「……気に入らないな……」 イザークがぼそりと呟く。 「まぁ、仕方がないんじゃねぇ? 大きな作戦の前だ。浮き足立つ連中だっているさ」 そんな彼をなだめようと言うのか。ディアッカがこう声をかけてくる。 「そういう事じゃない!」 だが、イザークはそんな彼を思わず怒鳴りつけてしまった。 「本当に気がついていないのか、貴様は!」 そうすれば、ディアッカはわざとらしく肩をすくめてみせる。 「……例の噂についてなら、心配いらねぇんじゃねぇの?」 そして、どこか渋々といった口調でこう言い返してきた。と言うことは、イザークよりも早くその噂を耳にしていたのだろう。そして、それなりに裏付けを取っていた、と言うことか。 「あいつだって、んな事をした、と姫の耳に入ればどうなるか、わからないほどのバカじゃないだろう? 恋に目がくらんでいてもな」 むしろ、アスランの性格では、キラが自分から彼を選ぶようにするはずだ、とディアッカは付け加える。それに関しては、忌々しいがイザークも同じ考えだった。 「それに……あいつはあいつで、何かを調べているらしい。ニコルを巻き込んでな」 残念だが、その内容まではわからない……とディアッカは顔をしかめた。 しかし、イザークにしてみれば、この数日の間にそこまで調べたディアッカはさすがだ、としか言いようがない。自分であれば、情報を引き出すよりも先に相手を怒らせる、と言うことがわかっているのだ。 「……ともかく……本国で、あいつの周囲に、さらに気を配って貰わなければならない、と言うことか」 自分のことは良い。自分で自分を守れないようなものが、ザフトの《紅》を身にまとうことは許されるはずがないのだ。 しかし、キラの身が何者かの手に落ち、そして楯に使われたとしたら……それに逆らうことが自分に出来るだろうか。出来るはずがないとイザークは即座に結論を出す。それだけ、自分にとって彼女は大切な存在なのだ。 「それに関しては、歌姫が何とかしてくれているはずだし……家の親やお前のところの親も手を回しているから、心配はいらないと思うがな」 第一、あの調子であれば、アスランもきっと何か対策を取っているに決まっている、とディアッカは付け加えた。それだけは信用できるだろう、とも。 「忌々しいがな。キラを大切に思っている気持ちだけは本物のようだからな、あいつも」 だが、その表現の仕方はまったく違う。 それ以上に問題だ、と思えるのは、お互いが望んでいる《キラ》のあり方かもしれない。 キラがアスランと離れ離れになっていた三年間。 それを受け入れられるか受け入れられないか。 イザークとアスランの間の溝は、それが一番大きなものだろう。そして、キラがどちらを望んでいるかと言えば、考えるまでもないことだ。 しかし、と思う。 だからといって、それに甘んじていてはいけない。 何時、アスランに出し抜かれるとも限らないのだ。 「ともかく、何が起きているのか……それについての情報を集めないとな」 今、一番重要なのは、自分たちが生き残ることだろう。そのためには、何が起こっているのかを知らなければいけない。 「だな……あぁ、バルトフェルド隊長にもこっそりと協力を仰ぐか。あの方なら、地球駐留部隊に独特のネットワークを持っていらっしゃるはずだからな」 そして、キラのためなら無条件で手を貸してくれるだろう。ディアッカは言外にこう告げる。 「あの方を巻き込むのは不本意だが……なりふり構っていられない、と言うことか」 イザークのこの言葉に、ディアッカはニヤリと笑う。 「あいつに負けないためには、多少の妥協も必要だってことだろう。どうやら、俺達はスタートダッシュで負けているようなんだから」 なら、その差を埋めなくてはならないだろうというディアッカの言葉にイザークはしっかりと頷いてみせる。 「キラのためなら、いくらでも俺のプライドぐらい投げ捨ててやるさ」 イザークのこの言葉に、ディアッカが頑張れ、と言うように肩を叩いてきた。 「……よかった……」 まだ、このルートは使えた……キラは胸をなで下ろす。ならば、かなり時間が短縮できるだろうとも思う。 「バカ、と言いたいところだけど、そのおかげでこっちが楽になるんだからいいのか」 もっとも、この事実に対して疑問がないわけではない。自分はアークエンジェルに乗っていたときにちゃんと彼らに教えたのだ。それなのに、まだこのセキュリティ・ホールはふさがれていない。 「……少佐達は、無事なのかな……」 その理由が、彼らが黙っていてくれたから……というのであればかまわないだろう。しかし、と思うのだ。もし、彼らが何かの理由で伝えられないような状況になっていたのだとしたら……と不安が湧き上がってくる。 「それも、調べればいいんだよね、僕が」 今から……とキラは口の中だけで付け加えた。 データーさえ入手できれば、彼らがどうなったのかを調べることも可能だし、と。そして、いざとなれば彼らにとって都合が悪い情報を改ざんしてしまうことも可能なのではないか、と思う。 もちろん、それは犯罪だ。 そして、彼ら――特にフラガが喜ぶとは思えない。それでもやらずにはいられないのだ。 彼らが自分を守ってくれたように、自分も彼らを守りたいのだから。 「少佐達は、危険を承知で僕をあの人に預けてくれたんだから……」 そのおかげで、自分は生きてここにいる。 だから、彼らのために出来るだけのことをしたいのだ。 一番いいのは、誰かに相談をして協力を得ることなのかもしれない。だが、それができそうな相手は今、地球だ。一人、いないわけではないが、彼女の様子を見ていれば、自分のことでこれ以上負担をかけるのははばかられる。 「僕に出来る事なんて、本当に少ししかないけど……」 それでも最善を尽くしたい。キラは心の底からそう考えていた。 「でも、どれから優先すればいいんだろう」 フラガ達の居場所か。 それともイザーク達に関わることか。 キラは悩む。そして、答えを出せないかも……と眉を寄せた。 「まずは……JOSH―Aに関するデーターと、地球軍の上層部に関するのを探せばいいかな」 そうしているうちに、結論が出るかもしれないし、とキラは呟く。あるいは、そうしていれば片方を優先しなければならない理由が出てくるかもしれないだろう。 どちらにしても、情報を集めておくことは必要だ。 「……後は……アイシャさんにもこっそりと相談してみようかな」 バルトフェルドでは大事にされるかもしれない。だが、彼女であれば上手く立ち回ってくれるのではないか。そんな期待がキラにはあった。 「ともかく、いつでも侵入できるようにルートを確保しておいて……ついでに、どこかに連絡されたら、自動的に記録するようにしておこう。後は……アークエンジェルと少佐達の名前が出てきたら、それも保存、かな?」 分析はいつでも出来るが、データーはその時を捕まえなければ意味がないから。キラは小さな声で呟くと、必要なツールをその場で組み始めた。 あちらこちらでそれぞれが何かに気づきかけています。 しかしクルーゼ隊。いいのか、分裂していて……あぁ、隊長もそのうち出さないと(^_^; |