パナマでも、やはりキラのプログラムは効果を見せていた。だが、それでも地球軍は抵抗をやめようとはしない。
「これじゃ……ただの虐殺じゃないですか!」
 どうしてやめてくれないのか、とニコルは叫ぶ。
 それでも、相手に対する攻撃の手を弛められないのは、自分がブリッツのパイロットだからだろうか。
「僕は……こんな事をするために、ブリッツに乗っているわけじゃないんですよ!」
 そして、キラだってこんな状況を招くためにあのプログラムを作ったわけじゃない。
 彼らを救うつもりがなかったら、どのような状態でもOSをいきなりシャットダウンをしただろう。
 しかし、キラが作ったプログラムは、全ての機体が安全な場所へとたどり着くまではオートで操縦するようになっていた。
 それは、彼女が一人でも多くの命を救いたい、と思っていた証拠であろう。
 あのプログラムを作るのにどれだけ彼女が苦労をしたのか。それは技術員達の言動から想像できた。実際、それなりにプログラムが得意だといえるニコルだが、あれだけのものを作ろうとすれば何年かかるかわかったものではないのだ。
 それを短期間で――しかも、キラは決して《健康》とは言えない体なのだ――作り上げたキラの努力を無にする行為を無にするのは許せない。
 だからといって、その怒りのまま目の前の兵士達を惨殺するわけにはいかないだろう。それこそ、キラが悲しむ。
「あの人に微笑んで欲しい……と思っているのは僕だけじゃないはずですし」
 形は違っても、アスランもイザークも、それだけは同意を示してくれるはずだ。ディアッカやクルーゼ達もそうだろう。
「だから余計に……こんな状況を作っている人たちが許せない、のですけどね」
 本当にどうすればいいのだろうか。
 ともかく、少しでも被害を出さないように地球軍の兵器だけを破壊するように心がけることにした。
 だが、それは予想以上に集中力を要することでもある。
 それがいつまで続くだろうか……とニコルが不安に思い始めたときだ。
『地球軍に告ぐ!』
 不意にクルーゼの声が周囲に響き渡る。その事実に視線を向ければ、グゥルの上にイージスの姿が確認できた。
「隊長?」
 いったいどうしたのだろうか、とニコルは彼の次の言葉を待つ。
『ブルーコスモスの盟主であり、地球連合の理事のムルタ・アズラエルの身柄は、我々が確保している。既に諸君らが戦闘を続けるいわれはない、と考えるがいかがか』
 それを耳にした瞬間、ニコルは安堵のため息をついた。
「どうやら、あちらの作戦は成功したようですね」
 ならば、キラは無事だろう。
「後は……アスランだけですか……」
 小さな声でニコルは呟く。そして、そのまま視線を同じように動きを止めているジャスティスへと向けた。
「このまま暴走しないでくれればいいのですが……」
 ジャスティスに積まれているNジャマー・キャンセラーは、十二分以上の余力をあの機体に与えている。もし、彼がこのままあちらに向かうとしてもブリッツのバッテリー残量では追いかけることも難しいだろう。
 幸か不幸か、ジャスティスは動く気配を見せない。それでも警戒をしなければいけない、という事実が悲しいと思うニコルだった。

「……ゴメンね、キラちゃん」
 こう言いながら、アイシャがキラの前にドリンクを差し出してくれる。
「どうやら、貴方がいるとあの子達、大人しいみたいなのよ」
 だから、ここにいて欲しい……と付け加えられて、キラは素直に頷いて見せた。
「僕で……お役に立てるのでしたら」
 日陰も作って貰ったし、イスどころかクッションまである。これならば大丈夫なのではないか……と判断してのことだ。
「お前は本当に……」
 だが、イザークはこの状況が気に入らないらしい。それがどうしてなのか、と思う。
「大丈夫よ。貴方とシホちゃんがここにいて、キラちゃんに手出しをさせるつもりはないのでしょう?」
 今でもキラに触れさせろ、とあの三人は騒いでいる。どうして彼らがそこまで自分に執着をしているのだろうか、と思いながらもキラはイザークに微笑みかけた。
「イザークさんが側にいてくれるから、安心していられるんですが」
 そしてこう言えば、彼は頬を微かに染める。
「そうですね。私では無理なことも、イザークさんならきちんと処理をしてくださいますでしょう?」
 さらにシホがこう口にすれば、
「当たり前だ!」
 さらに照れたような口調で彼はこう言い切った。
「……それにしても、何なのでしょうか、彼らは……言葉が悪いかもしれませんが……まるで小さな子供のようです」
 あれも、人体改造の副作用の一つなのか……とシホは眉を寄せる。
「わからないわ……」
 それに言葉を返すアイシャの口調が何処か悲しげなのは、キラの錯覚ではないだろう。彼女のその表情の理由も、キラは聞いていた。
「……誰、なのですか?」
 だから、こう問いかけの言葉を口にしてしまう。
「答えたくなければ、それでもいいのですが……」
 アイシャが探していた相手は……とキラは彼女の顔を見つめる。
「キラちゃんに、一番最初に抱きついてきた子よ……キラちゃんから良い香りがしていたから、と言っていたんだけど……」
「でも、僕が使っているシャンプーもボディソープも、アイシャさんのものと同じですよね?」
「そうよ。私が昔から好きで使っていて……それを知っているアンディがわざわざ手配をしてくれているものよ」
 だから……と彼女は口を開きかけてやめた。
「ひょっとして、どこかにその記憶が残っているのかもしれない、と思うんですね?」
 アイシャが飲み込んだ言葉を、キラは敢えて口にしてみる。
「だと嬉しいんだけど、ネ」
 ようやっと見つけたのだから、とアイシャは微笑んだ。
「……どういう関係だったのか、聞いてもかまわないか?」
 状況次第では、手を回すことも考える……とイザークも口を開く。
「弟……みたいな存在だったわね。同じ場所で育ったのよ」
 隠していても仕方がないわ、と付け加えながらアイシャは言葉を返す。
「私がMIA認定されたのと同じ頃、行方がわからなくなったから……そう言うことなんでしょう」
 身寄りがない存在を人体実験に使ったのだろう。アイシャが言葉を濁したときだ。
「だから、あれになら答える、って言っているだろう! 薬をくれたことは感謝するけどさ」
 パイロットの一人がかんしゃくを起こしたようにこう叫ぶ声がキラ達の耳に届く。
「あれもまた、協力的……とみていいのでしょうか」
 少なくとも、自分たちに逆らうつもりはないようだ、とシホは告げる。
「まぁ……そう言うことにしてくか。ともかく、キラを本国に送るときに一緒に連れて行って……検査をすることになるだろう」
 それに関しては、ディアッカからダットに手を回して貰う……と口にしたイザークに、アイシャがほっとした表情を作ったことがキラにもわかった。
 同時に、それだけ大切な相手だったのだろう、とも思う。
「とは言っても……キラさんに対するあれを何とかしないと……」
「だな」
「まぁ……フレイちゃんにばれるまえに何とかしないと大変でしょうね」
 新たな問題を目の前に提示されて、全員、ため息をついたのだった。


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パナマもまた無事に作戦終了。そして、ニコルの苦労が始まるのでしょうか。
砂漠では、アイシャが怒りまくっていた原因及び、シャニがキラに執着していた理由を書けましたね。後は……クルーゼ隊長の言葉の裏を書けば、ラストまで一直線……かなぁ……エザリアママンが怖い(T_T)