音を立てながら、テーブルがひっくり返る。 それが普通に立っていた最後の一つだった。 「……気が済んだか、デイビス」 「落ち着いてくれないと、今後の話が出来ないよ、アイシャ」 その光景を黙ってみていた二人が、アイシャにこう声をかけてくる。 「……気が済むわけも、落ち着けるわけもないでしょ!」 こうは口にするものの、落ち着かなければいけない、と言うこともアイシャはわかっていた。だから大きく深呼吸を繰り返す。 そうすれば、不思議と怒りが収まってくる。もっとも、完全に消えることはなかったが。 「……あいつ……絶対に許さないんだから……」 それでも、こんなセリフが口からこぼれ落ちてしまう。 「あの時わかっていたら、意地でもあの男をぶち殺してやっていたのに……」 顔が変わっていたから、とアイシャは唇を咬む。 「あの年代の少年ならよくあることだよ。それに……あんな事をされているんじゃ、ね。なおさらだ」 そんなアイシャの肩にバルトフェルドがそうっと手を置く。 「何とか、彼らも保護できるよう、努力をしよう……キラ君の努力さえ実ってくれれば、それも可能だ」 そして、彼らの身柄は『ブルーコスモスの非道の体現者』と言うことで保証できるだろう、とも付け加える。 「……ダコスタ君達が、彼らに関する情報を集めているしね」 上手く行けば、彼らがどのような手順で操作されたかもわかるだろう。あるいは、その生存に関わる薬物、もか。 「どちらにしても、キラ次第か……あれが完成すれば、制圧は簡単だ。あいつらの関係者も確保できるだろうが……」 フラガが忌々しい、と言うようにため息をつく。 「結局は、あいつに頼るはめになるのか、俺達は……」 守らなければならない相手に守られている。その事実が悔しい、と彼は吐き出す。 「……それも含めて、あいつはぶち殺さなきゃいけないのよね……」 その言葉で、アイシャはようやく怒りを完全に押し殺すことが出来た。 「そう言えば……キラちゃんのご飯……」 そして、少しでも意識を切り替えようと、可愛い養い子の事を考え始める。 「サイが、さっき持ってったから……部屋で喰わせるつもりなんだろうよ」 ここで喰わせるよりましだろうしな、とフラガが笑う。 「……と言うより、食べられる場所がないからね」 さすがに、とバルトフェルドも苦笑を浮かべている。 「それだけは、私のせいね……」 それ以外もだろう、というつっこみを見事に無視できる彼女はさすがかもしれない。周囲の者たちがそう思っていたことは彼女には内緒だった。 「……はい。ムウさんなら、それで十分に対処できるはずです。それと、新しいプログラムを明日には渡せると思いますので、そちらのチェックも……もっとも、あちらが来なければ、の話ですが……」 そう、それだけが今一番の問題なのだ。キラはこの言葉と共に眉を寄せる。 『それに関しては大丈夫だ、と思うぞ。こっちに来た連絡だと、あちらさんはまだ、上陸中だそうだ』 だから、焦らなくていい……とマードックは磊落な笑みを見せてくれた。 「わかってはいるのですが……」 それでも不安だ、とキラは思う。 地上部隊がいなくても、MS隊だけ襲ってくるという可能性もあるのでは、と思うのだ。もっとも、ここまで移動してくる間に消費されるバッテリーを考えればその可能性は低いだろうが。それでも、ゼロと言い切れない以上、気を付けなければいけないだろう。 『第一……肝心のパイロットが、今、こっちにいないからなぁ……』 バジルールが怒りまくっている、とマードックが苦笑を浮かべた。 「こっちに来ているのでしょうか?」 フラガがアークエンジェルにいない、とと言うことはそう言うことなのだろう。キラはそう判断をする。 「というより……俺が呼びに行った……」 その答えをくれたのはマードックではなくサイだった。 「サイ?」 「ほら……アイシャさんが噴火してるって言っただろう? 止められそうなのがバルトフェルドさんとフラガさんだけだって、ダコスタさんに言われて……で、呼びに行ったんだよな」 バジルールさんに連絡するの忘れていた、と彼は苦笑を浮かべる。というより、思い出せる状況じゃなかったんだけどね……と付け加えるところを見れば、アイシャの噴火ぶりは死者が出かねないほどのものだったのだろう。 「アイシャさんを……そこまで怒らせるなんて、どんなことなのかな?」 「私も知りたいわ、それ」 自分たちには、そんな面を見せないのだ、彼女は。だが、本人に聞くわけにもいかないだろう、とキラは思う。自分には見せないようにしているのだ、という言葉もあったことだし、と。 「……それは置いておいて……後で、甘えに行った方が良いのかな?」 それでアイシャの気持ちが収まるのなら、とキラは呟く。 「賛成。そうしましょ。マードックさんの方の問題も解決したようだもの。少しはゆっくりしないと」 即座にフレイがそれに賛同の声を上げた。 「そうだな。そうしなよ」 『何なら、うちの二人も引き取ってくれ……お前さんの顔を見れば、多少はいらいらが収まるようだからな』 サイとマードックもキラの言葉に頷いている。 「僕に、そこまで出来るとは思えませんが……」 そんな彼らの過剰とも思える反応に、キラは小首をかしげていた。 目の前のモニターを見ながら、シホは小さくため息をついた。 「調整をしたいが……何処に手を付けていいものか、わからないな……」 それだけ、完璧なのだ……このOSは。キラが手がけたというこれは、まさしく精密に積み上げられた硝子細工のように全てが絡み合っている。下手に一カ所だけ変更すれば、そのバランスが壊れてしまいかねないのだ。 だが、イザークに合わせて調整されたOSは、微妙にシホの好みとは違う。今まではそれを騙し騙し使っていたが、今度の戦いでは最良の状態で戦いたい、と思うのだ。 間違いなく、今度の戦いが《キラ》を巡るあれこれにとっては正念場だろう。 ここで失敗することは、自分が彼女の護衛に付いた意味がないのではないか、とも思うのだ。 いったいどうすればいいのか、とシホはうなる。 「かといって、今のキラさんにはお聞きできないし……」 さて、どうしたものか……とシホが呟いたときだ。 「何処をどう調整したいんだ?」 イザークの声がハッチから飛んでくる。 「イザークさん」 「キラほど完璧ではないが、多少はわかるぞ。元は……俺の機体だからな」 キラがプラントに行く前、OSを調整して貰っているときにあれこれ聞いたしな、と彼はさらに付け加えた。 「そう、ですか」 だが、彼にしてもフリーダムの調整があるのではないか。シホはそう思う。と同時に、同じ《紅》としてのプライドもあった。 「……シールドを装備していると、微妙にバランスが悪いような気がするのです。もっとも、アサルドシュラウドを装備しているときだけなのですが……」 だが、これは絶対に必要だろう、とシホは思う。自分の意地で、キラを失うようなことになっては行けないのだ。 「なら……そうだな、ここを変更してみればいい」 言葉と共に、イザークが画面をスクロールさせる。 「ここの数値だけならば、他の場所には影響がないはずだ……」 そして、ある一点を指し示しながらこう口にした。 「ありがとうございます」 前後を確認すれば、その意味はシホにもわかる。その事実に安堵のため息をつきながら、シホは彼に向かってこう告げた。 「礼を言われるようなことではない」 同じ目的を達成するためだからな、とイザークは口にする。それが、何処か照れているように感じられたのはシホの気のせいだろうか。 噴火中のアイシャの様子……だけではなく、同時期の他のメンバーの様子ですね。 しかし、この伏線……何とかなるかなぁ(^_^; |