壁に掛けられた時計が、もうすぐ出発の時間だ、とアスランに告げていた。
「後始末もすまないうちに、俺だけ本国に戻ることになって申し訳ない」
 アスランは鞄を抱え直しながら、ニコルに向かってこう声をかける。
 こうして見送りに来てくれた彼に、後始末を押しつけることになるだろう、とわかっていたからだ。
「仕方がありませんよ。結婚式の準備の方が重要でしょう」
 しかし、にっこりと微笑みながら返された言葉に、アスランは内心むっとしてしまう。だが、彼らにしてみれば喜ばしいことなのかもしれない、と直ぐに思い直した。
「まだ、納得したわけではないが……命令だからな」
 従わないわけにはいかないだろう……とアスランは付け加える。
 でなければ《キラ》が本国に再入国を許されないかもしれないのだ。ディアッカのぼやき――それが何処まで信用できるのかはわからないが――からすれば、キラはまだまだ治療が必要らしい。その機会を自分のせいで奪うわけにはいかないだろう。
「アスラン」
 そんな彼に対し、ニコルが困ったような表情を浮かべる。
「心配するな。ちゃんと本国に戻るさ。さすがに、ここからあちらには行けないだろう?」
 監視付きだしな、という言葉をアスランは敢えて飲み込む。彼に言っても意味がないことだ、とわかっているからだ。
「……本当に、バカなことはしないでくださいね……」
 それでも、その言葉を信用できないのだろう。不安を隠せない、と言う表情でニコルは言葉を重ねてくる。
 もっとも、自分の今までの言動を考えれば無理はないのだろうが。
「でないと……キラさんを連れて戻れません……」
 言外に、彼らと共にキラは本国に戻る予定なのだ、とニコルは伝えてきた。
 だが、それは間違いなく、自分たちの結婚式直前だろう――自分が迂闊なことが出来ないように――とアスランは思う。
「……わかっている……」
 忌々しいが、今は大人しくしているしかない。
 クルーゼから聞かされたあの一件について、アスランの中で上手く整理できていない……というのもその理由の一端ではあったが。
 パトリックが行った事が正しいのか正しくないのかはわからない。
 だが、そのせいで《キラ》と自分の間に大きな溝が出来てしまった、というのは事実だろう。それに関して、パトリックを恨まない、と言えば嘘になる。
 だが、時間を巻き戻せないと言うことも、アスランはよく知っていた。
「少なくとも、クルーゼ隊の名誉をおとしめるようなことはしないさ」
 だから安心しろ、とアスランは言外に告げる。
「信じていますからね」
 ニコルは微笑みと共に彼を見つめてきた。だが、こういう事が、実は信じていない証明になるとは思っていないのだろうか。それとも、わかっていてやっているのか。
 どちらにしても、彼が自分のことを考えてくれている、と言うことだけはアスランにもわかった。
 ただ、彼も無条件で自分の味方をしてくれる存在ではない、というだけなのだ。
 それも全て、自分の失策が生み出した結果なのだろう。
「……ありがとう……」
 だから、アスランはこの一言だけを彼に残す。そして、そのままシャトルに向かって歩き出した。

「アンディさん達は……一緒に行ってくれないのですか?」
 キラが不安そうな表情でこう口にしている。
「行きたいのは山々だけどね。他の捕虜のこともあるし……後始末のことを考えれば、僕たちは残らざるを得ないだろうね」
 本当に不本意だが……と言う言葉が何処まで本音なのだろう。
「俺達は、元々あちらに行ける立場じゃないしな」
 こう付け加えたのはフラガだ。
「だけど、あいつらが一緒だから、安心できるだろう?」
 言葉と共に、彼はイザーク達の方へと視線を向けてくる。
「俺よりも、あいつの方が良いだろう?」
 そのまま、キラをからかうようにフラガがこう口にすれば、キラは頬を真っ赤に染めてしまう。
「ムウさん!」
 慌てたようにキラが彼にこう呼びかければ、
「……キラで遊ぶのはやめません?」
 フレイが怒りを隠せない、という様子で彼を睨み付ける。
「マリューさんとナタルさんのどちらに相談しましょうか?」
 さらにこう付け加える彼女に、フラガはまいった、と言うように両手をあげて見せた。その仕草がつぼにはまったのだろうか。周囲の者たちが小さな笑いを漏らしている。
「さすがのエンデュミオンの鷹も、フレイちゃんにはかなわないか」
 くすくすと笑いながらこんなセリフを口にしたのはアイシャだ。
「それはないだろう?」
 オンナノコに勝てる男がどれだけいるんだ、とフラガは言い返す。
「そこのお坊ちゃんだって、キラには勝てないんだし……とフラガは話題をイザークに振ってきた。
「いけませんか?」
 もっとも、その程度でどうこうするような性格のイザークではない。第一、キラのためならなんでもできる、と思っているのは本当なのだ。それを今更隠しても意味はない、と判断してこう口にする。
「さすが……」
 フラガが感心したようにこう呟けば、
「良かったわね、キラちゃん」
 とアイシャも付け加えた。
「……二人とも……」
 それにどう応えればいいのだろうか、と言うようにキラは言葉を震わせている。後一言何かを言われれば、彼女は泣き出してしまうのではないだろうか、とイザークは思った。
「好きな相手のためならなんでもできる、と言うのは普通でしょう? ついでに、そんな相手をからかわれて、嬉しい男はいないと思いますが?」
 だから、少しでも矛先を自分に向けさせようとするかのようにイザークは口を挟む。
「イザークさん、そんなこと……」
 それに反応を返したのは、二人ではなくキラだった。
「本当だからな。それとも何だ? キラは俺と一緒に本国に戻るのがいやなのか?」
 彼女に向けて、イザークは微笑みを浮かべる。そして、口調を和らげてこう問いかければ、
「そうではなくて……みんなと離れるのが、寂しいだけです……」
 せっかく、一緒にいられるようになったのに……と彼女は口にする。
「大丈夫だ。彼らに関しては、母上が良いようにしてくれる。それに、バルトフェルド隊長が責任を持ってくれる、と言っているだろう? お前の体が良くなたら、俺がまたここに連れてきてやるし、通信はいつでも入れられるようにしておいてやる」
 エザリアの援助を受けるのは本意ではない。だが、彼女であればキラに融通を利かせることも簡単なのだ。第一、本人がそれを望んでいるのだし、と。
 だから、とイザークは思う。それに関してはあっさりと受け入れるべきだろう、登坂団をする。
「それとも俺の言葉が信用できないか?」
 さらに問いかければ、違うというようにキラは首を横に振って見せた。
「そうそう。だから、安心してあちらに行っておいで。フラガ氏達に関しては、ちゃんと責任を持つから」
 そんなキラの肩に手を置きながらバルトフェルドが声をかけている。
「何なら、ディアッカも巻き込むしな」
 だから安心しろ、とイザークが付け加えれば、キラはようやく安心したように微笑んで見せた。


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とうとう90回目です。おかしい、既に終わっているはずだったのに……
それでもようやく部隊は本国に戻りそうです。そうなれば、終わってくれるはず……100回は超えないようにしたいけど、どうなるでしょうか(^_^;