「クルーゼ隊長!」
 全ての処理を終え、与えられた部屋に戻ってきたときだった。彼の背中に向かっていきなりこう呼びかける声がある。
 それが誰であるのか、などと確認しなくてもクルーゼにはわかってしまった。
「……少しぐらいは休憩を取ったらどうだね?」
 無駄だとはわかっていても、クルーゼはこう口にする。
「隊長のお言葉が……気になって休んでなんていられません……」
 案の定、と言うべきか。アスランはきっぱりとした口調でこういった。彼の瞳には消すことが出来ない暗い情熱がたたえられている。それをかき消さなければ、今後、あちらこちらに支障が出るだろう。それがわかっている以上、無視は出来ない。
「……まずは入りたまえ」
 小さなため息と共にクルーゼはこう告げた。
「人前で出来る話ではないからな」
 この言葉の裏に、決して聞いていて楽しい話ではない……と付け加える。それはしっかりと伝わったのだろうか。アスランは表情を強張らせた。それでも彼は決して退くような素振りは見せない。
 それについては認めてやってもいいのだろうか。
 一瞬こんな事も考える。もっとも、それと彼がキラに抱いている感情は決してイコールではないが。
「失礼致します」
 クルーゼの後を付いてきたアスランがこう口にする。
 そんな生真面目さが、キラに対する執着と紙一重のものだと考えれば納得できるだろうか。そんなことを考えながら、クルーゼはアスランに席を勧める。
「最初に言っておこう」
 そして、そんな彼の正面へと自分も腰を下ろしながらクルーゼは口を開いた。
「これからはなす事は、絶対に《キラ》には悟られないように。あの子は……この事実を知らない。そして、私達も知らせないよう、努力してきたことだ」
 この事実を知れば、あるいは彼女は生きることを拒否してしまうかもしれない。
 そうでなくても、アスランとの関係を終わらせようとするだろう――それが友情であってもだ――と言い切る。
 もちろん、これは脅しではない。アスランはそう感じているようだが、実際にそうなるだろう、とクルーゼは確信していた。
「わかりました」
 それでも、アスランにしてみればこう答えるしかないのだろう。クルーゼにしても、とりあえず言質を取ったことで良いことにする。
「……あまり、思い出したくもないことだがな……知らなければ我慢できない、というのであれば仕方がなかろう」
 それでもこう言ってしまうのは、やはり自分の中でもためらいが残っているからなのだろうか。クルーゼにとっても、それは大きな傷になっているのだ。
「かまいません」
 クルーゼがここまで言い切ることは珍しいからだろう。
 さらに表情を強張らせながらも、アスランは言葉を重ねてきた。
「仕方がないな」
 本当は、何処かで諦めてくれることを望んでいたからだろうか。
 再びため息をつくとクルーゼは口を開き始めた。

 今から二十年ほど前。
 その頃はまだ、コーディネイターに対する偏見も憎しみも、まだ今ほどではなかった。
 むしろ、彼らに対する期待が大きかったと言っていい。
 だが、人間の欲望はとどまること知らぬ物。そして、コーディネイターに対する期待が大きければ大きいほど、理想と現実の些細な差違が許せないものだったらしい。
 次第に、コーディネイトを行う研究者達に対する不満が大きくなっていた。
 そんな中、ある科学者が《最高のコーディネイター》を生み出すための研究を始めたのだ。
 彼が出した結論は、コーディネイトを施した受精卵を母胎に戻す際、母体からの影響がその際を生み出す、というものだった。
 ならば、母体の代わりになるものを作り出せば、その差違を生じさせることがないのではないか。
 そのために必要なものとして彼は人工子宮を発明したのだ。
 ナチュラルであった彼だが、その方面においてはコーディネイターに勝るとも劣らなかったのだろう。
 だが、さすがにその実験のために他人の子供を使うことははばかられたのか。
 彼は、自分と妻の間の受精卵を人工子宮に着床させた。

「そして、生まれたのが……キラだ。その時、母胎に残された受精卵は、ナチュラルとして普通に生まれている。もっとも……キラはその事実を知らされていないがね」
 でなければ、キラはあんな風にくったくない性格に育ってはくれなかっただろう。
 いや、それ以前に、キラが無事に成長できたかどうか。
「それなら、どうしてプラントはそんなキラを保護しなかったのですか」
「簡単だよ。最高のコーディネイターはナチュラルの両親を持った《第一世代》ではなく、コーディネイターによって生み出されなければいけない。そう主張したものがいたからだ。そして、ようやく彼らを保護する……と決まったときには、手遅れだった、と言うわけだ」
 アスランの言葉に、皮肉げな笑みを浮かべつつクルーゼは言葉を告げる。
「何故なら、その時にはもう……ブルーコスモスのテロの対象になっていたのだからね、あの子とご両親は」
 そして、決定が出たとほぼ同時刻に、ブルーコスモスは彼らを襲ったのだ。
 その情報を耳にした瞬間、自分が味わった絶望を、クルーゼは今でも覚えている。
「ただ、キラともう一人は辛うじて逃すことが出来た。もっとも、二人一緒では危険だ、というので、引き離されたがね。彼女の今のご両親は……正確には、叔母夫婦に当たる」
 それでも、彼らは愛情を持ってキラを育ててくれた。
 いや、それだけではない。事情を知って駆けつけた自分をも何の偏見もなく受け入れてくれたのだ。
「……それと《ザラ》と……何の関係があるのですか?」
 さすがに目の前に突きつけられた事実に衝撃を隠せないのだろう。声を震わせながら、アスランはさらに問いかけてくる。
「……彼らを保護する……という事実に、最後まで反対をした人物。それが君の父上だからだよ」
 そう、彼はこういったのだ。
 そのようなまがい物よりも、自分の子供の方が優秀に決まっている、と。
 何よりも母体を経ずに生まれてきた《化け物》など、同胞と呼んでいいのか、とあからさまにさげすんだのだ。
 本人は忘れているであろうこの言葉を、クルーゼは今でも許せない。
 そういう意味では自分も同じような存在だから、だ。
「もし、彼が最後まで反対をしていなかったら、あの子は実のご両親を失うことはなかっただろうね」
 こう口にしながらも、もしこの事実をパトリックが知ったならどう出るだろう、と不安に思う。
 彼自身が《キラ・ヤマト》という一個人を知り、なおかつ、キラが行ってきたことを考えれば可能性は少ないかもしれない。それでも、ごくわずかだが、彼女の正体を知ったとき処分しようと考える可能性が残されているのだ。
「つまり、間接的とは言えキラのご両親を殺したのは君の父上、と言うことになる。それだけでも反対する理由になるのではないかね?」
 それ以上に、彼がこれからどう出るのかがわからない。
 これから、今まで以上に彼の行動について警戒していかなければならないだろう。クルーゼはそう判断をしていた。


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キラ出生の秘密とパトリックの本人が自覚していない罪……
まぁ、こういう関係です、彼らは。さて、それでアスランがどう出るか。少なくとも、キラにこの事実を伝えることだけはしないでしょう、彼は。