「……キラ、いやなら断ってもいいんだぞ?」
 アスランの控え室へと足を運びながら、イザークがこう告げる。
「でも……アスランにもお祝いを言いたいですし……」
 いくらアスランでもこの状況で変な行動を取るなんて考えていないだろう。イザークの同行を認めてくれたのがその証拠ではないか、とキラは付け加える。
「まぁ……お前にとってあいつは大切な親友、だと言うのはわかっている」
 複雑な表情でイザークが声をかけてきた。
「例え、どんなバカな行動を取っていたとしても、な。そういえる人間は多くないはずだし……」
 さらに付け加えられた言葉には、苦々しい思いをキラですらしっかりと感じてしまう。
「すみません……付き合わせてしまって……」
 そう言えば、二人はあまり仲が良くなかったらしい。だから、実は迷惑だったのではないかとようやく思い当たったのだ。
「お前を一人で行かせるくらいなら、一緒に行った方が安心できるし……さすがに、今日はあいつには何もしないさ」
 本人がどう思っているかはわからないが、それでも一応晴れの日だからな……と付け加える彼に、キラは眉を寄せる。そうでなければ、状況次第では手を出していたかもしれないらしい。
「……イザークさん」
 本当に迷惑だったのではないか、とキラは改めて認識をした。
「気にするな、と言っているだろう? 第一、お前を一人で行かせれば、式の前に俺が入院するはめになる」
 母上達の手でな、とイザークは笑いながら囁いてくる。だから、キラが気にすることはないのだ、とも彼は付け加えた。
「それに……あいつは、一応同僚だしな」
 そういう相手に挨拶をしないような、無礼者ではないつもりだ……とイザークは優しくキラの髪に指を絡めてくる。そのままさらさらと滑り落ちていく髪の感触を彼は楽しんでいるようだ。
「なら、いいのですが……」
 その指のぬくもりが、キラの心もなだめてくれた。
 うっすらと微笑みながら、キラはアスランの控え室の前に立つ。しかし、そこはラクスの控え室とは違ってひっそりとしていた。まるで、誰もいないかのようだ。
「アスラン?」
 それでも、彼がこの時間にここに来るようにと伝言を寄越したのだから、きっといるのだろう。
 そう思って、キラはドアをノックしながら、中に呼びかける。
「開いているよ、キラ」
 そうすれば、即座に言葉が返ってきた。その声は、キラの記憶の中にある彼のもののように思える。
 本当に、アスランは元の彼に戻ってくれたのだろうか。
 こんな事を考えながらキラは何処かおそるおそると言った態度でドアを開ける。そして、ドアの隙間から室内を覗き込んだ。
「一人、なの?」
 パトリックも一緒にいるのではないか、と思っていたのだが、室内にいたのはアスランだけだった。その事実にキラは小首をかしげる。
「キラと……イザークにだけ話したいことがあったからね」
 だから、他の人間には遠慮して貰ったのだ、とアスランはにこやかに付け加えた。
「……アスラン……」
 だが、その言葉にキラ何か普通じゃないものを感じてしまう。
 しかし、アスランはそんなキラの態度を気にするつもりはないようだ。
「キラがそいつと結婚したいって言うから仕方がないけど……俺は諦めてないからね」
 そして、きっぱりとこう言い切った。
「アスラン!」
 さすがに、これはキラも黙っていられないのだろう。非難するように彼の名を口にした。今からラクスと結婚式を挙げようと言う……という人間が言うべきセリフではない、と思ったのだ。
 しかし、アスランはさらに言葉を続けていく。
「不倫だろうとなんだろうと、俺はかまわないよ。キラさえ手に入るのならね」
 それができるのであれば、モラルなんて捨ててやる、とアスランは笑う。その笑みが、彼が本気であるとキラに伝えてきた。
「キラがラクスに気兼ねをしているのは知っているし、イザークを好きだという気持ちも認めてあげる。それでも、俺はキラが必要だし、欲しいんだよ?」
 だからね、と微笑む彼に何と言葉を返せばいいのだろうか。
「そんなこと、俺が認めると思うか?」
 ただ立ちつくすしかないキラの体をそうっと抱き寄せると、イザークが口を開く。
「お前が認める、認めないは関係ないな。キラさえ俺の気持ちを認めてくれれば……それだけでいいさ」
 キラだけが自分の気持ちを理解してくれればそれでいいのだ、とアスランは婉然と笑う。
 他の全てを切り捨ててもかまわない。必要なのはあくまでもキラだけだ。そう言いきれる彼の強さを凄いと言うべきなのだろうか。それとも、狂気の沙汰だ、と言い返すべきなのか。キラにはわからない。
「ラクスが……悲しむよ?」
 ただ、こう言い返すのが精一杯だ。
「……やっぱり、キラは自分の気持ちより周囲のことを優先しちゃうんだね……そう言うところも、可愛いけど」
 でも、もう少しわがままを言っても良いんだよ? とアスランは笑みを深める。そして、ゆっくりと立ち上がった。そうすれば、きらびやかな礼服が彼をさらに大人びさせていることがわかる。
「貴様が心配する事じゃないだろう」
 二人に向かって歩み寄ってきたアスランから、キラを守ろうとするかのようにイザークはさらに彼女の体を抱き寄せた。
「セリフには同意するが……貴様がこれから優先すべきなのはラクス嬢のことだ」
 キラのことではない、とイザークはアスランを睨み付ける。
「それこそ、俺の勝手だろうが」
 望んで結婚するわけではない。あくまでも義務なのだから……とアスランは言い切った。
「そんな……」
 それではラクスが可哀相だ、とキラは思う。しかし、アスランはまったく気にする様子がない。
「……ラクスだって、気にしないさ」
 だから、キラは何も心配することはない、と言われても、キラだって困る。
「僕は、おめでとうを言いたかっただけなのに……」
 どうしてアスランはこんな事を言うのだろうか。
 キラは思わず涙ぐみそうになってしまった。
「キラ……泣くと、お化粧が崩れるよ? せっかく、美人にして貰ったんだから……ね?」
 そんなキラを、アスランが優しく慰める。その声は、幼い頃から一緒にいた相手を心配するものだ、と言われれば信じない者はいないだろう。もっとも、その前の会話を耳にしていなければ、の話ではあるが。
「今すぐに、って言うのが無理なのはわかっているし……さすがに、俺だって、自分が果たさなければならない義務はわかっている。だから、キラがその気になってくれるまで、待つよ」
 この言葉によく似たセリフをイザークが口にしてくれた。しかし、どうしてこんなに違うように聞こえるのだろうか。
 それすらも、今のキラにはわからない。
「愛しているからね、キラ」
 自分の思いの中だけで世界を見ているアスランなのに、それでも嫌いになれないのだ。しかし、それは彼にとって良いことなのかどうかわからない。
「……大切な親友だよ、アスランは……」
 だから、とキラは必死に言葉をつづる。
「ラクスと幸せになって欲しいんだ、僕は……」
 それを周囲の人々も望んでいるはずなのに、とキラは思う。
「俺の幸せは、キラにあるんだけどね」
 そんなキラに、アスランは最高の微笑みを向けてくれた。
 その笑みすら悲しい。
 キラのこの気持ちを、アスランは最後まで理解してくれそうになかったが。


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本当に、アスランは……としか言いようがありませんが、これもまたアスランですから。
そして、さりげなくキラを守っているイザークとの対比、ですね。このシーンを書ければ、もう後はキラのイザークへの返答だけです。
と言うわけで、次回で終わりです〜〜
長かった(^_^;