廊下に出れば、即座にディアッカとアイシャの姿を確認することが出来る。
「……何かあったのか?」
 その表情が今ひとつ優れない。それを感じ取って、イザークは即座に問いかけた。
「あいつらが地球に降りてきた……」
 足つきの居場所を探しているそうだ……とディアッカがため息混じりに言い返してくる。
「それは、予想していたとおりの行動だろうが」
 と言うより、ザフトの人間である以上、当然のことだ……とイザークは思う。
 しかし……
「バルトフェルド隊長の方はよろしいのですか? 足つきを見逃したと知られても……」
 イザークはふっと不安を覚える。それがキラのため――そして、彼女についてバルトフェルドが思い切り責任を感じていることも――とはわかっていても、そのために彼の立場が悪くなることは、本末転倒だろう。
「大丈夫よ。ここの気象状況については当然報告済み。だから、今日、彼らに出航することを進めたの。本当は、全員あれを捨ててここに居着いてくれれば良かったんだけどね」
 軍人である以上、それはできないのだ……とフラガは口にした。その代わりに、子供達だけでも……と。そして、それをバルトフェルドは受け入れた、と言うわけだ。
「いつまでも憎しみ合っていたら、それこそあの子を悲しませるだけだ……とはみんな知っているんだけどね」
 それでも、彼らには捨てきれないものがあるのだ……と知っているから、それ以上止められなかったのだ、とアイシャはため息をつく。
「後は、彼らが無事にアラスカまで辿り着くか……途中で気が変わってオーブに向かってくれるかを祈るだけだわ」
 この言葉に、イザーク達も頷くしかないだろう。彼らにしてもそれに関しては動くことが出来ないのだから。
「本当、あぁ言う人が地球連合のトップにいてくれさえすれば、こんな事にはならなかったんだろうがな」
 惜しいよなぁ……とディアッカは口にする。どうやら、彼らがここにいる間にかなり意気投合したらしいとイザークは判断をした。
「……後は、あいつからキラの存在を隠すだけか」
 イザークにはアスランがどうして《足つき》の居場所を気にかけているのか、わかっている。いや、彼だけではない。ディアッカも同じだろう。
「そうだな……出来れば、あいつの体調が安定するまでは引き延ばしたいよな」
 ついでに、キラの気持ちが……と言う言葉を彼が口に出さなくてもしっかりと他の二人には伝わった。
「……あいつの《ストライク》へのこだわりが、パイロットが《キラ》だから……というのであれば納得は出来る。だが、それをキラが望んでいるのかというと疑問だからな」
 キラの様子からすれば、間違いなく、今は会いたがっていない。いや、自分の存在を彼から隠したがっているとすら思えるのはイザークの気のせいではないだろう。
「……ついでに、あの子の選択を邪魔させたくないものね」
 これからどうするのかの……と言いながら、アイシャが意味ありげな視線をイザークへと向けてくる。
「それは、キラが決めるべきことでしょう。それよりも、あいつが友人達との別離に耐えきれるかどうか……の方が当面の問題ではないでしょうか」
 キラはまだここから動かすことは出来ない。
 しかし、友人達もいつまでもここに置いておくことは出来ないだろう。
 バルトフェルドはかまわないと言うだろうが、彼らの気持ちの方はそうはいかないのではないか……とイザークは判断している。ここに置いておいても大丈夫だと思えるのは、皮肉なことにフレイだけなのかもしれないとも。
「どちらにしても、キラちゃんを説得しないわけにはいかないでしょうね。でも、それは今日でなくてもいいでしょうけど」
 カガリお嬢ちゃんと話を詰めなければならないこともあるし……と言うアイシャの言葉はもっともだ。
 ようやく再会できた――と言うほどの時間ではないだろうが――友人達をすぐに引き離すのはイザークでもさすがに気が引ける。しかも、一部不穏な者がいるとは言え、彼らはキラが《コーディネイター》だからといって排斥をする様子を見せないのだ。中にはここに着いた瞬間、臆することなくキラの様子を問いかけてきたものもいた。
