「そろそろ、キラちゃんと解放してあげてくれないかしら」
 アイシャが柔らかな声でこう言ってきた。
「キラちゃんは、まだ、安静が必要なのよね」
 この言葉に子供達は一瞬不満そうな表情を作る。そんな彼らをどうやって説得しようか……と思ったときだ。
「キラのことを考えるなら、今日はここまでにしておいてよ。明日もまた会えるんだし」
 フレイが彼女に同意を見せる。どうやら、今までずっとキラの側にいた彼女には、微妙な表情の違いがわかるらしい。
「……フレイがそう言うなら……そうした方がいいのよね?」
 真っ先にこう口にしたのは、ミリアリアだ。隣にいるトールを見上げると同意を求めるような表情を作る。
「だよな……俺達のせいで、キラの体調が悪くなったら、フラガ少佐に怒鳴られる」
 そうすれば、トールの方もすぐに頷いて見せた。
「……そうさせて貰おう。でも、夕食ぐらいは一緒に食べられるんだよな?」
 サイがこう問いかければ、キラは少し困ったような表情を作る。大丈夫だろうか、と思っているらしい。
「大丈夫よ。もっとも、そっちの坊や達がアンディと一緒でもかまわない、って言うならの話だけど」
 オーブのお姫様も一緒よ、とアイシャが微笑んで見せた。
「俺達は別段かまわないけど……」
 こう言いながらトールは視線をカズイへと向ける。その仕草から、彼は要注意なのだろうとアイシャは判断した。
「大丈夫よ。別段、取って食べられるわけじゃないし……まぁ、多少むかつく連中もいるけど、そのうちの一人はキラに夢中だから、私達に迂闊なことはしないと思うわ」
 でないと、キラに嫌われるもの……という言葉の裏に含まれているフレイの複雑な感情に、アイシャは密やかな満足を感じていた。どうやら、彼女はイザークのキラに対する恋情を認めたらしい。もっとも、それを許せるかどうか、と言うことは別問題なのだろうが。
「……確かに、キラ、美人だからなぁ……」
 あいつもそうだし……とぼそっと呟いたのはカズイだった。
「お似合いなんだろうが、複雑だよな」
 少し前までは、一緒に好みの女の子の話をしていたのにさ……と言う言葉に、キラはますます困ったような表情を浮かべる。
 その次の瞬間だ。
 小気味いいとしか言いようがない破裂音が室内に響き渡った。
「フレイ?」
 どうして……とキラが驚いたような表情を作っている。
「こうでもしないと、このバカ、自分が失言したって覚えないじゃない!」
 どうしてこう、デリカシーがないのよ! とフレイはさらに怒りをカズイに向けていた。
「……まぁ、今のは間違いなく失言だよな……」
 その前まではともかく、とその場を仲裁するようなセリフを口にしたのはトールだ。
「そうよね。いい加減、そう言う話はセクハラだって覚えておいた方がいいわよ、カズイ」
 次は私が叩くから、とミリアリアも頷いている。この二人は、フレイとは違った意味でキラを大切にしているらしい。そして、一同のリーダーとも言えるサイも、
「少しは考えてから言葉を出すようにしないと、いつまでもそんなままじゃいられないんだぞ」
 とカズイを遠回しに非難している。
「みんな……」
 そんな彼らにどう反応を返せばいいのかわからない、とキラは小首をかしげた。それでも、深刻そうな雰囲気にならないのは、ある意味、それが彼らにとって日常だから、だろうか。
「……ともかく、フレイちゃんはキラちゃんと同室でいいのよね? 後の人たちの部屋割りはどうしましょうね。二部屋しか用意してあげられないのよ」
 この側であれば……とアイシャは雰囲気を変えるように言葉を口にした。
「あぁ、こちらで適当に別れます。ご心配なさらないでください」
「別段、同室でもかまわないしな、俺達」
 ミリアリアに視線を向けながらトールがこう口にした瞬間、言われた当人が思いきり彼の足を踏みつける。それがこの場の雰囲気を和やかにしたのだった。

「……残念だがね……彼女の移動は認められない……と言うよりも、今長距離の移動をさせれば、間違いなく、キラ・ヤマトはその命を失うだろうね」
