「……不便ですねぇ……」
 着岸した戦艦から、地上用の物資輸送車が次々と走り出ていく。その光景は壮観だと言っていいだろう。だが、アズラエルには不満だった。
「アークエンジェルは、あのまま進んでいたのに……」
 どうして、自分たちはこんな面倒な手順を踏まなければいけないのか。そう考えてしまうのだ。
「そう言えば、あれも試作機でしたね……」
 だからなのかもしれない。あの性能は……とアズラエルは呟く。
「やはり、侮れませんね……オーブは」
 ストライクを始めとするMSもまた、モルゲンレーテの協力がなければ開発が出来なかった。
 それは事実だ。
 そして、今現在、それらが自分たちにとって最大の驚異になっている。
「……オーブを取り込めなかったのが、やはり惜しいですね……」
 今からでもその工作は出来るだろう。だが、ある日から比較的自分たちにも協力的だったはずの首長家が急に態度を豹変させた、という事実が気にかかる。
 それは、確かヘリオポリスで彼女と一緒にいた者たちが帰国した時期と同じだったはず。
 この二つは、果たして結びつけて言いものなのだろうか。
 それとも、別の理由からなのか。
 さすがのアズラエルも、彼らの心の中まではわからない。
「それを考えるのは、後にしましょう」
 今は可愛い小鳥を手に入れることを最優先にすべきだ。アズラエルはそう判断をして意識を切り替える。
「それにしても、いらいらしますね……もう少し迅速に出来ないものですか?」
 こんな調子では、相手に準備の時間を与えてしまうことになるだろう。それでは、奇襲も何も出来ないのではないか。
「ですが、アズラエル様……数の上ではこちらの方が多いのですし……」
 それを考えれば、多少の時間のロスは妥協して欲しい。おずおずとした口調で指揮官が声をかけてきた。
「そうは言いますけどね。先日、あれらを海上で追いつめたとき、あれだけの戦力差がありながら逃げられたのは事実ですよ?」
 確かに、あの時予想もしていない場所からの救援は来た。だが、それだけでは説明が付かないのではないか、と思われることもある。
「あれだけ戦力差がありながら、たった四機のMSすら墜とせませんでしたよ?」
 あの時、そうできていれば、今頃は……と思わずにはいられない。
「……ですから、今回は準備を十分に整えてまいったわけですし……」
 これ以上アズラエルの不興を買っては行けない、と思ったのだろうか。指揮官が慌ててこう口にする。
「そうお願いしたいですよ」
 いらつく気持ちを隠すことなくアズラエルは言葉を返す。そして、さっさとその場を後にしたのだった。

「……地球軍が、来るのでしょうか……」
 小さなため息と共にキラがこう呟く。
「大丈夫ですよ、キラさん。私達が絶対にお守りします」
 そのために自分たちはここにいるのだから、とシホは微笑む。
 実際の所、それはそうたやすいことではないのだ。だが、それを目の前の少女に悟られるわけにはいかない。そんなことをすれば、彼女は自分で出撃をする、とまで言い出しかねないのだ。
 それだけは絶対にさせるわけにはいかない。
 こちらの勝利が確実になるとは言え、彼女の心が壊れてしまう可能性があるのでは意味がないだろう。
 第一、もう彼女の手を汚したくはない。
 彼女から笑顔を奪いたくない。
 シホでなくてもそう考えているのはわかる。いや、それだからこそ、この隊にいる者たちは皆、この状況でも奮起をしているのだ。
「あのMSのOSは……僕が作ったもの、なんですよね?」
 だが、キラは別のことを考えているらしい。
「基本はそうだ、と聞いていますが……ですが、それでキラさんが気に病むことはありません。フラガさん達を殺したくなかったのでしょう?」
 その気持ちは理解できるから、とシホはさらに笑みを深める。彼女にしても、彼らと出逢えたことは『よかった』と言える出来事なのだ。
「……それを逆手に取れないか、と思うんですが……」
 自分が作ったOSならば、その特性もよく知っている。そして、それを逆手にとることができれば、被害を最小限に抑えることが出来るかもしれない。キラは厳しい表情でこう口にする。
「キラさん」
 その表情の裏に、キラの決意が見え隠れしていた。
「みんな、僕を守ってくれる……って言っているけど、それじゃいやなんです。僕だって、みんなを守りたいんだから……」
 だから、せめて今の自分が出来ると思うことはさせて欲しい、とキラは口にする。
「……私の一存では返事をして差し上げられませんが……ドクターに相談をして、許可が出ましたら、バルトフェルド隊長に」
「それでは、間に合わないかもしれないんですよね?」
 だが、キラはシホの言葉を遮るかのようにこう問いかけてきた。
「無理はしません。この部屋からも出ません。ただ、僕が使っていたパソコンが欲しいだけです。アークエンジェルにまだあれば……ですが。なければ、こちらで使っていたものでもかまいません」
 本国にいたときと同じようにプログラムをいじるだけだ、とキラはさらに付け加える。
「……そのくらいなら大丈夫だ、とは思いますが……それでもやはり、隊長達に連絡だけは入れさせてください」
 一応許可を得てからでないと、後々が怖い……とシホは苦笑を浮かべた。
 バルトフェルドはともかく、アイシャとフレイには絶対にばれるに決まっているのだし、と付け加えれば、キラも納得したらしい。
「なら、僕が……」
 彼らに話をしに行きます……と言いながら、キラが立ち上がろうとしたときだ。
「そのまま大人しくしていなさい」
 ドアの方から声が飛んでくる。
 艦内であれば危険はない、と判断をしてロックをかけておかなかった自分の迂闊さに唇を咬みながら、シホは振り向く。
「アンディさん」
 相手を確認するよりも早く、キラの困ったような声がシホの耳に届いた。
「あの、僕は……」
「君の気が済むというのなら、止めないよ?」
 シホを手で制しながらバルトフェルドはキラに歩み寄る。
「ただし、何をしようとしているのか、教えてくれるかな?」
 危険なことならば許可は出来ない、とバルトフェルドは彼女の瞳を覗き込みながらこう問いかけた。
「あのOSに作用するウィルスを作って……アークエンジェルから送信できないかと。地球軍のフォーマットであれば、全機にメールが送れるはずなので。ストライクには、ワクチンプログラムを入れておけば、被害は及ばないと思うんです」
 ただ、二種類のプログラムを作らなければならないから、時間が足りないかもしれない……とキラは口にする。
「なるほど……それは有効そうだねぇ」
 キラの言葉に、バルトフェルドは目を輝かせた。彼もその有効性を認めたのだろう。シホにしても、それが可能であれば自分たちを攻撃してくるものだけではなくその他の地域にいる地球軍のMSも動きを止めることができるのでは、と考える。
「わかった。許可をしよう。ただし、あくまでも無理はしないようにね?」
 それで体調を崩せば意味はないのだから……とバルトフェルドはキラに言い聞かせた。
「わかっています」
 それに関しては、アイシャやフレイがチェックを入れてくるだろう、とキラは言い返す。そんな彼女の頭を、バルトフェルドが優しく撫でている。それが許可だ、と言うことはシホにも十分伝わってきていた。



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キラ決意の回です。乙女は諦めました(^_^;