キーボードを叩くキラの肩に、そっと手が置かれた。
「キラ。私とお茶をしてくださいませんか?」
 次の瞬間、ラクスのこんな声がキラの耳に届く。
「ラクス?」
 だから、シホが何も制止をしなかったのか、とキラは思う。
「えぇ。私ですわ」
 久々に顔を見る彼女の表情は、どこか優れない。それは疲れているからなのだろうか、とキラは思う。
「かまいませんでしょう?」
 だから、この問いかけに素直に頷く。上手く行けば、その理由を聞き出すことも出来るだろうと思ったのだ。もっとも、自分が何かして上げられるかというのは別問題なのだが。
「ちょっと待ってね。保存して、終了するから」
 それでも、依頼されたことはきちんとやり遂げたい。だから、キラはラクスにこう声をかけた。
「もちろんですわ。その間に、お茶の支度も終わりますでしょうし」
 キラのお仕事に支障を出すわけにはいきませんものね、とラクスはさらに笑みを深めた。だが、やはりその笑みからは生彩が欠けている。
「では、先に温室の方に行っておりますわ。キラはお仕事の方をきちんと終わらせてから追いかけてきてくださいね」
 言葉と共にラクスはその場を後にした。その足取りも、どこか重いように感じられる。
 本当に何があったのだろう。
 あるいは、自分の知らないところで何かが起こっているのかもしれない。そして、それを自分に知らせないようにするために、彼女たちは重荷を抱え込むはめになったのではないだろうか。キラはそう考えると、小さくため息をつく。
「キラさん、どうかしましたか?」
 それを聞きとがめたのだろう。シホがすかさず声をかけてきた。
「たいしたことじゃないんですけど……今、悩んでいたことの解決が思いついたんです。でも、終了しちゃったし、と」
 タイミングが悪いなって思って……とキラは慌てて誤魔化すように苦笑を浮かべる。
「それも、よくある話ですよね」
 この言葉を信じてくれたわけではないのかもしれない。だが、シホは苦笑と共に頷いて見せた。その気遣いは本当にありがたい、とキラは思う。同時に、自分だけが周囲から壊れ物扱いをされていていいのか、とも考えてしまうのだ。
 だが、とキラは心の中で呟く。
 何時までもその地位に甘えていてはいけないだろう。周囲の人々が自分を守ってくれているように、自分も彼らを守りたいのだから、と。
 そのためには何が出来るだろうか。
 はっきり言って、その手がかりすら掴めない、と言うのが今のキラの状況だ。
「……情報が欲しいかな……」
 ならば、とキラが呟く。
「キラさん?」
「あぁ、すみません。こちらの話です」
 しかし、問題は彼女かもしれない、とも。
 シホが側にいてくれるのはいやではない。だが、下手なことをして邪魔されるのは困るかも、と心の中でキラは呟く。
「何かあるのでしたら、教えてくれた方がうれしいのですけどね」
 今度は上手くごまかせなかったらしい。シホはさらに言葉を重ねてきた。
「笑いません?」
 だが、今、彼女に自分の心の内を明かすことははばかられる。
 シホだからではない。
 相手がラクスでも同じ事なのだ。
 では、どうやってごまかそうか……とキラはとっさに脳内で作戦を練る。
「もちろんですよ」
 キラの言葉をどう受け止めたのか。シホがきっぱりと頷いて見せた。
「……いつも用意ばかりして貰っているから、たまには、おいしいケーキを自力で入手したいかな、って思ったんだけど……考えてみれば、何処のお店がおいしいのか知らないなって思って……」
 だから、そういう情報が欲しいと思ったのだ、とキラは笑みを作る。ふらふらと食べ歩くわけにはいかないだろうから、と。
「そうですね。私もアプリリウスの事についてはくわしくありませんし……」
 これが、ディセンベルであれば、結構くわしいのだが、とシホは苦笑を浮かべた。
「そうなのですか?」
「えぇ。アカデミー時代によく……憂さ晴らしに食べ歩きをしていたので」
 おかげで、ダイエットに関してもそれなりにくわしくなった、とシホは付け加えてくる。
「でも、キラさんでしたら、もう少し太らなければいけないと言われていますでしょう? そうですね。誰かに聞いてみましょう」
 おいしい店を教えてくれるだろうし、そこに足を運ぶくらいは気分転換になっていいだろうし、とも。
「しかし、甘い物が好きなのは……昔からですか?」
 それとも、最近嗜好が変わったのか、とシホが改めて問いかけてきた。
「甘いものは……昔から好きだったから……」
 だから、よく、女友達と食べ歩いていたのだ、とキラは笑う。だが、すぐにその笑みは寂しげなものへと変化した。彼女たちとは、当分、一緒に食べ歩くことは出来ない、と言うことを思いだしたのだ。
「私で良いならおつき合いしますよ、食べ歩き」
 そんなキラの前に、シホの微笑みが広がる。
「その前に、ラクス様とのお茶が先ですけど」
 くすくすと笑いながら、彼女はさらに付け加えた。
「そうだね。まずは、今日のお茶のケーキがなんなのかが先決かな?」
 ついでに、何処で作られたのかも、とキラは言葉を返す。そうすれば、シホがほっとしたような表情を作る。
 それにさらに笑みを深めると、キラは歩き出した。  だが、その表情の裏で、キラは必死にあれこれ考える。
 やはり、確証が得られるまで一人で事を進めるしかないだろう。それも、こっそり、とだ。
 幸か不幸か、ハッキングは得意だし、そのための設備もある。最近は、自分の部屋にもパソコンを持ち込むことも許されているし、そこでやることも可能だろう。
 しかし、いつまでばれずにすませられるだろうか。
 キラが部屋に戻ってからも、シホやメイドがこっそりと様子を覗きに来ていることをキラは知っている。だから、長時間パソコンに向かい合っていることは出来ない。普段ですら、ある一定時間を過ぎればさりげなく制止を入れられるのだから。
 それでもやらなければならない。
 と言うことは眠っているように見せかけて……か。
 だが、それも、体調を崩さないようにしなければならない。
 めちゃくちゃ厳しい条件ではあるが、それができないようでは。自分は本当にただのお荷物にしかならないだろう。そうなるのはいやだ、とキラは心の中で叫ぶ。
 まずは、ザフトのマザー。そして、可能であれば地球軍のそれにも侵入したい。
 過去に見つけたルートが生きているだろうか。
 ならば、かなり時間は短縮されるよな、と、キラは考える。
 同時に、自分が久々にわくわくとしていることをキラは自覚していた。


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キラが動き出しました。
さて、今回の話で書きたいと思っていたシーンまであと一息……ですか(^_^;
いつも通り、そこまでの道のりが長いのですけどね(苦笑)