予想以上に疲れていたのだろう。いつの間にかうとうととしていたらしい。部屋の中が暗くなっていることにキラは気がついた。
 しかもだ。
 胸に布団ではない重みがある。
 そう思って、視線を向ければ、意外なことにイザークがうたた寝をしていた。
「イザークさん?」
 キラが知っている彼は、そんな無防備な姿をさらすような真似はしない。いつも凛としていて、隙がないのだ。
 しかし、その力に満ちた瞳を閉じていれば、彼の顔は母であるエザリアにうり二つだと言っていいだろう。それでも『どちらが好きか』と問われれば『イザーク』と答えるだろう、自分は。
 ここまで考えた瞬間、キラは顔が熱くなるのを感じてしまった。
「何、考えているんだろう、僕は……」
 それを振り払おうとするかのように、キラはこう呟く。
 だが、そうすれば別の欲求が湧き上がってくる。そして、それを抑える気力は今のキラにはなかった。
「もう少し、起きないでくださいね」
 聞こえているかどうかわからない相手に、キラはこう囁く。そして、そうっと手を伸ばすとイザークの髪に指を絡めた。
「さらさら」
 少し手を持ち上げれば指の間をすり抜けていく銀糸の感触に、キラは思わず感嘆の声を上げる。
 それを飽きもせず何度も繰り返していたときだ。
 不意にキラの手首をイザークの指が掴む。
「イザークさん!」
 驚きと同時に、起きてしまったのか、とキラは残念に思う。
「くすぐったいだろう?」
 本当に寝起きなのかもしれない。少しかすれた声でこう告げながら、イザークがゆっくりと体を起こした。そしてそのまま真っ直ぐにキラの瞳を覗き込んでくる。
「それに、そんなことをされていると、また、キスをしたくなる」
 そのまま少し潜められた声でこう囁かれれば、キラはまた自分の顔が熱くなってしまったことに気づく。
「……イザークさん……あの……」
「心配するな。約束はちゃんと守る」
 低く笑いながら、イザークはゆっくりと体を起こした。それでも、彼はキラの手を解放してくれようとはしない。
「どうせなら、こちらに触れて欲しいな」
 キスはしないから……といいながら、イザークはキラの掌を自分の頬へと触れさせた。
「……温かい……ですね」
 そこから伝わってくるぬくもりに、キラはこう呟く。
 自分より体温が低かったのだろう。アスランに触れてもひんやりと感じた、ということをキラは今でも覚えている。
「お前もな」
 生きていてくれる証拠だな、イザークは笑う。それにキラは困ったように微笑み返した。

「……やっぱり、入れないな……」
 ドアの外で、ディアッカがこう呟く。
「やっぱり、といいますと? こういう状況は初めてじゃないのですか?」
 それをしっかりと耳にしたニコルが、こう問いかけてくる。その声の後ろに微妙に怒りが滲んでいるような気がするのはディアッカの気のせいではないだろう。
「っていうか……さっきもな。キラに飯を食わせて、俺はイザークに報告を……と思ったんだが、こういう状況でさ。さすがに、途中で離れたけどな」
 デバガメをする趣味はない、とディアッカは慌てて言い訳をした。
「それにしても……キラさん、顔が赤いですが……そう言うことでしょうか……」
 隙間から中を覗いていたのだろう。シホが小さな声で呟く。
「シホさん」
 まさか、一件まじめそうな彼女がそんなことをするとは思わなかった、というようにニコルがため息をついた。
「趣味ではありませんが、ラクス様やエザリア様、それにアイリーン様に、お二人の状況を報告するように頼まれているので……」
 慌てたようにシホがこう囁き返してくる。
「それに、私としても、イザーク・ジュールといるときのキラさんが可愛らしい、と思いますし……安心していらっしゃるようですから……」
 応援をしたくなる、とさらに付け加えた。
「だよなぁ……イザークもあんな態度で思い切り純情だし……だから、安心して二人きりに出来るって言う話もあるが……」
 ここまで安心していていいのか、とディアッカはため息をつく。
「一応、男と女なんだよな、あいつらも……」
 そういう関係になったとしてもおかしくはないはずなのだ。いや相手がイザークでなければ絶対まずかったに決まっている。アスランだったとしたら、無条件だったはずだ。
「……エザリア様はそれを期待しておられたようですが……」
 キラのためにはイザークの理性に感謝するしかないな、と彼女は笑いを含ませながら付け加える。
「エザリア様も……」
「……それだけ、キラさんを気に入っていらっしゃると言うことでしょう……」
 既成事実を推奨するな、と二人はため息をつく。もっとも、それは実際に話を聞かされたシホが言いたいセリフだったのではないかとも思ってしまった。彼女のこの口調では、もっと際どいことまで言われているのではないか、と思うのだ。
「まぁ、脇であれこれ言っても仕方がねぇだろう? あいつらの問題だし」
 見守るぐらいしかできないか……とディアッカは結論を出す。
「そうですが……いっそ、婚約だけでもして頂けると、牽制にはなると思うんですよね」
 ニコルがぼそりとこういった。それが、誰に対する牽制か……というのは聞かなくてもわかる。
「ラクス嬢も、思い切った行動に出たもんだしな」
 まさか、アスランをあんな形で縛り付けようとするとは思わなかった。そして、彼にしてもそれは無視できないものだったのだろう。あの表情を見ていればそれが伝わってくる。
「僕たちよりも、女性陣の方が行動力があった、ということですね」
 ラクスはもちろん、彼女に連絡を取ったフレイもそうだろう。
 そんな彼女たちがいてくれるからこそ、自分たちはある意味安心できるのだが、とディアッカは心の中で付け加えた。
「そして、悪いがハーネンフースにはこれからがんばって貰わないといけないな」
 俺達の分も、とディアッカは付け加える。
「明日になれば、俺達は移動だ。イザークも残るが、怪我のこともある。バルトフェルド隊やフラガ氏もかなりあてにできるだろうが、一番あてにできるのはお前さんの実力、ということになる」
 だから、がんばってくれ……とディアッカが口にすれば、
「もちろんです。あなた方ほどではないでしょうが、私も《紅》のプライドを持っています。それに、私はキラさんを守るためにここにいますから」
 言われなくても、全力を尽くす……と彼女は自信ありげな笑みを返してきた。
「ラクス様やフレイさんに負けていられません」
 さらに付け加えられた言葉に、ディアッカは満足そうに笑う。
「キラさんは、本当に女性陣に守られていますね」
 傷つけないようにします、とニコルもまじめくさった口調で告げる。次の瞬間、三人の口から笑いがこぼれ落ちた。


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この二人は(笑)
それ以上に、エザリアママンが怖いですねぇ。っていうか、既成事実が出来た瞬間、嫁にする気でしょう、彼女は。そんなことを監視するように頼まれたシホが一番可哀相です。