本国に戻ったキラは、以前のようにクライン邸ではなくジュール邸へと身を寄せていた。
 それは、ラクスの結婚の準備のためだ、と言うことはわかっている。しかし、とキラは小さくため息をついた。
「ラクスと、話、したいんだけどな」
 結婚のお祝いを言いたい……と考えていることもまた事実だ。だが、それ以上に気になることがある。
「……あの噂が本当かどうか……確認しないと……僕のせいで……」
 ラクスが、望まない結婚を選択したのではないか。だとしたら、自分はどうすればいいのかわからない。キラは本気でそう思う。
「でも、忙しいって聞いたし……どう、しよう……」
 そうでなかった場合、邪魔をしてしまうのは問題なのではないか。それよりも、結婚の喜びに水を差してしまいかねない。そう考えれば、ためらわれてしまう。
 しかし……と言うところで、キラの思考は止まってしまうのだ。
「……メールなら、かまわないかな……」
 あれなら、いつでも確認できるし。キラはこう考えた。
 だが、直ぐにその考えを捨てる。
 彼女の立場であれば、お祝いの言葉を書きつづったメールがたくさん届いているに決まっているのだ。それを読むだけでも大変なことは簡単に想像が付く。だから……と考えれば、やめた方が無難だ、というのことも簡単にわかる。
「どうしよう……」
 キラは小さくため息を吐き出す。その時だ。
「何が、どうなさいましたの?」
 この言葉に、キラは慌てて視線を向ける。そうすれば、予想通りの相手が微笑んでいるのが見えた。
「ラクス!」
 どうして彼女がここにいるのだろう。キラは自分の目が信じられなかった。
「この騒ぎに、少々あきましたの。ですから、キラの顔を見にまいりましたわ」
 久々に、と付け加えながら、彼女は優雅な足取りでキラの側へと歩み寄ってくる。
「キラとお話しすることは、一番の息抜きですもの」
 さらに、こう付け加えられてはどうすれないいのかキラにはわからない。
 しかし、ラクスがそう思ってくれるのであればキラにはいやだと思えるわけがないのだ。むしろ、嬉しいと言っていいかもしれない。
 ともかく、彼女をこのまま立たせて置くわけにはいかないだろう。そう思って周囲に視線をながす。
「……あっ……いす……」
 ここから見る庭が一番綺麗だから、とエザリアがキラのために用意してくれた場所だが、キラしか使わないせいでいすが一つしかない。どうしようと思えば、すかさずメイドがラクスの分のいすを持ってきた。
「お飲物はどうなさいますか?」
 そして、彼女はこう問いかけてくる。
「……僕は……」
「二人とも紅茶でかまいませんわよね? そうですわね。キラにはミルクティーの方が良さそうですわ。私は、あればダージリンを」
 自分の分はいらない、と言おうと思ったキラだが、それよりも早くラクスがこう指示を出す。ここ数日でキラの性格を飲み込んだらしいメイドは小さく頷くとその場を離れていった。
「本当に、久しぶりですわ。お顔の色も、かなり良くなりまして?」
 それを見送っているキラに、ラクスの声が届く。
「そう……かな? よく、わからないや」
 ここでは本当に何もさせてもらえないのだ、とキラは苦笑を浮かべる。それだけ、エザリアがキラを大切に思っている証拠なのだろう、と言うことはわかる。だが、何もしない、というのは意外と苦痛なのだ、とキラは思う。
「シホさんがいてくれれば、僕の代わりに答えてくれるんだろうけど……」
 彼女は今、イザークと共にザフト本部へと行っている。ついでに、バルトフェルドに連絡を入れてくると行っていたから、帰ってくるのは早くて夕方だろう。それよりも、エザリアの方が先に戻ってくるかもしれない……とキラは思う。
「そう言うところも相変わらずですわね」
 キラの態度に、ラクスはさらに笑みを深めた。
「ところで、最初の話に戻りますけど、どうかなさいましたの? 私では、力になれないことですか?」
 穏やかな笑みとともに、彼女はこう問いかけてくる。それに、キラはどうしようかとしばらく悩んだ。あれだけ聞きたいと思っていたのだが、実際に彼女が目の前にいれば上手く言葉に出来ないのだ。
 しかし、黙っているわけにもいかないだろう。
「……というか……ラクスに、連絡を取るのにどうしたらいいのかなって思っただけで……忙しいようだったから」
 キラは呟くようにこう口にした。
「あら。キラからの連絡でしたら、どんなに忙しくても優先しますわよ」
 そんなワガママ、滅多にしてくださいませんもの……とラクスは付け加える。
「それで、どんなお話ですの?」
 さらに笑みを深めながらラクスは問いかけてきた。その笑みの裏に『誤魔化さないで欲しい』という感情が見え隠れしている。
「……噂、を聞いたんだ……」
 仕方がない、と言うようにキラは口を開く。だが、その後をどう続けようかとキラは悩む。
「噂、ですか?」
 どのような、とラクスはキラに次の言葉を促す。
「ラクスが……僕のせいで、アスランとの結婚を決めたって……」
 誤魔化そうとしても無駄だ、と言うことはキラも知っている。というよりも、気がつけば白状させられてしまうのだ。なら、さっさと口を開いた方が良いかもしれない。そう判断をして、キラはこう告げる。
「何処のどなたですの? そのようなことを、キラに吹き込んだのは」
 ラクスの口調が豹変した。
 それはあの穏やかな笑みを浮かべている人物と目の前の相手が同一人物だ、と思えないほどの変わりぶりだった。
「ラクス……」
 それが信じられなくて、キラは思わず彼女の名を口にしてしまう。
「私の結婚は、私の意思ですわ。それなのに、そのようなことをキラに吹き込むなんて……」
 許せるはずがありませんでしょう? とラクスは口にする。その表情は先ほどよりも穏やかになったとは言え、まだ怒りを隠せない様子だ。
「確かに……私もアスランとの結婚はもう少し先だ、と思っておりました。でも、今、この時だからこそ、意義があるものですわ」
 そう判断したのだ、とラクスは言い切る。
「ラクスは……アスランが嫌いなの?」
 義務を果たすだけだ、と言うような口調で告げられた内容に、キラは驚きを隠せない。
「好きですわ。ただ、前にももうしましたでしょう? 私たちの結婚は本人達の意思以上に、政治的なものだと。ならば、それを最大限に利用するのも人々のためですわ。それが不幸だとは思っておりませんし」
 本当に嫌いであれば、そもそも婚約をしない、とラクスは微笑む。
「そうですわね。キラが戦ってきた理由と同じだ、と考えてくださればいいかもしれませんわね」
 自分のためではなく、他の人々のことを第一に考えただけ、とラクスは付け加える。その中で幸せを探すことにしたのだと。
「だから、キラは何も気にする必要はありませんの」
 この言葉を何処まで信じていいのだろうか。
「ラクスは……それで、本当にいいの?」
 だから、もう一度こう問いかける。
「もちろんですわ。ですから……キラもご自分のための幸せを見つけてくださいね。そのためのお手伝いを、無条件でさせて頂きますわ」
 いや、いやだ、と言われてもさせて貰う。ラクスはこう言い切る。
「……ラクス……」
「あぁ、お茶が来たようですわ。つまらないお話はこれまでにいたしましょう」
 新しい曲を出しますの……とラクスは話題を変えた。それは、キラにとっても興味があるものだと言っていい。しかし、心の中で、何かが引っかかっているような気がしてならなかった。



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入れる予定がなかったシーンですが……ついつい書いてしまいました。ラクスが書きたかったんですよ。
ここと対になるアスランのシーンも書きます、たぶん。