「アスラン、出てください」 まだ出発まで時間があるだろうに、ニコルがこう言って独房のドアを開けた。 「……何かあったのか?」 クルーゼのことだ。自分がまたキラを連れ出したりしないように、出発の瞬間までここから出すわけがない。アスランはそう考えていた。それなのにどうして、と。 「本国から……貴方宛に通信が入っています」 その答えをニコルはあっさりと教えてくれた。 ということは、父だろうか、とアスランは思う。普通であれば、謹慎中の相手を通信に出すわけがないのだ。だが、相手がパトリックであれば、クルーゼもバルトフェルドも妥協しないわけにはいかないだろう。 「そうか」 そして、それは自分も同じだ。 アスランは小さくため息をつくと開け放たれた扉の方へと歩み寄る。そのまま外へ出れば、ニコルとディアッカの他にバルトフェルドの副官と紹介されたダコスタの姿もあった。 おそらく、自分が逃げ出すことを警戒しているのだろう。 まだ、先ほどの一件から時間が経っていないのだ。 だが、ともアスランは思う。キラが体調を崩しているというのに、自分がそんな真似をするわけがないのだ。それがどうして彼らはわからないのか、とも思ってしまう。 どちらにしても、今回の一件でニコルも味方とは言いがたい状況になってしまったのは事実だ。 その原因を作ってくれたあいつらにはそれなりの礼をしなければならないだろう。 戦艦特有の無機質な通路を歩きながら、アスランはそう考える。 キラの気持ちを完全に自分に向けさせることが出来たはずなのに、と、悔やんでも悔やみきれないのだ。 そうできていれば、今頃、自分はこんな場所ではなく、キラの側にいられただろうとも。 自分にとって、それだけが望みだったのだ。 そして、それは成功するはずだった――奴らさえ現れなければ――とアスランは信じていた。 その間にも、彼らは目的地と思われる場所へと近づいていく。 「隊長。アスラン・ザラを連れてまいりました」 ブリッジではないそこは、バルトフェルドの執務室だろうか。予想以上に狭苦しい部屋に足を踏み入れながら、アスランはそんなことを考える。同時に、そこに彼だけではなくクルーゼやフラガ。そして、フレイの姿もあることに彼は気づいて眉を寄せた。 「フラガ氏に関しては、彼女のご希望だよ」 アスランのその表情に気がついたのだろう。堅い口調でバルトフェルドが答えを教えてくれる。それで、通信の相手がパトリックではない、とアスランにもわかった。 では、いったい誰なのか。 相手がわからなくて、アスランはさらに眉を寄せる。 「さて……お忙しいのにこれ以上お待たせするわけにはいかないか」 バルトフェルドの言葉を合図に、傍らにいた兵士の一人がすかさず通信機を操作した。 次の瞬間、モニターに柔らかなピンクが映し出される。それの持ち主が誰であるのか、確認しなくてもわかる。 「ラクス……」 だが、どうして彼女がここに通信を入れているのかがわからない。 いや、彼女の立場であれば十分可能だ、と言うことはわかっているのだ。しかし、普段の彼女であれば、戦場で戦いの場に出ているかもしれない場所に連絡を入れてくるとは思えない。 つまり、何か緊急の用件がある、ということだろう。 『お久しぶりですわね、アスラン』 厳しい口調でラクスがアスランに呼びかけてきた。 『本当に、どの面下げて……と申し上げたいところですわね。貴方のストーカーぶりは』 さらにこう付け加える彼女にアスランは眉を寄せる。 「あいさつにしてはずいぶんではありませんか、ラクス?」 だが、アスランにしても負けてはいられない。 「誰がストーカーですか、誰が」 これだけは譲れない、とアスランは問いかける。 『貴方に決まっているでしょう?』 いやですわね、とラクスは真顔で言葉を口にし始めた。 『ご本人の同意を得ないで連れ回したり、無理矢理押しかけたりしている方をストーカーといわずに何というのですか? 横恋慕男とでも?』 ケンカを売っているのだろうか。 「ラクス!」 まさか彼女がこんなセリフを口にするとは思っていなかったらしいニコル達は、呆然と成り行きを見つめている。 『それとも、朴念仁? どちらにしても、貴方がなさったことが、キラにとって良くないことだ、というのは否定できませんでしょう』 違います、とラクスはアスランに詰め寄ってきた。 「私だけのせいではない、と思いますが?」 『原因を作ったのが貴方なのであれば、責任も貴方にありますわ』 実際、キラは今はベッドに縛り付けられているではないか、とラクスはアスランを睨み付けてくる。 『そのままであれば、キラに見限られたとしてもおかしくありませんわね。いや、彼女だけではありませんわ。みなさまにそう思われてもおかしくないですのよ、アスラン・ザラ。第一、貴方がキラのことで命令違反を繰り返していれば、その咎がキラにも飛び火するとは思っておられませんでしたの?』 最低ですわね、と彼女は言い切った。 『本当に……貴方のような方と結婚をしなければならないなんて……義務とは言え、辛いですわね』 彼女に一言ぐらい言い返してやらなければ……と思っていたアスランの耳に、信じられない言葉が届く。 「ラクス……何の話ですか?」 いや、何の冗談なのだ、とアスランは彼女をにらみ返した。 『私たちは対の遺伝子を持つ者。私たちの結婚は義務だ、ということをお忘れになったわけではありませんでしょう?』 確かにそう言われていた。だが、それは自分の中では終わった話だった、とアスランは思っていた。実際、パトリックには彼女との婚約を解消して欲しい、と願い出ていたのだし。 「それは、終わった話です」 『いいえ。現実です。今度、地球で行われる大きな作戦が成功し、貴方が帰国なさったときにはすぐ、私たちの結婚式を行う事になります』 そして、それは決定事項なのだ、とラクスは言い切った。 「ラクス・クライン!」 『私は怒っておりますのよ、アスラン。貴方が友人としてキラの側にいるのであれば、妥協しました。キラの希望はそれでしたもの。ですが、貴方は彼女を傷つけた。私の、大切な妹を、です』 だから、公的に縛り付けることにしたのだ……とラクスは口にする。自分と結婚をした後でもキラを追いかけ回すことは出来ないだろう、と。 『それだけで溜飲を下げられるわけではありませんけどね。ニコル様、ディアッカ様、お願いがありますの』 ラクスが不意にアスランの背後にいた二人に声をかける。 「何でしょうか?」 『アスランを押さえつけてくださいません?』 にっこりと微笑みながら二人にこうお願いの言葉を口にした。 「かまいませんが……」 理由がわからない、という様子で言葉を返しつつも、ディアッカとニコルは左右からアスランを押さえつける。 『フレイさん。そう言うわけですので、私の分も遠慮なくひっぱたいてくださいませ』 ラクスが微笑みと共にこう告げた。それに促されるようにフレイが歩み寄ってくる。次の瞬間、アスランの頬に彼女の小さな手が赤い痕をつけた。 ラクス、男前(苦笑) さすがに、放送禁止用語を彼女に言わせるわけには行きませんでした(^_^; しかし、これでアスランの暴走が止まるかどうかは思い切り不安です。 |