しっかりと聞きつけられてしまったらしい。フレイが即座に問いかけてくる。
「……フラガ少佐達、無事に抜けられたのかなって……」
 ザフトの支配区域を……とキラは付け加えた。
「少なくとも、無事に紅海には抜けられたらしいわ。でも、その後のことまではわからないの」
 フレイの言葉を耳にして、キラは脳裏に地球の地図を思い浮かべる。
 紅海へ向かった、と言うことはインド洋を経由してパナマなりアラスカへ向かうつもりなのだろう。しかし、その途中にはカーペンタリアがある。そこを無事に突破できるだろうか。
 だからといって、今の自分にはどうすることも出来ないことは事実だ。
 それに、フレイの言葉が――いや、フレイに与えられた情報が正しいとも言い切れないだろう。
「……そう……」
 無事でいてくれることを祈るしかないんだね……と言いながら、キラは視線を伏せる。
「大丈夫よ。フラガ少佐がいつも言ってたじゃない。『俺は不可能を可能にする男』だって」
 だから、何も心配することはないのだ、とフレイが微笑んで見せた。それは間違いなく彼女の希望でもあるのだろう。
「フラガ少佐がストライクを使うんだから、大丈夫だよね」
 キラも、だから微笑み返す。
「あんたが信じなくてどうするのよ、それ」
 でしょう? といいながら、フレイがそうっとキラの体に腕を回してくる。そのまま抱き寄せられて、キラは彼女の胸に頭を預けた。そうすれば、優しい音がフレイの胸の奥から響いてくる。
「早く、戦争が終わればいいのにね」
 それに少しだけ心を慰められるものを感じながら、キラは呟く。
「そうね……これ以上、誰も憎しみ合うようなことがなければいいのにね」
 人はいつか分かり合えるって、ようやくわかったんだから……とフレイはいいながら、キラを抱きしめる腕に力を込める。それは、まるで彼女がキラにすがりついているようにも感じられた。
「きっとそんな日が来るよね」
 信じていればきっと……とキラはフレイの髪を撫でながら囁く。
「少なくとも、そうしようと思っている人がいるもの……」
 ここでも……とフレイは付け加える。彼女の脳裏に浮かんでいるのはアイシャとバルトフェルドだろうか。それとも、イザーク達だろうか。それまではキラにもわからない。
 いや、アイシャ達にしても、ある意味、二つの種族の壁を完全に乗り越えているわけではない。個人が個人としてお互いを認め合っているだけだろう。
 それでも、と思うのはキラのわがままなのだろうか。
 そうやって、少しずつでも認めあえる人々が増えていけば、この戦争が終わる日もきっと来るだろうと。
 そのまま、二人はドアがノックされるまで抱き合っていた。

 ドアの前で、イザークは一瞬ためらうかのように動きを止める。
「どうした?」
 そんな彼にディアッカが不審そうに声をかけてきた。
「……アスランのあの態度を、キラに気づかせないですむかどうか、と考えただけだ」
 キラに会わせたくない相手、とは言え、その本人にとっては大切な《幼なじみ》らしい――もっとも、そう思っているのはあるいはキラだけかもしれないが――そんな相手の、あのセリフを知れば、間違いなくキラが傷つく……とイザークは言外に付け加える。
「それは否定できないけどさ……じゃ、キラを連れて行く役目、他の誰かに回せるか?」
 この言葉に、イザークはすぐに首を横に振った。キラの面倒だけならばともかく、自分以外の誰かが彼女を抱きかかえて歩くなんて言うことは認められるわけがないのだ。
「なら、努力するしかねぇだろう? キラの前であいつへの怒りを忘れるように」
 でなければ、どうすれば彼女が喜ぶかを考えていろ、とディアッカは口にする。
「わかっている」
 キラの顔を見ればあるいはこの怒りも一度収まるだろう。そう判断をすると、イザークはドアをノックした。
「誰?」
 即座に中から声が返ってくる。それはキラのものではなくフレイの声だ。
「夕食の用意が出来たそうだ。迎えに来たが、入ってかまわないな?」
 その多少刺を含んだ声も、今では慣れたものだ。平然とこう問いかけると答えを待つ。
「いいわよ。入れば?」
 この答えと共に誰かがドアに歩み寄ってくる足音がイザークの耳に届く。同時に、ディアッカが隣に声をかけている声も聞こえていた。
 そちらは彼に任せておけばいいだろう。そう判断して、イザークは意識を前だけに向けている。
 足音が止まった、と思うと同時に、ドアが開かれた。そして、フレイの赤毛がドアの隙間から覗く。
「やっぱりあんたが来たわけね。入れば」
 イザークの顔を確認してから、フレイは大きくドアを開けた。そうすれば、イザークの視界にベッドに横たわったままのキラの姿が入ってくる。
「すみません、ご迷惑をおかけして……」
 体を起こしながら、キラはこう口にした。
「気にすることはない。俺が好きでやっていることだ」
 他の誰にもこの役目を渡したくないしな……と言いながらイザークはキラに歩み寄っていく。そして、体を起こそうとする彼女に優しく手を貸してやった。
「そう言えば、他のみんなには声をかけているの?」
 イザークの側に戻っていたフレイがこう問いかけてくる。
「ディアッカが声をかけているはずだが?」
 そうっとキラの体を抱き上げながらイザークは言葉を返す。
「そう。なら、後ででもこっそりと、あんたらがクルーゼ隊の一員だって知られないように気を付けろって言っておきなさいな」
 でないと、またひと騒動起きるわよ……と予想もしていなかった忠告をフレイが口にした。
「……どういう気まぐれだ?」
 驚きを隠すことなく、イザークは彼女へと視線を向ける。
「決まっているじゃない。キラの為よ」
 でなければ、キラが悲しむから……とフレイは言い切った。つまり、彼女にとってもそれが第一だ、と言うことか。
「……わかった。では、気を付けよう」
 頷き返すと、イザークはキラの体を軽く揺すり上げ、しっかりと腕の中に収める。そうすれば、キラがその細い腕をイザークの首筋へと絡めてきた。彼女の行動が落ちないようにするためだ、と言うことはわかっている。
 それでも、そんな些細なことが嬉しいとイザークは思う。
 キラが自分を信頼してくれていると実感できるのだ。
「行くぞ」
 微かに笑みを口元に浮かべながらイザークは歩き始める。
「あの……」
 不意にキラが声をかけてきた。
「何だ?」
 視線を向ければ、キラが少し恥ずかしそうな表情をしているのがわかる。
「僕、重くないですか?」
 いつものセリフをキラは口にした。
「気にするな、と言っているだろうが。確かに、最初よりは少し重くなったが、お前はもっと太った方がいい。軽すぎて怖いほどだ」
 優しい口調を作ってこう言えば、
「キラ、そんなことでそいつに遠慮しなくていいの。わかっている?」
 フレイも即座にキラに声をかけている。
「あんたは、そいつをあごで使っても誰も文句は言わないんだから」
 この言葉に、イザークは思わず苦笑を浮かべてしまう。確かに、キラの言葉であればどんなことでも叶えてやりたいと思うのは事実なのだ。
「……でも……」
 その事実を、キラだけが認めようとしない。それが彼女の性格なのだろうが、少し歯がゆいとも思ってしまう。
 この瞬間、イザークの脳裏からはアスランのことは完全にかき消されていた。



と言うわけで、ようやくこのシーン終わり……何でこんなに長くなったんだろう我ながら(^_^;