イザークとディアッカが席を外している以上、キラの身を守るのが自分の役目だ……とニコルは考えていた。もちろん、それはシホも同じ考えだ、と言うことはわかっている。だが、この基地内でそれなりの立場として認識されているのは、自分の方だし、と。
 もっとも、それはいいわけかもしれない。
 キラと会話を交わす、という事はニコルにとっても楽しいひとときである。そして、そんな立場――妥協しなければならない相手はいるが――を誰にも譲りたくはない、と考えていた。
 その時だ。
「……ニコルさんは……ピアノを弾かれるんですよね?」
 ふっと思い出したように、キラがこう問いかけてくる。
「趣味の範囲内ですが……」
 以前、何気なく口にしたことをキラは覚えていてくれたのか。そう思えば、ニコルの口元に自然と微笑みが浮かぶ。
「最近は練習をしていないので……さらに下手になっているはずですし」
 指が動かなくなっているかもしれない。だが、これからはもっと自由に触れられる時間が増えるだろう、とニコルは思う。
「でも、楽器が出来るだけで凄いです。僕は……あまり好きじゃなかったし……アスランは……芸術関係が壊滅的だったから」
 身近でそんなことが出来る人はいなかった、とキラは付け加える。
 今のアスランはともかく、彼女の中で彼はどうしても切るに切れない存在らしい。そう考えれば、彼の行動を恨めしく思えてならなかった。今でも、キラは何処か懐かしさを含んだまなざしで空を見上げているのだ。
 しかし、それ以上にキラの言葉にニコルは納得してしまう。
「わかります。リサイタルなんかに誘うと、五分で居眠りをし始めてくれましたから」
 その時の光景を思い出して、ニコルは微笑みに苦笑を滲ませた。
「ラクスのコンサートの時も……そんな態度だったのかな?」
 ふっとキラはこんなセリフを呟く。
「キラさん?」
 どうして彼女はこんな事を言うのだろう。ニコルはそう思いながら、彼女を見つめる。
「ラクスの声、すごく綺麗だし……歌も大好きだから……アスランがそんな態度だったら、悲しいなって、思って」
 そうすれば、キラは少し困ったような表情と共にこんなセリフを口にした。
「……二人とも、大好きだし……」
 さらに付け加えられた言葉が、キラの本音なのだろう。
 そんな二人が、自分のせいで仲違いをしているのが辛かったのかもしれない。
「お二人とも、それはご存じだと思いますよ」
 さりげなく、シホがキラにこう囁く。
「少なくともラクスさんに関しては私が保証させて頂きます。アスランに関しては……彼が証明してくださるのではありませんか?」
 それがどのような意図であっても、肯定しろ……とシホの瞳がニコルに告げてきた。
「アスランも、キラさんが大好きなはずです」
 だから、安心して欲しい……ニコルも頷いて見せた。
 実際、それだけは真実であることは自分だけではなく他の者も認めるしかない。だが、それを許容できるか否か、という点ではアスラン自身と他の者の間では大きな溝がある。しかし、それはキラ自身には関係がない話だ。
「ところで、キラさんのお好きな曲はなんですか?」
 ともかく、これ以上、その話題をするのは避けたい。そう思って、ニコルはこう切り出す。
「ニコルさん?」
「ここの休憩室にピアノがあるんです。なので、久々に弾いてみようと思うんですよ。どうせなら聴衆がいてくれた方が楽しいですから、おつき合い頂けないかと」
 騒音にしかならないかもしれないが、とニコルはさらに言葉を重ねた。
「イザーク達が戻ってくるまでの暇つぶしには十分だと思いますが?」
 どうするか、とニコルは微笑む。
「ご一緒させて頂きましょう」
 ニコルの意図を察したのだろう。シホも彼女にこう勧める。
「……僕はくわしくないですよ?」
 曲の名前もよく知らないし、とキラは口にした。
「かまわないです。好きかどうかだけは教えてくださいね」
 アスランよりはよい聴衆になってくれるでしょう、とニコルは付け加える。
「……自信ないです……」
 それに、キラは小さくなって言葉を返してきた。その瞬間、ニコルの唇から思わず笑いがもれる。
「では、確認させてくださいね」
 そして、そのままこう告げた。

 その頃、イザークとディアッカはクルーゼの前にいた。
「あれらも、同じシャトルですか?」
 もちろん、場所は違うだろう。そして、待機しているはずのヴェサリウスでの居住区も違うだろう、と言うことはイザークにもわかっている。
 それでも何処か納得できないのだ。
「仕方があるまい。少しでも早く、彼らに関して調査をし、出来るのであればあの薬物依存からは脱却させてやりたい、というのが希望らしいのだよ」
 誰の、とは聞かなくても想像が付く。
「それに……言葉は悪いが、彼女が一緒であれば彼らも無謀な真似はしないだろう……と、言われてしまえばな」
 反論が出来なかった……とクルーゼは苦笑を見せる。
「……それについては、否定できませんね……」
 忌々しいが、とイザークは呟く。だが、それは決して良い状況ではないだろう、と言うこともわかっている。
「ただ、あいつの存在ばかりをあてにするのは……」
 アイシャのこともあるし……とイザークは思う。
「それも重々わかっている。だから、本国に着くまでの間だ。それに……彼女には知らせないようにしよう、と思っている」
 本国へ着けば、必然的に別の場所へ隔離されることになるだろう。そして、自分たちにとって安全だ、とわかるまではその場にとどめ置かれるはずだ。
 その後は……地球――バルトフェルド――の元へ預けられることになっている。
 だから、キラには悟られないようにしておけ、とクルーゼは付け加えた。
「それに、これは決定事項なのだよ。明日の午後、本国へ戻る。準備をしておきたまえ」
 これに関しては、この場にいない三人にも伝えるように。そう言われてしまえば、二人に逆らえるわけがない。
「了解しました」
 言葉共に、姿勢を正した。



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ちょっと短めですが(^_^;
次回は宇宙にあがれるかな……うん。