ゆっくりとクルーゼ隊が乗った輸送機が遠ざかっていく。
 それを、イザークは複雑な思いで見つめていた。
 彼らはこれから、地球上での戦局を左右する作戦に参加するのだ。その中に自分が含まれていない、と言うことは悔しい。
 だが、とも思う。
 何よりも大切な存在を奪いに来るかもしれない連中がいるのだ。そいつらを無視してまでこの地を離れたいとは考えられない。
 そう考えるようになった自分に、イザークは不満はない。むしろ、今の方が充実していられる、と思うのだ。
「イザーク君。悪いが、キラを医務室まで連れて行ってくれないかね?」
 この言葉にイザークはバルトフェルドへ視線を向ける。
「君も治療を受けなければいけないだろう?」
 キラも、少し動いた方が良いだろうしね……といいながら微笑んでくれる彼の本意は何処にあるのだろうか。イザークはふっとこんな事を考える。だが、この機会を逃すつもりはさらさら無い。
「わかりました。キラ」
 言葉と共にバルトフェルドの腕に抱かれたままのキラに手を差し伸べる。そうすれば、彼女は一瞬自分の養父を見上げた。
「歩けるね? ならいっておいで。僕たちは、バナディーヤへ戻る準備をしなければいけない」
 だから、キラの側にいられないのだ、と彼は告げる。その言葉に、キラは小さく頷いて見せた。彼女の仕草に満足そうに微笑むと、バルトフェルドはそうっとキラを地面に下ろす。
「では、頼んだよ?」
 そして、そのままイザークに向かってこういうと、その場を離れていく。その彼の背中を、キラは表情で見つめている。
「ここにいると迷惑そうだな……行くぞ」
 その表情が少し面白くなくて、イザークは少しぶっきらぼうとも言える口調でキラに声をかけた。
「……はい……すみません……」
 それをどう受け止めたのか。キラが即座に謝罪の言葉を口にした。
「お前を怒っているわけじゃない。あのバカどもがいなくなって、一瞬でも嬉しいと思ってしまった自分が不甲斐ないだけだ」
 あれの目も気にする必要がないしな……といえば、キラの表情が何処か悲しげなものへと変化した。
「アスランは……」
「……あのバカが何を考えているのか、それはあいつ自身しかわからない。だから、お前が気にする事じゃない」
 キラの言葉を遮ると、イザークは出来るだけ優しい微笑みを浮かべる。そして、改めて彼女に手を差し出した。
「それよりも、医務室に行くぞ。ドクターをお待たせするわけにはいかないだろう?」
 日差しはお前の体にも悪い、と付け加えれば、キラがおずおずとその手に自分のそれを重ねてきた。そっとそれを包み込みながら、相変わらず細い、とイザークは思う。それでも、ぬくもりだけは少しも代わりがない。
 だからこそ、それを失いたくないと思ってしまう。
 自分の命よりも大切だと思える相手だから余計に。
 そんなことを考えながら、イザークはゆっくりと歩き出す。そうすれば、キラが素直に付いてくる。そんな彼女がやはり愛しいとイザークは思う。
「焦らなくていい。それで怪我をすれば意味はないからな」
 どうせ、もう少しすればフレイやシホがやってくるに決まっている。そうなれば、キラを独占することも難しい。
 だから、今だけでも彼女をこうして独り占めしていてもいいだろう。
 イザークは心の中でそう考える。同時に、彼の口元にふんわりと微笑みが浮かんだ。

「……ありゃ、かなりやばいな……」
 アスランの後頭部を見つめながら、ディアッカはこう呟く。
「そうですね」
 どうやら彼もそう感じていたのだろう。ニコルもあっさりと頷いて見せた。
「ですが、どう考えてもキラさんのためにはイザークが残った方が良いと思うんですよね」
 キラは彼といるとき、本当に幸せそうな表情を作るから、とニコルは呟く。それは、以前あったときよりも顕著なものだったと言っていい。
 だからといって、アスランが側にいて迷惑そうだ、と言う感じはなかった。
 ただ、彼の態度のせいか、複雑そうな表情を浮かべてはいたが。それでも、キラは何処かほっとしたような表情を見せていたのは事実だ。
「あれだけで我慢すりゃいいのに……」
 もっとも、アスランはきっと《キラの特別》でなければだめだったのだろう。それがどのような形でもかまわなかったと。
 しかし、その役目をイザークが奪ってしまった。
 その上、アスランの地位はナチュラルの友人や自分たちとほぼ同じランクになってしまったのだから、彼にしてみれば余計になのかもしれない。
「……キラさん、女の子ですしね、今は……」
 キラに対する執着を恋情と錯覚しても仕方がない、とニコルは口にする。だが、それを本人が受け入れないのだから、諦めるべきだろうとも。
「そもそも、あいつが自分の気持ちを間違えているからまずいんだって……」
 二人が抱いている感情の前提が違うのだ。
 アスランがそれを理解しない以上、いつまで経っても擦れ違いが修正できるわけがないのだ。
 だが、それでもキラは必死に歩み寄ろうとしてあがいている。
 側で見ていて、それがわかるからこそ、ディアッカは歯がゆいのだ。
 キラの態度が、ではない。
 アスランの考え方が……だ。
「ラクス嬢も、今回思い切った行動を取ったと思ったが……それでも、あのバカの目を覚まさせることが出来なかったしな」
 あるいは、永久に無理なのだろうか。そんなことすら考えてしまう。
 だが、それではキラのためにならない。
「どうすりゃいいんだろうな、マジで」
 アスランが変わるのが無理なら、引き離すしかないだろう。
 しかし、それでは根本的な解決にならないことは分かり切っていた。
「……ともかく、この戦争を終わらせないと……ブルーコスモスだけでもかたづけないと、キラさんが保ちません」
 それがなくなるだけでもマシだろう、とニコルは口にする。
「そうだな。本国に連れて行くにしても、あいつらにばれたら絶対に襲撃されるに決まっている。だからこそ、彼女をバナディーヤで保護することに本国も同意をしたのだ。
「となると、今回の作戦は本当に重要なんですね」
 言葉と共にニコルは表情を引き締める。
 その時だった。
「クルーゼ隊長! 申し訳ありません! 大至急、コクピットまでおいでいただけますか?」
 輸送隊の兵士が引きつった表情で彼らの前に姿を現す。
「何か?」
 それとは逆に、クルーゼは相変わらず表情を変えることなくシートから立ち上がる。そして、そのままコクピットへと向かっていく。
「……何かあったのか?」
 嫌な予感、を感じつつディアッカは言葉を口にする。
「でしょうね……動けるようにしておいた方が良いかもしれません」
 それにニコルも頷いて見せた。



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イザークとアスランの違い。それは、周囲を見回すことが出来る余裕があるかどうか、なのかもしれませんね。そして、それができる相手だからこそ、キラは恋をしたのかも。
アスランがそれを自覚できればいいんだろうけど……無理でしょうね、この話のアスランは。