「さて……あの少年はどう出てくるかな」 ラゴゥの前で周囲を確認しながらバルトフェルドがこう口にする。 「そんなに気に入ったのなら、帰さなければよかったのに」 艶やかな髪をまとめ上げながら、アイシャが声をかけてきた。 「貴方にはそれができるだけの《力》があったでしょう?」 そして、あの子をとどめておくだけの理由も……と。 「確かにできただろうね……だが、あの子の場合、無理強いをするとあの輝きが消えてしまいそうでね……自分から納得してきてくれるのを待とうかと思ったんだが……」 その時間があるか、とバルトフェルドは口にする。 「あのバカ共が余計な茶々を入れてくれたし……困ったオコサマ達が来てしまったからね」 前者だけなら誤魔化しようがあったが、後者はそう言うわけにもいかない……とわざとらしいため息をついて見せた。 「でも、これからだって機会がないわけではないでしょう?」 ようは、相手のMSをパイロットを殺さないように破壊してしまえばいいのだから……とアイシャは笑う。 「あの子供にできたことが貴方にできないなんて言わないわよね?」 もちろん、と笑うアイシャにバルトフェルドは苦笑を返した。 「あれをできるものはそうそういないと思うよ」 だからこそ、その力を持っていることがあの子供にとっては不幸だったのだろう。今この地にいるクルーゼ隊の子供達――イザークとディアッカのように『コーディネイターのために』と全てを割り切れればよかったのだろうが、あの少年は《ナチュラル》すら大切だという態度を隠さなかったのだ。 戦後のことを考えれば、そのように感じられる人間は必要だろう。 だが、それはあくまでも彼の――キラの身柄がザフト側にあれば、の、ことだ。 「だから、手に入れればいいじゃない。そうできれば、後はいくらでも言い逃れはできるでしょう?」 いざとなったら、地球軍の非道を訴えればいいのではないか。それが事実であろうとなかろうとかまわない。アイシャの表情からそんな考えが読みとれた。 「確かにな。手に入れてしまえば、後は何とでも出来るか」 あれさえ手に入れてしまえば、足つきもあっさりと討ち取れるだろう。もっとも、そのためには自分たちがストライクと戦わなければならないだろうが。 しかし、それもバルトフェルドにとっては厭わしい事実ではない。むしろ愉しいと言えるだろう。 それは《強い相手》と戦うときに感じる高揚感。 理屈ではない。 まさしく《本能》としか言いようがないこの感情。 それは、相手が誰でも等しく感じるものだ――過去、今は自分の一番近い場所にいてくれる女性に感じたように―― 「まずは、あの少年の鼻っ柱をたたきつぶそうかね」 ついでに、あのオコサマ達の……といいながらバルトフェルドはラゴゥのコクピットへと乗り込んでいく。その後を、当然のようにアイシャが追いかけた。 だが、現実はバルトフェルドが予想もしていなかった方向へと転がっていた。 『貴方は……一体僕に何を飲ませたんですか!』 ビームライフルの銃口をラゴゥにロックしながら、キラがこう叫んでくる。その声がバルトフェルド達の耳に届いているのは公衆回線を使っているからだ。 「何のことかね?」 戦闘中に何をしているんだと言われそうだが、バルトフェルドは気にしない。むしろ、それを楽しんでいるという雰囲気すら漂わせていた。 『何のこと、じゃありません!』 白々しい、とキラはさらに怒鳴り返してくる。だけならましも、的確なねらいでビームライフルの光が空を切った。もっとも、あまりにねらいが正確であったためにバルトフェルドは難なく避けることができる。 『どうして、貴方のところでコーヒーをごちそうになった次の日、朝起きたら《女》になってなきゃならないんですか!』 さらに続けられたキラの言葉に、アークエンジェル、ザフト、そしてレジスタンスの別なくその場にいた全ての者たちが凍り付いた。もっとも、その理由はそれぞれ違っていたが。 「……少年――と言っていいのかどうかはわからないが――どうして、それが僕のせいなのかな」 それはバルトフェルドも例外ではない。 この場に部下がいなくてよかった……とアイシャが思うような表情を浮かべて、彼はキラに問いかける。 『あの日、僕が口にした物の中で、他の人と違っていたのは、貴方に勧められたコーヒーだけです!』 だから、それ以外に原因は考えられないのだ、とキラは主張をする。でなければ、他の者たちだって、何か不調を訴えるはずだとも。 しかし、この怒りようにはそれ以外の理由があるのではないか。 そもそも、自分のコーヒーを飲んでそんなことが……とバルトフェルドは本気で悩み出す。 「ちょっと確認していいかしら?」 その隣で何かの可能性に気がついたらしいアイシャが問いかけの言葉を口にした。 『なんですか!』 ジャミング装置のせいかどうかはっきりとはわからないが、確かに以前直接会ったときよりも、微妙に声のトーンが高いような気がする。と言うことは、本当に性転換をしているのかもしれない、とバルトフェルドは思う。同時に、そうであるのであれば、きちんと確認をしなければならないだろうとも。 「ひょっとして、貴方、第一世代?」 その年代であれば可能性が低いかもしれないが……とアイシャが言外に付け加えながら問いかけた。 『そうですよ! いけませんか!』 その瞬間、キラの怒りがさらに膨れあがったようだ。 「……その件で、誰かに何かを言われたのか……」 あるいはそれが彼――と言っていいものかどうか――を地球軍へと走らせたのだろうか。だとしたら、その原因を作った者――例えそれが同胞であろうと――を恨みたい気持ちになってしまう、とバルトフェルドは思う。 だが、今はそれを確認できないだろう。 「……と言うことは、やっぱり原因は、貴方のコーヒーって事かしら」 アイシャがため息と共にこう告げてきたのだ。 「……アイシャ?」 それは一体どういう事だ……とバルトフェルドは思わず彼女へと視線を向ける。 「詳しいことは後で説明してあげる。あぁ、クルーゼ隊の坊や達。心配しなくてもいいわよ。アンディのコーヒーが悪さをするのは、第一世代に限定されいるから」 気の毒そうな口調と共にアイシャは周囲に説明の言葉を口にする。 「と言うことで、貴方はあの子に責任を取らないとね」 違う? と言う言葉と共にアイシャがバルトフェルドへ微笑みを向けてきた。だが、その瞳は全く笑っていない。それは、出逢ったときの彼女の瞳によく似ていた。 「もちろんだとも」 こう言わなければ、間違いなく、自分はただではすまないだろう。歴戦の勇者と言っていいバルトフェルドですらそう思ってしまうほどの迫力が彼女にはある。 「と言うことだ。足つきの指揮官! 彼の身体の確認と原因究明を行う間、停戦を結びたいのだが……かまわないかな?」 背筋に冷たいものが流れ落ちていく感覚を味わいながら、バルトフェルドはこう呼びかけた。それで相手がどう出るか、それであちらの指揮官の度量も図れるだろう。 そう思っている彼の耳に、即座に了承の言葉が返された。 と言うことで、キラはこういう事に……似たような話をオフラインでも書いていますが、こちらはカップリングが違うので(^_^; |