上官からの呼び出しだったはずなのに、目の前にいたのはどう見てもナチュラルだった。 もちろん、ナチュラルの中にだってザフトに協力をするものはいる。しかし、目の前の相手の言動の端々から見え隠れするものに、とアスランは不信感を隠せない。 「あなたにとってもいいと思うのですが」 しかし、それに気づいていないのか――それとも些細なことだと思っているのか――相手は薄ら笑いを消さずに言葉を続ける。 「彼がこの世からいなくなれば、あなたは欲しいものを手に入れることが出来るのではないですか? 紫色の瞳の、可愛らしい小鳥を」 この揶揄が、誰のことを指しているか、わからないアスランではない。同時に、彼の中で怒りが爆発しそうになるのを必死に堪えていた。 こんな下卑た男の口から《キラ》の存在を指し示すような言葉が出るなんて……と考えただけで反吐が出そうになる。 だが、とアスランを押しとどめる声も存在していた。 ここで話を聞いておけば、誰の差し金か、推測する材料がなくなるだけだ。 第一、この男は一体何処まで《キラ》のことを知っているのだろうか。 ただ単に、自分とイザークが彼女を取り合っている、と思っているだけなら良い。その程度であれば別段隠すつもりもないのだ。だが、キラがそれ以前に何をしていたか。それまでばれているのであれば……とアスランは必死に感情を押し殺す。 「……別に……」 それでも、目の前の男を拒絶したい感情まで、完全に消せるわけがない。 「それこそ、自分の実力で手に入れなければ意味がないことだろう」 だから、言葉に含まれている刺を隠す気にもならなかった。 「他人の手を借りて手に入れても、懐いてくれなければ意味がない。自分から来るようでなければ、な」 だから、貴様の手助けなどいらない、とアスランは言外に告げる。 第一、キラがそんなことを知ったら、今度こそ彼女は自分を恨むだろう。いや、それならばまだいい。最悪の場合、その命すら失われる可能性だってあるのだ。 「さすがは、ザラ委員長のご子息。プライドを高くお持ちだ」 男が笑みを浮かべながらこう口にした。だが、それは決して賞賛の言葉ではない。どこかあざけりすら感じられるものだ。 「ですが、そのプライドのせいで大切なものを失われるかもしれませぬぞ?」 父君のように……男の唇がそう動いたような気がした。それが何を意味しているか、確認する前に、さらに男の言葉が重ねられる。 「女性など、手に入れてしまえばそれでよいのでは? 心などというものは体に付属するものですし」 抱いてしまえばキラはアスランのものになる。男はそう言いたいらしい。 次の瞬間、アスランの中で何かが切れる。 「……貴様……俺が、自分の大切なものを守れないような存在だと言いたいのか!」 そんな安っぽい存在ではないのだ、キラは。自分の中で、唯一のもの。何よりも大切にしたい存在。それがキラだ。 同時に、アスランはこの男がキラの秘密を何も知らないのだと判断をする。それならば遠慮はいらないだろう。 「あれに手を出してみろ……貴様が何者であろうとも、関係者一同、ただですむと思うな」 うなるような恫喝に、さすがの男も表情を変える。どうやら、自分がアスランの逆鱗に触れてしまったのだと、ようやく理解したらしい。 「もちろん、そんなつもりでは……」 慌てて弁解をしようとし始めた。だが、アスランの方は既に男の言葉になんか耳を貸す気を失っていた。どころか、同じ場所の空気を吸うことすら気に入らない、と本気で思う。 「欲しいものは自力で手に入れる! 俺を、味方殺しの一員に巻き込むな。今すぐ出て行くなら、とりあえず黙って見逃してやる! さっさと失せろ!」 言葉と共にアスランはわざとらしくイスを蹴飛ばしながら立ち上がった。 「……アスラン・ザラ! 後悔を……」 「する、と言いたいのか? 貴様に、クライン家だけではなく、最高評議会議員の庇護を受けている存在を傷つけられると?」 その前に、俺が貴様を殺してやろうか? とアスランは嗤う。さすがに身の危険を感じたのだろうか。男はそのまま転がるようにアスランの前から逃げ出した。 その後ろ姿が完全に見えなくなったところで、アスランは小さくため息をつく。 