「ともかく……終わったわね」
 こう口にしながら、エザリアはソファーに腰を下ろした。
「えぇ、終わったわ」
 そんな彼女に複雑な表情を見せているのはアイリーンだ。
「問題は……これからよ。ナチュラルをどうするつもり?」
「どうもしないわ。少なくとも……民間人に関しては、今まで通りの生活が送れるように計らうつもりよ。もっとも、それなりの思考教育はさせて貰うけど」
 ブルーコスモスのせいで彼らはコーディネイターに対する嫌悪感を植え付けられている。だから、それを何とかする必要があるだろう。エザリアはそう考えていた。
「ならいいけど……彼女の身を守ってくれたのは、地球軍の元兵士達だと言うし……彼らについては?」
 バルトフェルドがその身柄を預けて欲しい、と言っていたが……とアイリーンはさらに問いかけてくる。それは、エザリアが法務委員長の地位にあるからだろう。
「彼らについては亡命者、という扱いにするつもりよ。本人達は望まないかもしれないけど、思想教育の一端を担って貰うことになるでしょうね。その代わり、彼らの身柄はザフトの者たちが責任を持って保証をするわ。バルトフェルド隊長であれば上手く扱ってくれるでしょうし」
 彼らが有能だ、と言うことは十分にわかっている。そして、彼らの行動を見れば、コーディネイターに対する偏見はまったく見られないと言うことも伝わってきていた。そんな彼らを利用しないわけにはいかないだろう。。
「クルーゼ隊長やうちの息子、それにディアッカ・エルスマンにニコル・アマルフィまで彼らに対する寛大な処置を望んでいる以上、無視できないわ。第一、彼らを処分したら、キラちゃんが悲しむし」
 下手をしたら恨まれるかもしれない。
 それだけは絶対に避けたい、とエザリアは心の中で付け加えた。
「本当に、エザリアは彼女が気に入ったようね」
「あら、それは貴方も同じでしょう?」
 もっとも、その背後に隠れている感情は別物だろう。アイリーンはキラの、あの真っ直ぐなまでに純粋な思考が気に入っているのだ。
 だが、エザリアはもう少し複雑な感情を彼女に抱いていた。
 それは、キラとイザークがお互いに好意以上恋情未満――もっとも、イザークの方は間違いなく彼女に恋をしているのだが――の感情を抱いていることに関係している。エザリア自身、それを応援する気持ちと共に、あんな娘が欲しかったという感情がある事は否定できなかった。
 同時に、自分の息子に対して嫉妬めいた感情を抱いていることも自覚している。
 だが、自分の手元に来てくれるのであれば、それは無視してもかまわないだろう、と最近は開き直っていた。
「そうかしら。少なくとも私は、あの子を嫁に欲しいとは思わないもの。話し相手にはなって欲しいけど」
 しかし、それはしっかりと読まれていたらしい。
「悪い?」
「いいえ。当事者がそれを望んでいるのならかまわないでしょう」
 それ以上に、姑が手放しで喜んでいるのだから不幸になることはないのではないか、と笑いを含んだ声でアイリーンが指摘をする。
「もっとも、その前に別のカップルの結婚式を終えてしまわなければならないでしょうけど」
 不意に表情を変えてアイリーンはこう呟く。
「……アスラン・ザラとラクス嬢の事ね」
 その理由は、アスラン・ザラの感情にあるのだろう。彼はラクスではなく《キラ》と結ばれることを望んでいるらしいのだ。
 確かに、そのカップルもある者たちにとっては有益だといえるだろう。
 二人とも、ザフトにおいて重要な役割――もっとも、キラの場合、進んで行ったとが言い難いものだが――を担っている。そんな二人の方が似合いなのではないか……と言うものがいるらしい、ということも耳に届いていた。もっとも、それに関してはアスランの父であるパトリックが反対をしているらしいので、ある意味安心なのかもしれない。
「ラクス嬢のあの発言があってから、両家でそれなりに準備が進められているはずよ。だから、心配はいらないと思うのだけど……」
 問題は、彼らが全員、帰国したときかもしれない、とエザリアは心の中で呟く。
「ともかく、クライン家はその準備で手一杯でしょうから、キラちゃんがこちらに戻ってきたときは我が家で預かるつもりよ」
