『キラ様、お久しぶりですわ』
 モニターの中で、桜色の少女が柔らかな微笑みを浮かべている。
「そうだね」
 そんな彼女の表情に、キラも知らず知らずのうちに微笑みを作っていた。
「元気そうで何よりだ……って、僕が言うセリフじゃないのかな?」
 こういう体勢で……とキラは笑みに少しだけ苦いものを混ぜる。
『あら……そんなことはありませんわ。目の保養です』
 だが、そんなキラに向かって、ラクスはこう言い返してきた。まさかそんな反応をされるとは思わなかったキラは、反射的にイザークを見上げてしまう。
「……さすがはラクス嬢……と言うべきなんだろうな」
 そうすれば、イザークは苦笑を返してくる。そして、その表情のまま慎重にキラの体をモニターの前のいすに座らせた。
「ラクス嬢。先ほどもご説明したとおり、キラの体調はまだ芳しくありませんので……」
『わかっておりますわ。ご無理をさせないようにいたしますわね。私にも、キラ様は大切なお友達ですもの』
 イザークの言葉を遮るようにラクスは言葉を口にし始める。
『それに、キラ様は私の恩人でもあります。必要があれば、どのようなことでも手助けさせて頂きますわ。私だけではなく、父も同じ気持ちです』
 だから安心してくださいませ……と言われて、キラは何か不安を感じてしまう。自分が知らないところで何かが起こり始めている、と気がついたのだ。
 あるいは、今日のフラガの、あの不自然とも言える行動もそれに関係しているのではないだろうか。
 だとすれば、自分はここでのんびりしているわけにはいかない……とも思う。だが、実際に行動を起こそうとしても、さりげない様子で肩に置かれたイザークの手がそれを阻んでいる。
『……もちろん、キラ様のお友達に関しても、便宜を図らせて頂きますわ。だから、何も心配なさらないでくださいませ』
 ね、とラクスはさらに言葉を口にしてきた。それにどう答えるべきなのか。キラにはすぐに判断が出来ない。それでも、彼らが自分たちのために最善の方法を探ってくれているらしいことだけは伝わってきた。
「……ありがとう……」
 だから、とりあえずこう口にする。
『本当にキラ様ったら……可愛らしいですわ』
 そんなキラを独り占めにしてずるい……とラクスの視線はキラの背後にいるイザークに向けられた。
「独り占め、したくても出来ないぞ。こいつには怖い保護者が付いているからな」
 今だって鬼の居ぬ間を盗んで通信を行えるのだ、とイザークはそんな彼女に平然と言い返す。
「それに、あいつもいないしな」
 さらに、微妙に口調を変えてイザークはラクスにこう告げる。
『わかっておりますわ……アスランには今のキラ様の状況を知られないように手を打っておきます。ですが……』
「……何があるかわからないからな……現状では」
 ラクスの言葉に、イザークもため息をつく。
「……アスラン……来るの?」
 二人の言葉から導き出せる結論はこれしかないだろう。だから、確認のためにこう問いかけた。
「否定はしない。だが、ここに配属されるかどうかまではわからないな。バルトフェルド隊長がそれなりに手を打ってくれるとは思うが……」
 キラのための医薬品を回して貰っているうちにばれるかもしれない……とイザークは正直に教えてくれる。その言葉に、キラは唇を咬んでしまう。
『キラ様。唇を咬みきってしまいましてよ。それに、そうさせないために私も動くのですから、ご自分の存在が迷惑だ、なんて考えないでくださいませ』
 いいですわね、とラクスは言葉に力を込める。
『少なくとも、私にとってキラ様は必要な存在ですし……イザーク様達だってそう思っておられるはずですわ。それに……お友達にとってもそうではありませんの?』
 キラがいたからこそ生まれた絆もあるのだ。だから、それを全て否定するようなことをするな……と言う言葉はキラも納得するしかない。
『そう言うわけですので……イザとなりましたら本国に逃げてきてくださいませ。私が守って差し上げます。もちろん、地上ではイザーク様達が守ってくださいますわよ』
 だから、キラは安心してそこにいればいいのだ……とラクスはまた柔らかな表情に戻った。
『そう言うわけで……後でキラ様のサイズを教えてくださいませね。私が服を見繕って差し上げますわ』
 続けられた言葉に、キラは思わず表情を強張らせてしまう。ラクスが選ぶ服……というのがだいたい想像できたのだ。そして、自分にとってそれはまだまだ許容範囲外のものだろう。
「……諦めろ……」
 イザークのこの言葉が、キラを助け船から突き落としたのは事実だった。

 ハッチが開く。
 その瞬間、流れ込んできた空気の香りに、アスランは思わず眉を寄せてしまう。
「……大気が……濃いですね」
 後から降りてきたニコルがこう話しかけてくる。
「そうだな」
 この言葉に、アスランは頷き返す。自分たちのようにコロニーでしか暮らしたことがない者にとっては、この濃い大気と全身を包み込む大気が不快とまでは行かなくても心地よいとは言い切れない。
「……ここに、あいつがいるのか……」
 それとも……と付け加えかけてアスランはやめる。ストライクが――キラが墜とされたと言う情報は彼らの耳に届いていない。いや、その存在に関する情報その物がまったく入ってこなくなった、と言った方が正しいのではないか。
 地球に降りたことは間違いなく確認されている、というのに。
「イザークはともかく、ディアッカは順応していそうですね」
 ニコルにはアスランが口にしたのは彼らのことだと思えたらしい。こんなセリフを返してきた。それはそれでかまわないか、とアスランは心の中で付け加える。今は、まだ、彼でも《キラ》のことを知らせない方がいいだろう。こう判断してのことだ。
「そうだろうな。しかも砂漠だったはずだろう?」
 あの潔癖性がどうしているか……と付け加えれば、ニコルも苦笑を浮かべる。
「まぁ、何とかしているんじゃないですか? でも、あの銀髪がくすんでいるかもしれませんが」
 砂で……とニコルもしっかり口にした。イザークに何か含むものでもあったのか。その笑みには微妙に黒いものが感じられる。
「それなら、ディアッカも似たようなものだと思うが?」
 イザークのそれがくすむのならば、ディアッカの髪の毛もそうなるのではないか……とアスランは笑う。
「そうですね。ディアッカの場合、肌も白くなっているのかもしれませんし」
 それは見物かもしれない……と言うような会話を交わしながら、彼らはゆっくりと宿舎へと向かう。
「ともかく、早くここでのMSの運用になれないといけないでしょうね。宇宙と違って、ここでは自由に動くことは出来ないようですから」
「地上はともかく、空中での行動は注意をしなければならないだろう。そのために開発されたユニットもあるそうだが」
 それでどれだけ動けるのか……とアスランは言葉を返す。
「どちらにしても、ここにいる間にそれに関して確認させて貰わなければならないだろうな。必要であれば、OS等の変更も行わなければならない。
「ゆっくりしているひまはない、と言うことですね」
 ニコルもアスランの言葉に表情を引き締める。それに頷き返しながらも、アスランはすぐにでもキラを探しに行きたい、と思ってしまう。そして、今度こそ自分の手の中に取り戻そうとも。
 そのためには、しなければないことが多いこともまた事実。
「だな」
 アスランはニコルに笑みを返しながら、脳裏にこれから行うべきことを書きだしていった。



ラクス登場。彼女は間違いなくキラ達の味方でしょう。そして、とうとうアスランが地球に降りてきてしまいました……直接対決はいつか、と考えるとちょっと怖いかも(^_^;