 初めてであったときと同じ部屋でバルトフェルドがカガリに向かってこう言い切った。
「どうしてそう言いきれるんだ? オーブにだって、コーディネイターの医師がいる。それを手配することだって可能だ」
 それなのに、どうして無理と言い切るのか、とカガリは食い下がってくる。
「残念だがね……彼女に使用している薬品の一部は、プラントでのみ製造されているものだ。今のオーブにそれがあるとは思えなくてね」
 第一、その前に移動に耐えられるだけの体力が今のキラにはない、とバルトフェルドは穏やかに、そして辛抱強く繰り返す。
「まぁ、医薬品に関してはここでも不足気味だが……彼女に使う分を優先することにしているし、入手に関してはあてもある。そして、専門の医師も手配してあるからね。ここにいて貰うのが一番安全だろう、と思うんだが」
 そして、キラの健康が安定したときに、彼女自身に選択をさせよう……と付け加える。
「しかし!」
 キラはオーブの人間で、ここに置いておくのは……とカガリはなおも食い下がってきた。オーブの人間である以上、自分が保護し、そして本国に連れて帰るのが当然だ、と。それはまるで意地になっているようにも思える。
「では、聞くが……君は彼女が死んでもいいと思っているのかな?」
 その気持ちもわからなくはないが、意地になりすぎてキラを死なせてしまって仕方がないのではないか。その意味を込めて、バルトフェルドは冷静に聞き返す。
「そんなわけ、ないだろうが!」
 あいつを死なせたら、ラミアス達に申し訳がない……と怒鳴るようにカガリは口にした。
「では、我々が信用できないのかな?」
 おそらくこちらの方が彼女の本心なのだろう。そう思いながら問いかけの言葉をさらに口にすれば、カガリはそのまま黙り込んでしまう。
「フラガ氏にも伝えたがね……彼女に関しては、命に替えてでも責任を取るつもりだし、アイシャも同意見だ。そして、我々だけではなくプラント本国にも、彼女に関しては手を貸してくれる者がいる。敵対していた以上、信頼してもらえないのはわかっていても、そうしてもらうしかないんだがね」
 少なくとも、彼らは信じてくれたのだが……とバルトフェルドは付け加えた。だから、子供達を自分たちに預け、この場を後にしたのだ。状況さえ許せば、それこそここにの懲りたいと思っていたにもかかわらず、だ。
「……感情だけではなく、現実を見据えながら状況を判断することも、指導者としては必要なことだと思うが、いかがなものかな?」
 蛇足だとは思いながらも、バルトフェルドはついついカガリに向かってこう言ってしまう。
「わかっている……わかっているが……だが……」
 自分にも、自国の民に関する責任があるのだ、とカガリは口にする。
「君の意地と彼女の命。どちらが大きいか、ゆっくりと考えてみてみるんだね」
 その判断で、彼女の《指導者》としての資質がわかるだろう。その結果、オーブの未来がわかるのではないか……とも思う。
 同時に、彼女があくまでもキラを本国へ連れ帰ろうとしたときの対策を考えておかなければいけないのでは、とバルトフェルドは心の中でこっそりと呟く。
 何が何でも、キラは守らなければいけないのだ。
 それが、人間としてフラガと約束したことでもある。同時に、軍人を離れた《アンドリュー・バルトフェルド》個人としての本音だ。
 これもまた《意地》と言ってしまえばそうなのかもしれない。
 それでもかまわないと思わせるものを《キラ・ヤマト》が持っていることもまた事実だった。
「幸い、まだ時間は残されている。君にはね」
 彼らには許されなかったが……と言いながらバルトフェルドはすっかり醒めてしまったコーヒーに口を付ける。その苦みがバルトフェルドの気持ちをさらに重いものにした。



ほのぼの組と緊迫組の描写。しかし、やはりカガリはアンディにかないませんね(^_^;
やはり、場数の差なのでしょうか。