「……あいつの裏を……調べなければならないだろうな」 イザークのことだけではない。他にも何かありそうな気がする。それがザフトのためにならないのではないか、と彼のカンが告げていた。 「キラを悲しませないためだ。妥協するしかない」 キラを手に入れるにはそれからでも十分だろう。アスランは自分にこう言い聞かせる。 「ニコル、かな? 協力を依頼するのは」 イザークのことさえ関わらなければ、彼はまだ自分の味方だ。アスランはそう認識している。そして、それは間違いではないだろう。 「一体、何が進んでいると言うんだ」 気に入らない、と吐き捨てると、アスランもまた、その部屋を後にした。 規則的に並んでいる、細い石柱。 それは、まるで果てがないようにキラには思えた。 そして、それだけの数の人々が、あの日、一瞬で命を奪われたのだ。 彼らが今、どのような状況にあるのか。それをキラは目の当たりにした。だから、この場に、あの優しかった人はいないのだ、とわかっていてもその名を見るだけで涙がにじんでくる。 「……おばさま……」 キラの記憶の中にある彼女は、コーディネイターにもナチュラルにも区別なく厳しく、そして優しかった。 だが、そんな彼女だからこそ、自分は大好きだったのだ。 いや、それ以上に彼女を好いていたのは母だろう。いつの日か、再会できることを彼女が願っていたことをキラは覚えていた。 それなのに、と思う。 どうしてその希望を打ち砕かれなければならなかったのか。 そう考えれば、悔しいだけではない。もっと複雑な感情がキラの中にも浮かんでくる。だが、それと戦争と上手く結びつかない、と言うのは、キラがあくまでも傍観者でしかないからだろうか。 「僕は、アスランと昔のように笑いあえないのでしょうか」 だが、キラが一番気になっているのはこの事かもしれない。 「僕が男のままであれば、アスランは昔のように《親友》って見てもらえたのかな?」 それとも、彼は……とキラが、今はこの世にいない人に問いかけようとしたときだ。 静かな、だが、重々しい足音が背後から響いてくる。 視線を向ければ、どこか見覚えがある男性が不審そうに視線を自分に向けているのがわかった。 「……あの……」 すぐに彼が、アスランの父であるパトリック・ザラだ、とキラは思い出す。同時に、自分が今ここにいる理由を何と説明をすればいいのだろうか。キラは悩む。 「キラ・ヤマト君か」 だが、彼の方からこう声をかけてきてくれる。 「はい……レノアおばさまに……」 せめて、お花だけでも……とキラは口にしながら、視線を地面に落とす。 「月にいた頃は、親切にして頂きましたので……」 喜ばれないかもしれないけど、とキラが微かに自嘲の色を滲ませながら口にしたときだ。 「では、礼を言わなくてはならないだろうな」 予想以上に優しい口調で、パトリックが口にする。 「あれは……レノアは、こちらに戻ってきてからも、君たち家族のことをよく話題にしていたからね。ご両親はともかく、君だけでもここに来てくれてよかった、と言うだろうな」 だから、心配はいらない、と彼は付け加えた。 「でも、僕は……」 「心配しなくて良い。私も話を聞いている。全ては、不幸な偶然が引き起こしたことだ。違うかな?」 そして、キラはその償いをしているだろう、と。 そんなつもりはなかったのに、とキラは思う。自分はただ、彼らに死んで欲しくないからこそ、手伝っているだけなのだ。 そんな自分は、ナチュラルから見ても《裏切り者》なのだろうか。そんなことすら考えてしまう。 「それに……今の君は、保護しなければならない存在でもある。だから、何も心配はいらない」 だから、時間があればあの頃のことを話して欲しい、とも彼は付け加える。 「僕でよろしいのでしたら……」 こう言葉を返しながらも、キラはパトリックの本心を計りかねていた。彼にそのような時間があるとは思えないのだ。 「お願いしよう。ところで、そろそろ気温が下がる時間だ。戻った方が良いのではないかな?」 微かな笑みを浮かべつつ、彼はこう促してくる。それに、キラは素直に頷いて見せた。 ゆっくりと事態が動き始めています。さて、これがどうなるのか……プロットは出来ていますが、そこまで辿り着く道が長いです(T_T) |