目の前で、二人の式は粛々と進んでいく。 それは、本当に似合いの一対だといえるだろう。 だが、二人の間には愛情はないらしい。 彼らの本心を知っているキラには、何処か辛い光景に思える。 何も知らない者たちは、そんな二人に向かって惜しみない祝福の声をかけていた。 そんな人々の喜びに水を差してはいけない。そう判断をして、キラも何とか口元に笑みを貼り付けている。それは、何処か強張ったものだった。 本来であれば、それは周囲から不信のまなざしで見られるものかもしれない。 だが、キラとイザークの周囲にいるのは、最高評議会に関わる者たちがほとんどだった。 彼らには、キラとアスランが親友だったことは、知れ渡っているのだ。そして、キラがかつて《男》だったことも。だからだろう。周囲の人々は、それを別の意味に取ってくれたらしい。 その事実を、キラはありがたいとも思ってしまう。 「気にするな……あいつの、最後の悪あがきだ。先ほどのセリフは」 そして、キラの気持ちを少しでも和らげようとするかのように、イザークがこう囁いてくれる。 「それとも、俺に対する嫌がらせかもしれんな」 こうして、当然のようにキラの側にいる自分に対する、と彼は付け加えた。 「……でも、こんな時に……」 「こんな時だから、だろう」 キラの言葉に、イザークが即座に言葉を返してくる。 「どうやら、次は俺とお前だ……と見られているみたいだしな」 小さな笑いと共に告げられた言葉に、キラは目を見開いてしまった。まさか、自分が彼を頼ることでそう見られている、とは思わなかったのだ。 「気にするな。わかっている連中はわかってくれているはずだからな」 それに、と彼はさらに言葉を重ねてくる。 「お前の気持ちが定まるまで、待つ……と言った言葉を、俺は忘れていない」 この言葉に、キラは小さく頷き返した。 同時に、彼女は早々に自分の気持ちを決めなければいけない、と思う。そうすれば、アスランだってバカなことを言わなくなるだろう、と判断したのだ。 それでも、本気でなければイザークに失礼だろうとは思う。同時に、イザーク以外の相手と結婚すると言うことを、今は考えられないと言う自分にもキラは気づいていた。 つまり、それが答えなのだろうか。 だが、それを伝えていいものか、キラにはまだわからないのだ。 ひょっとしたら、自分よりももっと彼にふさわしい人間が現れるかもしれない。その時、イザークが後悔をするかもしれないだろう、と。そう考えてしまえば、自分の脇に彼を縛り付けてはいけない、とも思える。 しかし……とキラはさらに自分の考えの中に沈み込もうとしたときだ。 「キラ。ラクス嬢だぞ」 イザークがこう声をかけてくる。 慌てて顔を上げれば、無表情なアスランの脇で満面の笑みを浮かべたラクスの姿が目に飛び込んできた。 「ラクス……」 おめでとう……と言いかけて、キラは言葉を飲み込む。彼女に向かってそう声をかけてもいいのだろうか、と悩んでしまったのだ。その理由は、彼女の隣にいる相手にある。 「キラ、どうかなさいまして?」 しかし、ラクスは言外にキラに向かってその言葉を要求してきた。 「ゴメン。式の前に会えなかったから……そんなに綺麗な姿だとは思わなかったんだ」 慌ててキラはこう告げる。彼女に見とれていた、と言えば角が立たないと思ったのだ。 「誉めて頂いて嬉しいですわ。でも、キラも同じようなドレスを着られましてよ?」 結婚式の時には……とラクスが笑顔で口にしたときだ。アスランの表情が微妙に強張る。しかし、キラはそれを見なかったことにした。 「おめでとう、アスランにラクス。幸せになってね」 そして、ラクスの望み通りの言葉を口にする。 「もちろんですわ」 さらに笑みを深めると、ラクスは力一杯こう口にした。 「ですから、キラも幸せになってくれなければ、いけませんわよ?」 他の誰に気兼ねをする必要はないのだ、とラクスはさらに付け加える。 「うん。ありがとう」 もちろんだよ、とキラは微笑み返す。 「では、私のブーケはキラに差し上げますわね」 そうすれば、次はキラの番になりますから……ラクスはこう告げると、視線をイザークに移した。 「もちろん、そうしてくださいますわよね、イザーク様?」 真っ直ぐに彼の瞳を見つめながら、ラクスはこう問いかける。 「当たり前です。キラが……例え俺以外の誰かを選んだとしても、俺はずっとキラを守っていくつもりですから」 イザークも彼女から視線をそらすことなくこう言い返した。 「それを確認できて安心致しましたわ」 次の瞬間、ラクスは表情を和らげる。 「しばらく、私たちは忙しくてキラの顔を見に行けませんが、その間もよろしくお願い致しますわね。私にとって、キラは妹のような存在ですもの」 不幸にしたら、本気で怒りますわよ……と付け加える彼女に、イザークは困ったような微笑みを浮かべた。 「ラクス、それは……」 「本当のことですわよ。もっとお話をしたいのですけど、今は無理ですわね」 あちらにもあいさつに行かなければならないから、とラクスは告げると小さく頭を下げる。そして、そのまま二人から離れていく。 「本当に……」 ラクスは、とキラは苦笑を浮かべた。 彼女の今の言動で、完全にキラの中の悩みは脇に追いやられていた。と言うことは、そうしてもかまわないくらい、小さなものだったのかもしれない、とキラは思う。 「ラクスには……幸せになって欲しいな」 そんな想いを全て込めて、こう呟く。 「大丈夫だろう。あれだけ意志が強いのだ。意地でも幸せを引き寄せるに決まっている」 だから心配はいらない、とイザークはキラが欲しいと思っている言葉を返してくれる。 「そう、ですよね」 そんな彼に向けて、キラはようやく満面の笑みを浮かべて見せた。 ジュール邸に戻ったキラは、ラクスから渡されたブーケを何時までも見つめていた。 それは、彼女の魅力を最大限引き出すように計算されて作られたものだった。もっとも、それは当然かもしれない。今日の主役は彼女だったのだから。 「お前には……少し華やかかもしれないな……」 いつの間にここに来たのだろうか。イザークの優しい声がキラの耳に届く。視線を向ければ、キラのためらしいショールを手にした彼の姿が確認できた。 「イザークさん」 微笑みかければ、彼もまた口元に小さな笑みを浮かべる。そして、そのままキラに歩み寄ってきた。 「風邪をひくぞ」 優しくキラの肩にそうっとショールを掛けてくれる。 「これは、やはり僕には似合いませんか?」 そんな彼に向かって、キラはこう問いかけた。 「お前なら、もう少し可憐な花の方が似合うだろう。薔薇にしても、そんな大輪のものではなく、房咲きのものが良さそうだしな」 イザークのこの言葉に、キラは小さく小首をかしげてみせる。 今なら、大丈夫だろうか、とキラは心の中で呟く。 「僕の体が……誰にも迷惑をかけないようになったら……イザークさんが選んだブーケを、僕にくれますか?」 そして、ブーケを見つめながら考えていた言葉を口にした。 「……キラ、それは……」 彼女が伝えたい意味がしっかりと伝わったのだろう。イザークは一瞬、驚いたような表情を作る。だが、それは直ぐに優しい笑みを浮かべた。 「お前に似合うドレスと一緒に、送らせて貰うよ」 囁きと共にゆっくりと顔を寄せてくる。静かに瞳を閉じながらキラは彼のぬくもりを受け止めた。 終 終わりました。 この話は、とりあえずここで終わりです(^_^; 長々とおつき合いくださり、本当にありがとうございました。 |