翌日、キラのプログラムは完成した。 そして、それの一方をストライクに、そしてもう片方をアークエンジェルに託した瞬間、まるでそれを待っていたかのように地球軍が押し寄せてくるのが確認された。 「本当、誰かの手で動かされているようだね」 レセップスのブリッジではなくラゴゥのシートに身を沈めながらバルトフェルドが呟く。それが気に入らない、とも。 「でなければ、キラちゃんの味方をしてくれているか、よね?」 もう一時間早ければ、こちらの準備が終わっていなかった。それはすなわち、こちらが不利なまま戦闘に突入しなければ行けなかったと言うこと同意語だろう。 「あんなにイイコだもの。誰かがこっそり味方をしてくれても、おかしくないわ」 アイシャがこういう相手が《神》だ、と言うことはバルトフェルドにもわかっている。ただ、彼――というよりコーディネイターは《神》の存在を信じていない。それはやはり、自分たちが『人の手』で操作された存在だと知っているからなのかもしれない。 アイシャはそんなバルトフェルドに神を信じることを強要してこないし、バルトフェルドも彼女に全てを否定させようとは思っていなかった。 そんなことも、二人の関係を長続きさせている要因の一つかもしれない。 「そうだな」 だが、このタイミングを考えれば、ほんのわずかだがアイシャの気持ちを肯定してもいいか、と言う思いに駆られる。 「本当にうちの娘達はいい子だからね。誰かがひいきをしてくれてもおかしくはない、とは思うよ」 それが人間ではなくても、とバルトフェルドは心の中だけで付け加える。 「本当に、妙なところで頑ななのよね、アンディも」 ころころと楽しげな笑いをアイシャが漏らす。その表情に、バルトフェルドも笑みを返した。 「まぁ、それが僕だからね……ついでに、君が言う《誰か》に頼んでおいてくれないかな? 今回の作戦が成功をすることを」 そうすれば、彼女の心の中に巣くっている疑念も解消されるだろう。 「もちろんよ! でも、一番は……キラちゃんの事ネ」 彼女が安心して暮らせる世界にしてやりたい。 そのためには、まずあの男を世界から排除しなければいけないだろう。 アイシャの考えは自分のそれと同じものだ。 「ついでに……これが終わったら、僕たちも式を挙げるかね? そうすれば、いろいろと都合が良いんだが」 キラのためにも、と明るい口調で問いかける。 「それも良いわね。もっとも、貴方の迷惑にならなければ、の話だけど?」 そうすれば、アイシャもまた即答をしてくれた。 「何。この戦争が終われば、僕が隊長を続ける必要もなくなるだろう。そうなったら……そうだね。宇宙船でも買って運送屋でもやるかね? そうすれば、君もフレイちゃんも一緒にいられる。キラ君だけは……本国にいて貰わなければならないだろうが……」 だが、彼女のことはラクスが守ってくれるだろう。 あるいは、イザークか。 どちらにしても、その命が脅かされることはなくなるはずだ。バルトフェルドはそう判断をしていた。 そして、時折訪れて自分たちが経験したあれこれを騙ってやれば、きっと喜ぶだろう。 とても楽しい将来設計だ、とバルトフェルドは心の中で自画自賛していた。 「それも楽しそうね」 アイシャもまた気軽な口調で言い返してくる。ふわりと浮かべた笑みの陰で、その時のことを考えているのだろう。 「そのためには……終わらせないとね。こんなくだらない戦いなんて」 だが、それは直ぐに決意に代わる。 「もちろんだよ」 バルトフェルドもまた、表情を引き締めた。 「……キラ……」 言葉と共にフレイがそうっと腕を回してくる。 不安なのだろうか。その腕が小刻みに震えていた。 「大丈夫だよ」 キラの肩越しにサイがそんな彼女に声をかけている。 「バルトフェルドさんも、イザークさん達も……フラガさん達も強いって、よく知っているだろう?」 それに、キラが作ったプログラムもあるのだから、と彼は言葉を重ねた。 「わかっているわよ……でも……」 どんなに万全だと思えることをしても、万が一と言うことがあるじゃない。フレイはそう言い返す。それが、あの日、目の前で父親を殺されたからだろうか、とキラは目を伏せる。 「でも、キラのせいじゃないからね!」 キラの仕草に気がついたのだろう。即座にフレイが口を開く。 「悪いのは、キラをどうこうしようって言うバカの方でしょ?」 だから気にするな、と付け加えながら、フレイはさらにキラに抱きついてくる。 「そうだよ、キラ。キラが気にすることは何もないって」 サイもまたこう言ってくれた。 その言葉は非常に嬉しい。嬉しいが、本当にそうなのだろうか、と思う気持ちも確かにキラの中には存在していた。 「そうだね。悪いのは奴らで、君ではない。君は、一人でも多くの人を救おうとしているだけだしね」 だから君は胸を張っていなさい、とダコスタも声をかけてくる。 「君がそんな様子では、隊長達が戻って来かねないよ。それでは、後々困るだろう?」 だから笑っていなさい、と彼は付け加えた。それだけで、みんなが安心して戦闘に集中できるから、と。 「……わかっては、います……でも……」 この戦い事態、自分がここにいるからではないか。キラはそう思う。 「本当に君は……でも、そのおかげで地球軍の戦力は二分されていると言っていい。あちらも、これから総攻撃を開始するそうだ」 だから、これが最後の戦いだ、と言っていいだろう。彼は言外にそう告げてきた。 「これで、戦争が終わるなら……本当にいいのにね」 そうすれば、もっとキラが悲しむようなことはないもの、とフレイが微笑む。 「そうしたら、ラクスさん達も呼んで……みんなで一緒にお茶をしましょうよ」 きっと、楽しいわよ……と彼女は付け加える。だが、それでも彼女の震えが消えたわけではない。 「そうだね」 だが、それを指摘するつもりもない。それでは、フレイの気持ちが無駄になってしまうだろう。 「この戦争が終わったことのことを考えようか」 楽しいことを考えてみよう。 キラは心の中でこう呟く。 それが例え逃避と呼ばれるものだとしても、かまわない。それで、少しでも不安が薄れるなら、と。 それよりも、誰も傷つかずに返ってきてくれればそれでいい。 キラは、それだけを祈ることにした。 戦闘直前の状況その1です。はい、一回分で終わりませんでした(T_T) 明日は別のメンバーの心情ですか。戦闘シーンが書きたくない私の気持ちがにょじつに出ていますね、こいら(^_^; |