『ずいぶんとごゆっくりだったな。それほど忙しいのか?』
 イザークの顔を見た瞬間、アスランはこう言ってくる。その言葉の中に刺が含まれているような気がしたのは、彼らの気のせいではないだろう。
「こちらだとていろいろとあるんでな」
 遊んでいたわけではない、とイザークは冷静に言い返す。
『それにしては、ラクスに連絡を取る余裕はあるようだが』
 次の瞬間、アスランはこんなセリフを口にしてきた。その言葉に、一体何処までばれているのだろうとイザークは思う。ひょっとして、キラのことも全てこいつはお見通しなのか、と。
 だが、すぐにその考えを打ち消した。
 彼女がたやすく秘密を漏らすような人間ではない、と。
「バルトフェルド隊長の依頼だ。保護した民間人が、足つきに乗っていた可能性があったのでな」
 では、一体どこから情報を掴んだのか。
 いや、何処までアスランは知っているのかを確認したくて、イザークはこう口にした。
『民間人?』
 微かにアスランの口調が変化した、と思えたのはイザークの気のせいであったろうか。そんなことを考えながら、イザークは慎重に言葉を選ぶ。
「本人達はオーブの人間だ、と言っていた。ラクス嬢はあちらにいたことがあるはずだからな。あるいは……と思っただけだ」
 そうであれば、あちらの情報が入手できるかもしれないからな……とイザークは付け加える。
『どんな連中だ、それは』
 アスランもまた本心を見せまいとしているのだろう。冷静な口調でこう問い返してきた。
「どんなと言われても、普通の連中だ、としか言いようがない」
 年齢は自分たちと同じぐらいだと思うが……とイザークはさりげなく付け加えた。
「それがどうかしたのか?」
 この言葉に、アスランは一瞬、視線を伏せる。だが、すぐにそのヒスイの瞳がモニター越しにイザークを睨み付けてきた。
『ラクスから、その中に同胞がいる……と聞いていたからな。その顔を拝んでみたい、と思っただけだ』
 言いたいこともあるし……とアスランは微かに口元に冷笑を浮かべる。
「ほぉ……なんて言うセリフだ?」
 ぜひとも聞かせて頂きたいね……と口を挟んできたのはもちろんディアッカだ。
『ナチュラルに協力していいことがあったのか、と聞いてみたいだけだ』
 オーブの人間であれば、ナチュラルが側にいただろう? とアスランは口にする。
 あそこで辛い思いをしていても、それでもナチュラルを信じられるのか、とな……と言う言葉の裏に、ナチュラルを信じた《キラ》がバカなのだ……と言う言葉が隠されているような気がするのは穿ちすぎだろうか。
「それで? そうだと言われたらどうするわけ?」
 さりげなくディアッカがイザークの肩に手を置いてくる。それがイザークに落ち着け、と言っていた。
 もちろんだ、とイザークは心の中で付け加える。
『間違いは正してやらなければいけないんじゃないのか? お前らならてっきりそうするものだ、と思っていたが』
 つまり、目の前の相手は《キラ》を自分の手元に呼び寄せて、ナチュラルの友人を持ったのが間違いだ、と言いたいのだろう。
 しかし、イザークにはそう思えないのだ。
 フレイがキラを守ろうとしている態度。
 フラガが見せた優しさ。
 そして、先ほどの光景。
 それらがイザークに自分の認識が間違っていたのではないか、と思わせている。
 少なくとも、あそこではキラを大切にしていた者がいたのは間違いはない。そして、中立であるオーブならそのような人間は多かったのではないかとも。
「だけどさ……そいつに自分の両親までそう思わせるわけにはいかねぇんじゃねぇ?」
 そいつ、第一世代だって言うし……とディアッカは笑う。
 だが、その瞬間、アスランの顔が驚愕に染まった。だが、それもすぐにかき消される。その精神力だけはほめてやってもいいかもしれない、とイザークはこっそり心の中で吐き出す。
「確かにさ。地球上でのコーディネイトは禁止されているけど、遺伝子上の欠陥を持った両親が子供を健康で育てるために宇宙でコーディネイトするってことは、戦争直前まであったことだろうが」
 そう言う奴に会えば、ナチュラルが全て間違っているとは思えない……とディアッカは口にした。
『お前達らしくないな』
 何かを必死に押し殺しているのだろうか。刺を含ませた口調でアスランが言葉を返してくる。
「仕方ないだろう? 相手は美人だし……イザークにいたっては彼女に一目惚れだからな」
 しかし、ディアッカの方が一枚上手だったらしい。さらりとアスランを煙に巻くセリフを口にした。
『彼女?』
 予想もしていなかったらしいセリフに、アスランが目を丸くしている。
「そう、彼女だ。俺達が保護をした《第一世代》は。ご両親に愛しまれていたらしくてな。可愛らしい性格の美人さんだぞ。イザークが先に声をかけなきゃ、俺が立候補していたよ」
 さらに追い打ちをかけるようにディアッカは言葉を口にした。
「しかも、足つきの乗組員じゃなかったんだと。バルトフェルド隊長が今、オーブへの帰還の手続きをてやってるよ」
 今、オーブと事を構えるのは得策じゃないだろうからな、と言うディアッカに、
「そうだな。あいつらのようなナチュラルがいるのなら、妥協するしかないだろう」
 ナチュラルを全滅させるわけにはいかないのだから、とイザークも相づちを打つ。
「で……納得をしたのか?」
 自分たちも、いつまでもアスランに付き合っているわけにはいかないのだ……とイザークは言外に告げた。
『そう言うことなら、仕方がない。だが、人の婚約者に気軽に通信を入れないで欲しいものだな』
 本気で言っているとは思えないセリフとともにアスランは通信を終わらせる。それは、本当に唐突としか言いようがない態度だった。
 だが、それすらもイザークには気にならない。
 いや、それ以上に怒っていると言った方が正しいのだろうか。
「絶対……あいつにキラを渡すわけにはいかないな……」
 アスランの側に行けば、キラは今までの自分を全て否定されることになるだろう。そうすれば、あの輝きが消えてしまうに決まっている。
「それに関しては、俺も賛成だ」
 あそこまで胸くそ悪い奴だとは思わなかった……とディアッカも呟いた。
「って、いつの間にか立場が逆になってねぇか、俺ら」
 宇宙にいた頃は、ナチュラルをバカにするのが自分たちで、それを冷ややかな目で見つめているアスランと小さくため息をついてみせるニコル……というのがいつものパターンだった。
 しかし、今の自分たちは思わずナチュラルを擁護してしまってはいなかったか……とディアッカは言うのだ。
「仕方があるまい。知識だけしか知らなかった頃と、実際に――まぁ、あいつらが特別かもしれないが――身近で暮らしてみての感想と変わってくるのは当然のことだろう」
 変わらない方がバカなのだ……と付け加えながら、イザークは別のことを考えていた。
 あるいは、アスランのあの態度はナチュラルをどうでもいいと思っていたからこそのものではなかったのか。
 あの男にとって大切だったのはあくまでも《キラ》で、それを取り巻く環境がどうであれ気に入らないのかもしれない……と。
「……キラには、教えられないな」
 あいつの本性は……とイザークは呟く。
「教えればお前の株が上がるだけのような気もするが、お姫様にショックは禁物だからな」
 付き合ってやるよ、とディアッカは笑う。そんな彼に一瞥をくれると、イザークは腰を上げた。



イザークVSアスラン一回戦目……ですね。まだ、ニコルがどちらに付くかがわからないのですが、現状ではイザーク有利でしょうか。
もっとも、近々再戦があるでしょう。