「……窒息をするぞ。顔を出せ」
 毛布に頭まで潜ってしまったキラに、イザークはそう声をかける。だが、微かに覗いている亜麻色の髪が、いやだというように横に揺れた。そしてそのまま、キラはさらに毛布の中に潜り込んでしまう。
「キラ、どうしたんだ?」
 そんなキラの反応がどうしてなのか、イザークにはわからない。わからないが、気にかかってしまう。
「どうして隠れる?」
 言葉と共にイザークはイスからキラが眠っているベッドへと移動をする。そして、無事な方の手をついて上からキラを覗き込んだ。
「顔を見せてくれないか?」
 頼むから……と優しい口調で告げる。顔を見ていなければ不安だ、とも付け加えた。
 こんなセリフをディアッカが口にする光景は過去に何度も見たことがあった。だが、自分がそれを使うことになるとはまったく思ってもいなかった。それでも、キラの菫色の瞳を見られるなら、かまわない……とイザークは思う。
「キラ」
 自分でも信じられないくらい甘い声で、イザークは毛布の中に籠もっている相手の名前を呼ぶ。
 それが効いたのだろうか。
 おずおずと毛布が下げられる。それでも、キラは自分の目の下あたりまでしかイザークに見せてくれなかった。
「顔が赤い……熱が?」
 目元が染まっているのに気づいて、イザークはキラへと手を伸ばす。そうすれば、ますます彼女の顔が赤く染まってしまった。
「キラ?」
 本当にドクターを呼んだ方が良いのではないか。イザークはそう考えて腰を浮かしかける。だが、そんな彼の手をキラの指が掴んできた。
 しかし、それはキラ自身が意識して行った行為ではなかったらしい。本人も呆然としているのがわかる。
「……何処にも行かないぞ、俺は。ドクターを呼び戻すだけだ」
 体調が悪いのであれば直ぐにでも見て貰わなければいけない、とイザークはさらに言葉を重ねた。
「……違います……」
 キラがか細い声でこう告げてくる。
「キラ?」
 何が違うというのだろうか、とイザークは小首をかしげた。
「……単に、イザークさんの顔を見ているのが恥ずかしいだけで……」
 もごもごと呟くと、キラはまた毛布の中に潜り込もうとする。
「俺の顔を見ているのが恥ずかしい?」
 いったいどうしてだと、イザークは思わず首をかしげてしまう。さっきまでは普通に視線を合わせていただろと、そう思うのだ。
 だが、キラは急に毛布に潜り込んでしまったし……と。
 その前に、自分が何かをしただろうか。イザークは記憶の中を探って、その答えらしきものを見出してしまった。
「……別段、恥ずかしいことではないだろう? どんなお前でも、俺は可愛いと思う……ただ、どうしても、というのであれば、許可が得られないうちは、もう何もしない……」
 個人的には不本意だがな……とイザークはさりげなく付け加える。
「……そう言うこと、言わないでください……」
 恥ずかしいから、と付け加えるキラの声が涙で濡れていたような気がしたのは、イザークの錯覚ではないだろう。
「わかった。だが、俺はお前の顔を見ていたいからな。出来るだけ早く、出てきてくれ」
 そうすれば安心できる。この言葉には、キラも小さく頷いて見せてくれた。

「……入れねぇな……」
 ドアの外で、ディアッカがこう呟く。
「そうですね……」
 この言葉に、サイが苦笑を返してきた。
「キラにご飯、食べさせたいんですけどね……」
 というか、食べさせないとアイシャとフレイに怒られる……と彼は付け加える。
「だよなぁ……少しでも食べさせないと、ますます細くなるよな、キラ……」
 もっとも、今日の一件で食欲が出るかというと疑問だが。ディアッカはそう考えつつ、サイが手にしているお盆へと視線を向けた。そうすれば、彼女が好んでいるさっぱりとした料理が並んでいることに気がつく。
「とりあえず、キラが好きな献立を作って貰ったんですけどね。どれか一つでも食べてくれればいいかなって」
 その視線に気がついたのだろう。サイが何処かはにかんだような笑みを浮かべつつ言葉を口にする。
「こういう事はよく知っているつもりなんですよね、俺も……カレッジ時代からのつき合いですから」
 さらに付け加えられた言葉に、ディアッカは、彼もまたキラが守りたかった友人の一人だったのだ、と思い出す。そういえば、あの時顔を見た覚えがあるとも。
「ただ……恋愛関係の話は出来ませんでしたよねぇ。あの頃も……っていうか、何か、タブーだという空気があって……」
 ふっと彼は遠い目をする。
「……それって、キラに彼女がいなかったから……ってだけじゃなさそうだな……」
 その表情の陰に、何か複雑なものを感じ取ってディアッカはこう問いかけた。ついでに、ヘリオポリスにいた頃のキラの話を聞き出しておけば、イザークに教えてやれるだろう、とも思ったのだ。
「えぇ。彼女がいないだけなら、もう一人いましたから。コーディネイターだからと言うわけじゃないでしょうけど、キラって、めちゃくちゃその手のことに鈍かったんですよね」
 というよりも、遠慮をしていたのかもしれない。彼はこう付け加える。
「自分がコーディネイターだから、か?」
 キラならそう考えても仕方がない。だが、それはオーブでも偏見と差別がある、という証拠なのではないか。ディアッカは思わず眉間に皺を寄せてしまう。もっとも、そうではない存在もいる、ということは目の前の相手でわかってはいるが。
「そこまでは……ただ、勝手にキラを好きになって大騒ぎをしたバカがいたのは事実です」
 だから、余計に……とサイはため息をつく。
「……それって……男だろう?」
 苦笑混じりに問いかければ、サイは頷き返した。
「そのせいで、俺らもキラの前でその手の話が出来なくて……元々、キラはそっち方面では最低限の知識しか持っていなかったんですよね……」
 今は、誰のせいかは理解できたが……とサイは付け加える。
「あれ、か……」
 それが誰を指してのことか、ディアッカにもわかってしまった。
「でしょうね」
 あの頃から、キラに恋情を抱いていたわけではないだろう。だが、二人ともナチュラルの中では目立ちすぎる。だから、そういう対象であったのではないか、という予測は十分に出来た。そして、キラの性格を考えればつけ込まれそうになったことも一度や二度ではないはずだ。
「それに関しては、否定するつもりはないが……」
「……経験はともかく、もう少し知識だけは付けておくべきでしたね」
 室内からもれ聞こえる会話に、二人は同時にため息をついてしまう。
「イザークも……あれで純情だからな。経験がないわけじゃないのに、さ」
 本当は、イザークの方がリードをしなければならなのだろうに……とディアッカは呟く。
「キラには、今の方が良いと思いますけどね」
 早急に物事が進められれば、絶対パニックを起こすから、とサイが言い切る。それはそうかもしれない、とディアッカも思う。
「しかし、入れねぇな……」
「……入れませんねぇ」
 そしてまた、このセリフに戻ってしまう二人だった。


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書いている本人が疲れました(^_^;
いいのかこんなのを書いて……と言いつつ、楽しかったのは事実です。といいつつ、今回書きたかったのは、サイとディアッカの会話でした。