「……オーブって……やっぱ、敵対するわけには行かない国だよな」
 あいつらの様子を見ていると……とディアッカが呟く。彼もそれなりにキラ達の様子から感じたものがあるのだろう。そして、彼の父であるダットは穏健派でもある。彼自身、ナチュラルを軽んじてはいても憎んではいなかったはずだ。
「……あいつらのような存在は貴重だからな……ここで、それを打ち砕くようなことだけはしないようにしておかないと……」
 でなければ、最悪、キラまで憎まれてしまうだろう。それが、キラの体にとって最悪の状況を引き起こす引き金にもなりかねないのだ。そう考えれば、イザークにしても多少は彼らに対する態度を和らげる理由にもなっている。
「ここにいるものは、敵対さえしなければナチュラルだろうと、気にしないと思うけどね」
 くすりっとアイシャが笑った。そう言えば、彼女はナチュラルだった……とイザークが心の中で呟いたときだ。
「ここにおられましたか」
 バルトフェルド隊の一般兵がこう言いながら、彼らへと駆け寄ってくる。だが、その足音が極力消されているのは、部屋の中にいるキラを気にしてのことだろう。
「何かあったの?」
 三人を代表して問いかけたのはアイシャだ。
「……また、カーペンタリアから通信が入りまして……イザーク・ジュールと話をさせて欲しい、とアスラン・ザラが……」
 どうしましょうか……と彼は付け加える。
「イザーク?」
「どうするもこうするもないだろう。話をしない限り、あいつはしつこく連絡を入れてくるはずだ。それでは、キラにも気づかれるからな」
 誰の口から《アスラン》の名がキラの耳に届かないとも限らないのだ。それでは、彼女にとってマイナスにしかならないはず。
「お姫様を守るのは王子様の役目……だもんな」
 ニヤニヤと笑いながらディアッカがこう口にする。
「付き合ってやるよ。俺としても、あいつら、気に入っているし」
 お前一人者、あれの相手は荷が重いだろう……と付け加えられて、イザークはむっとした表情を作った。
「何が言いたい」
 それでも、彼の忠告にはそれなりの意味がある。そう知っているから、我慢して聞き返した。
「いつものようにお前があいつ相手に熱くなれば、迂闊なことを口走りかねないって言うだけだ」
 それで《キラ》のことがばれたら、厄介事になる決まっている……とディアッカは説明の言葉を返してくる。そして、それはイザーク自身否定できないであろう事実だった。
「一人より二人の方がいいでしょうね、それなら……キラちゃん達の所に行くのは私一人でいいでしょうし」
 ともかく、キラを守ることを第一に考えろ……と彼女の瞳が告げている。
「それに、いざとなったらアンディの名前を出しなさい。それでも食い下がってくるようなら、直接本人に言え、とね」
 それでバルトフェルドに連絡を取ってくるならまだ見込みがあるだろう。
 しかし、あくまでもイザーク達に絡んでくるようならばかまわないから見捨てろ……とアイシャは口にする。
「わかりました。そうさせて頂きます」
 元々、仲がいいとは言えない相手だ。
 そして、キラの一件では呆れるしかない、とも思っている。
 彼の態度一つで、もっと事態は変わっていたはずなのだから……と。
「がんばりなさい、少年達」
 アイシャが口元に柔らかな笑みを刻むと、イザークの肩を軽く叩く。そして、そのまま彼女はキラ達がいる部屋の中へと姿を消した。
「で? あいつと繋がっている端末は?」
 何処だ、とイザークは脇に控えていた兵士に問いかける。
「こちらです」
 彼はこう答えると二人を案内するように歩き始めた。その後を二人は付いていく。
 角を曲がる瞬間、イザークは一瞬だけキラ達がいる部屋のドアを振り向いた。



厄介事の前哨戦……と言うところでしょうか。