「……まだ、あちらでは動きはないようだな……」
 情報が入ってこない、とディアッカは口にする。その瞬間、アスランの意識がこちらに向けられたことに、当然彼も気づいていた。だからといって、答えてやるつもりは全くない。もちろん、自分から声をかけるつもりも、だ。
「それに、キラが何かやっているらしい。それが上手く行けば……こちらも楽になるって言う話だが……」
 ただ、淡々とした口調で事実だけを口にすれば、
「無理をしていらっしゃらなければいいのですが、キラさん」
 ニコルが小さなため息と共にこう返してくる。
「どうだろうな。周囲が気にかけているはずだが……ああ見えて頑固だから、キラは」
 人の目を盗んででも作業を進めるだろう。それでフレイに怒られているキラの姿も、ディアッカは何度も見ていたのだ。
 もっとも、それはある意味ほほえましい光景でもあった――アスランは決して認めないだろうが――だから、フレイを応援もしていたのだ、自分は。
「ともかく、それがなくてもこちらの作戦が開始されれば良いだけだ。キラの助力がなくても地球軍にやられる俺達じゃないだろ?」
 それよりも、あちらの負担が軽くなるならいいじゃないか……とディアッカは思う。それだけで、彼らが生き残れる確率が高くなるのだから、と。
「ですね。僕たちだって経験を積んでいますし……」
 地球軍のパイロットであのOSを使いこなしている者は本当にごく少数だ。フラガ達の言葉を信じればそういう結論に達する。いや、実際、今までの戦いの中でもそうだった。だが、今もそうだとは言えないが……逆にシステムに振り回されている連中も多いだろう。
 だからこそ、自分たちの方が有利だとも言えるのだが……とディアッカ考えて、小さくため息をつく。
「ただ、あの三機が向こうにいるって言うのだけが気にかかるが……」
 それだからと言って、勝手にあちらに向かうことは出来ない。クルーゼ自身も何か手を回そうとしているらしいのだが、話がどう動いているのか、自分たちではわからないのが現状だ。
「ですね。イザークとシホさん、それにバルトフェルド隊がいるから、大丈夫だとは思いますが」
 フラガも、この場合戦力にカウントしていいだろう。そして、アークエンジェルのクルー達の実力は、自分たちが一番よく知っている。そう考えれば、少しは安心できた。
「本当……誰かのことがなければ、向こうに残りたかったよな」
 遠くから心配しているだけ、というのが一番性に合わない。
 ディアッカはそう思う。
「ですね」
 ニコルも同意を示す。
「ブリッツを上手く使えれば……奇襲も可能ですしね……」
 だが、それはこちらでも同じ事だ。
「あっちで有効な手段はこちらでも同じ……か。隊長が迂闊に動けないっているのも、わかるよな」
 本当に、誰かが余計なことをしてくれたから、とディアッカは心の中でぼやきながら視線を流す。そうすれば、こちらを注視していたらしいアスランのそれとぶつかった。とたんに、あちらがそらすのは、自分が行ったことに対する自責の念があるからだろうか。
 だとしたら少しは救われるのだが、と思うものの、その可能性は限りなく低いだろう。
 間違いなくアスランは、自分たちの言動から逃げ出す隙をうかがっていたのだ。そして、そのままキラの元へと向かうだろう――その先に待つのが破滅だけだ、とわかっていてもだ――だが、そうさせるわけにはいかない。
「俺達があいつらのために出来ることは、ここで命じられたことをきっちりとこなすことだろうよ」
 アスランを睨み付けながら、ディアッカはこう言い切った。

 ディアッカの言葉を耳にした瞬間、アスランは忌々しい思いに捕らわれる。
 確かに、キラの居場所が連中にばれたのは自分のせいだ。その自覚は、いくらアスランでも持っていた。
 だからこそ、あの場に残って自分がキラを守ろうと思っていたのだ。
 しかし、クルーゼはもちろん本国――きっと、その判断を下したのはパトリックだろう――もアスランを彼女から引き離そうとしている。
 その理由が何であるのか。
 アスランにはまったく思い当たらない。
 だが、自分の感情が歓迎されていないことだけはわかっていた。
「……ラクスの思惟も入っているんだろうな、これは……」
 この戦争が終結次第、アスランと結婚をする。
 彼女はそう言いきったのだ。
 そして、本国ではその言葉に歓喜の声すらあがっているのだという。それが自分たちの立場のせいだ、とはわかっていてもアスランには面白くない。
「人の気持ちを無視して……」
 自分が欲しいのはラクスではない。キラだ。
 キラさえいれば他には何もいらない。
 そう思える存在がいるのに、どうして他の誰かと結婚しなければいけないのか。アスランには未だにわからない。
 しかし、自分がここで無謀な行動を取れば、そのしわ寄せが《キラ》に向かうだろう、と言うことだけは想像が付いた。
 いまのキラには、本国から輸送されている薬品と医師が欠かせない。それを断ちきられればその命は非常に不安定なものになってしまう。最悪、自分の手の中から滑り落ちてしまうだろう。
 それだけは絶対に許すことが出来ない。
「……どう、すれば良いんだろうな、本当に……」
 いまの状況を打破するためには、とアスランは呟く。
 はっきり言って、いまのアスランは八方ふさがりの状況だと言っていい。手が打てそうな場所に関しては、誰かが先回りをしてその可能性をつぶしているのだ。
 その相手がパトリックとは思えない。
 もちろん、他の評議会議員――特にエザリア――でもないであろう。
「……貴方ですか、ラクス・クライン……」
 ふっとある可能性に気づいて、アスランはこう呟く。
 彼女の外見に騙されては行けない、と言うことを、アスランは薄々気づいていた。だが、ここまで行動力があるとは予想していなかったのだ。
「なら、俺も容赦はしませんよ?」
 それならそれでこちらも本気を出すまで、とアスランは呟く。そのためには、この作戦で戦果を上げる必要がある。
「見ていなさい」
 キラは自分のものだ、とアスランは改めて口にした。

「あらあら」
 モニターには既にスクリーンセーバーが踊っている。その前で、キラはディスクに突っ伏したまま寝息を立てていた。
 いや、彼女だけではない。
 その膝にすがるようにしてフレイもまた同じように寝息を立てている。
 どうやら、二人とも作業の途中で沈没してしまったらしい。
「可愛らしい寝顔だけど、このままにして置くわけにはいかないわよね」
 砂漠の夜は冷えるのだ。キラの体調を考えれば、きちんとベッドで眠らせたい。だが、起こすのも可哀相だ。
「……アンディを呼んでくるべきかしら」
 彼なら、二人を抱きかかえあげてベッドに移動させるのは朝飯前のはず。それに、二人の寝顔は彼の気持ちも和ませてくれるはずだ――自分のように――とアイシャは思う。
 そう判断をして、一度ドアから顔を出す。
 そして、廊下にいる彼を呼ぶために手を挙げた。



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嵐の前の静けさ……です。
いい加減、戦闘シーンに突入しないと終わりませんね、この話。