 それが一番安全だろう、とエザリアは口にする。
「プラント内で彼女に危害を加えるものがいるとは思えないけど?」
 彼女の言葉に、アイリーンが不審そうに問いかけてきた。
「……そうね。でも、利用しようとするものは多いわ」
 それ以外にも、キラにはあれこれ特別な秘密があるのだ。それを知っているのはおそらく、自分とシーゲル、それにダットだけだろう。そして、それでも多いのではないか、とエザリアは考えていた。だから、曖昧なセリフだけを口にする。
「そう言うことなら、わかるわ。彼女は、顔と名前は知られていないけれども、存在だけが勝手に一人歩きしているもの」
 そんな存在を自分たちの都合がいいものとして利用しようとするものがいてもおかしくはない。アイリーンもそう判断したようだ。
「あぁ、執事に命じておかなければいけないわね。キラちゃんを出迎える準備を」
 それはそれで楽しいことだ、とエザリアは思う。というよりも、楽しいことだけを考えていようか、と言うべきか。
「イザーク達も一緒に戻るように手配をしておくべきかしらね」
「……それに関しては、こちらからも調整するようにしておくわね」
 だから、自分にも彼女を貸して欲しい、とアイリーンは言外に告げてくる。それにエザリアは苦笑だけで答えた。

 疲れたのだろうか。
 イザークが気がついたときには、キラは彼の肩に頭を預けて寝息を立てていた。
「……無理をするから……」
 仕方がない奴だな、と思いつつも、こうして自分に甘えてくれるのは嬉しいと思う。
「このままにしておくと、風邪をひくな」
 さすがにここはバナディーヤのバルトフェルド隊の本拠地のような空調が整っていない。しかも、砂漠の夜は思い切り冷え込むのだ。そして、今のキラの体力では些細な体調の不調も大事に繋がりかねない。
「とはいうものの……起こすのは忍びないな」
 さて、どうしたものか……と思う。普段であれば、気を利かせて迎えに来てくれるはずの大人達は、事後処理で走り回っているのだろうし、フレイ達もそれぞれの役目をこなしているらしい。
「ハーネンフースまで姿が見えないのは気になるが……仕方がないか」
 ともかく、キラを優先しよう。
 そう判断をすると、出来るだけそうっと彼女の体を移動させる。そして、そのまま抱きかかえた。
「レセップス内の部屋でかまわないだろうな」
 腕の中の体に震動を与えないように注意をしながら、イザークは立ち上がる。
「……と、捕虜はどちらに収容されたんだ?」
 それによってキラを連れて行く場所を考えなければならない、と考え直した。もし、自分が人質になった場合、キラがどのような行動を取るかわからないからだ。
「まぁ、行ってみればわかるか」
 でなければ、誰かを捕まえて聞けばわかるか。こう呟くと、イザークは歩き出す。
「あぁ、キラ君を連れて行くならアークエンジェルにしてくれないか?」
 だが、まるでそれを待っていたかのように声がかけられる。
「バルトフェルド隊長……」
「さすがに、彼らと地球軍の捕虜を一緒にするのは問題がありそうなのでね。あちらのクルーを信用していないわけではないが、地球軍の捕虜に関しては疑ってかかった方が良いようだしね」
 もっとも、あの三人と科学者はアークエンジェルにいるが、と彼は苦笑を浮かべた。
「たぶん、フレイちゃんがキラ君の荷物を移動させているはずだ。シホ君と合流をしたら、君もあちらに移ってくれないかね? アイシャも既に移動の準備をしているはずだし」
 この言葉の裏にいったいどんな意図が隠されているのか。イザークは思わずそんなことを考えてしまう。
「わかりました」
 だが、キラの立場で考えればどちらでもかまわない。そして、キラされよければ自分はどうでもいいのだ。
 心の中でこう結論を出すと、イザークはあっさりと頷いた。


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エザリア達が知っているのは、キラの出生の秘密ではなく、彼女がアスハ家と関係がある、と言うことだけです。キラを引き取るときに内密に……と言うことで連絡が来たのでしょう、と言うことにしておいてください(^_^;