結論が出せないまま、時間だけが過ぎていく。
 その時間が、キラには辛かった。それは、イザークとの関係を中途半端に放り出している、という証拠だろう。しかし、どうしても結論を出せないのだ。
「……考え方を、変えたらいいかもしれませんよ」
 そんなキラを不憫に思ったのだろうか。シホがこう声をかけてきた。
「考え方、ですか?」
 いったいどういう意味だろうか、と、キラは聞き返す。
「そうです。まずは、キラさんはイザークさんがお好きですよね?」
 何故、彼女はこんな事を問いかけてくるのだろうか。そう思いながらも、キラは素直に首を縦に振る。
「では、イザークさんと離れたいですか?」
 さらに重ねられた言葉に、キラは小首をかしげた。そう言われてみれば、離れたくはない、というのが本心だ。しかし、とも思う。
「僕なんかが側にいて、いいんでしょうか……」
「ですから……そうではなくて、キラさん本人はどう思っていらっしゃるか、を、今、お聞きしているのですけど」
 イザークにとって迷惑かどうかは考えなくていい。シホがこう言い切る。
「……側に、いたいとは思う……」
 本当にいいのだろうか。そう思いながら、キラは蚊が鳴くような声でこう言った。
「なら、それを素直に表現されれば良いだけですよ。結婚する、と言うことはずっとそばにいるという約束でしょう?」
 イザークがそうして欲しいと言い、キラが望むのであればそれを押し進めてもかまわないだろう、とシホは笑う。
「私も、お二人が結ばれるのは嬉しいですし」
 さらに付け加えられた言葉に、キラは思わず彼女の顔を見つめてしまった。
「みんな、そう思っておりますよ」
 だが、シホはそんなキラに向かって微笑みを浮かべるだけだ。
「ただ……エザリア様はさらに暴走されそうですけどね」
 そう言えば、と彼女はシホは呟く。
「シホさん!」
 それは勘弁して欲しい、とキラは思う。今ですら、この部屋の中に収まりきらないくらい、彼女はキラのために買い物をしてくるのだ。しかも、それはシホにまで及んでいる。どうやら、最近は二人セットでコーディネイトすることにこっているらしいのだ、彼女は。
「……まぁ、それに関してはイザークさんがフォローをしてくださいますよ」
 もっとも、キラとイザークが結婚をすれば、セットと考えられるのは彼なのだから、とシホは囁く。
 キラ達であれば遠慮してしまうようなことでも、彼なら平気で口に出せるだろう、と付け加える。
「だと、嬉しいんですけど……」
 キラは切実にそれを願ってしまった。
「大丈夫ですよ。イザークさんがご一緒ですから」
 だから、とシホはキラの肩に手を置く。
「もっともっと、ワガママを口にしてくださいね」
 みんなが手を差し伸べたくてうずうずしているのだから、と言う言葉に、キラは小さく頷いて見せた。

「ご心配なく。義務だけは果たしますよ」
 パトリックに向かって、アスランは吐き出すようにこう口にした。
「ですが、俺の心までは父上でも自由に出来る、と思わないでください」
 言外に、キラを諦める気はないのだ、とアスランは告げる。
「それと同じように……彼女の気持ちも好きには出来ないのだぞ、アスラン」
 パトリックもまた、こう言い返してきた。
 二人の間に、重苦しい空気が満ち始める。
 これもまた、最近は毎日のように繰り返されている光景だ。
「わかっていますよ!」
 だが、とも思うのだ。キラの性格を考えれば、いずれ自分の気持ちを受け入れてくれたはずだったのに、と。何だかんだと言っても、キラは昔から自分の言葉を最終的には受け入れてくれたのだ。例え、どれだけ頑固な態度を取っていても、その裏では手を差し伸べてもらえることを望んでいたのだ、キラは。
 そして、そんなキラを理解できるのは自分だけだ、という自負もアスランにはある。
 だから、今は他の誰かに目を向けていても、最終的には自分の側に戻ってきてくれるはずだ、と信じていた。
「それでも……思い続けるのだけは、自由なはずです」
 その第一段階として、この気持ちまでは捨てる気がないのだ、とアスランは心の中で呟く。
「……本当にお前は……」
 そんなアスランの態度から何を感じ取ったのか。パトリックは小さくため息をついた。
「それが、キラ君を追いつめなければいいがな」
 そのまま、こんなセリフを口にする。
 彼の声には、何処かキラに対する親愛と同情が感じられた。と言うことは、クルーゼの言葉通り、父はあの事実を知らないのだ、とアスランは判断をする。同時に、それを悟られないよう、さらに気を付けなければ……と気をひき締め直した。だからこそ、ラクスとの《結婚》という事実だけは受け入れたのだ。それなのに、パトリックはそれ以上のことを要求してくる。それが無理だ、と知っているはずなのにだ。
「俺が何をしても、キラは許してくれますけどね。俺がそうであるように、ね」
 これ以上、会話を交わしても意味がない、とばかりにこう言い切る。
「アスラン!」
 パトリックが、とうとう耐えきれないと言うように爆発をした。
「ラクスとの結婚を了承した俺に、これ以上、何を望まれるのですか!」
 キラと結婚するという、唯一にして最大の望みは諦めたのに、とアスランは言い返す。それ以上言う、自分に何を望むのか、と。
「……アスラン、その気持ちがキラ君の負担になるとは思わないのか?」
 パトリックはなおもこう言ってくる。
「失礼をします」
 だが、アスランにはこれ以上、彼の話に耳を貸すつもりはなかった。こう言い残すと、彼はきびすを返す。
「アスラン!」
 そんな彼の背中をパトリックの怒声が追いかけてきた。
 しかし、アスランは振り向くどころか、足を止めることすらしない。
 そのまま、さっさと廊下へと出てしまった。そして、乱暴な仕草でドアを閉める。
「……どうして、誰も彼も、俺からキラを取り上げようとするんだ!」
 こうして思うことすら許されないのか、と彼は吐き出す。
 もっとも、それを耳にする者は誰もいない。
 アスラン自身、人に聞かせるつもりはなかった。下手に聞かれ誤解されたら、その結果、キラが辛い思いをするだろうと判断したのだ。
 それよりも、自分だけの中にこの感情を収めておきたい、と思う気持ちが強かったのかもしれない。
「……キラ……」
 この名前を口に出すだけでも、アスランは甘く感じられる。
「何時まででも、待つさ、俺は」
 お前が頑固なのは、よく知っているから……とアスランは付け加えた。
「結婚という形で俺の側に縛り付けられなくても、いくらでも手段があるからな」
 諦めきれない以上、努力するしかない、とアスランは笑う。それが、周囲に間違っていると言われてもかまわない、とすら考えていた。
 大切なのは、自分の心だ、とアスランは信じている。
 だが、それを貫き通すには周囲に対する義務を果たさなければいけないだろう。そのことも理解できていた。
 その良い例が、今回の結婚だ。もっとも、と心の中で吐き出す。
「この程度で、俺を縛り付けられると思わないでくださいね、ラクス」
 吐き捨てるように、アスランは言葉を口にする。
 その時だ。
 室内から荒々しい足音が響いてきた。それは、我に返ったパトリックが追いかけてきたのだろう。
 彼に掴まれば、また面倒なことになる。
 そう判断をして、アスランは足早にその場を後にした。


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アスランはやっぱりアスランでした。
と言うわけで、次回はあのセリフかなぁ……ともかく、あと2、3回で終わってくれるはずです。ここまで来れば、もう後は……だけですからね(^_^; 長かった。