「……脳波も心拍数も心配はいらない。ただ、少し熱が高いね。今日は無理をせずにベッドにいなさい」 いいね、と確認をしてくるドクターに、キラは小さく頷いて見せた。 「……あの、イザークさんは?」 それでもこれだけは確認したい、とキラは彼に問いかける。 「大丈夫だよ。重要な血管は傷ついていなかったし、弾も綺麗に抜けていたからね。むしろ治りが早い」 普通のコーディネイターである彼であれば、一週間もあれば元通り動けるようになるだろう、とドクターは微笑みをキラに向けた。 「それよりも、君の方が心配だね、私は……熱が下がらないようであれば、無理をしてでもまた本国へ戻って貰わなければならないだろう」 それが危険だとわかっていてもだ。彼はそう告げる。 「……ごめんなさい……」 自分の行動のせいで、ドクターにも迷惑をかけてしまった。そう判断をして、キラは首をすくめる。 「君が謝ることではないだろう? 今回の一件に関してだけ言えば、君のせいではないのだから」 違うかね? と彼は付け加えた。 「でも、僕が彼をあんな行動に走らせたのですから……」 やはり自分のせいなのだろう、とキラは思う。 でなければ、あのアスランが、こんな行動に出るわけがないのだ。 「それは、あいつがバカであきらめが悪いからだ」 キラがさらに言葉を重ねようとしたとき、玲瓏な声がドアの方から響いてくる。それが誰のものかなど、確認しなくてもわかった。 「イザークさん」 無意識のうちにキラの口元に微笑みが浮かぶ。どうやら、彼は動ける程度の怪我だったらしい――といっても、同じ怪我を今のキラがすれば、命に関わったかもしれないが――という事実を確認できたことが、キラを安堵させたのだ。 「だから、あいつのことは気にするな。ラクス嬢が代わりに怒ってくれそうだしな」 言葉と共に、イザークは優しげな笑みを浮かべる。その表情のまま、彼はキラの脇に腰を下ろしていたドクターへと視線を移した。 「キラの側には自分が付いています。ドクターはお休みください」 奴らのあの言葉から推測すれば、ここはまた戦場になるかもしれない。イザークはきっぱりとそう告げる。そうなれば、ドクターも忙しくなるだろう、と。 「そうだな。そうさせて貰おうか」 イザークの言葉の裏に何かを感じ取ったのだろうか。ドクターが口元をほころばせながら腰を上げた。 「ただし、君も無茶はしないこと。傷口が開くようなことがあれば、即座にベッドに縛り付けさせて貰うからね」 そうすれば、キラの顔を見ることも出来なくなるな……と彼は意味ありげに笑う。 「ドクター……」 次の瞬間、イザークの声が微妙に低くなった。 「からかうのはここまでにしておこう。だが、本当に無茶はしないこと。でないと、いざというときに動けないぞ」 それだけは言っておく、とドクターはまじめな口調でこう告げる。 「わかっています」 イザークもまた、まじめな口調で言葉を返した。それを確認して、ドクターは部屋を出て行く。代わりに、イザークが先ほどまで彼が腰を下ろしていたイスに座る。 「心配をかけたな」 言葉と共に、彼がそうっとキラの頬に触れてきた。 「……僕の方こそ……イザークさんに怪我を……」 「気にするな、といっただろう? お前の体が傷つくよりはよっぽどいい」 キラの言葉を途中で遮って、イザークは微笑む。 「だが、悪いと思っているなら……ちょっと目をつぶっていてくれ」 イザークが微かに頬を染めながらこう告げる。その意図がわからないものの、言われたとおりにキラは瞳を閉じた。 「いい子だな」 次の瞬間、何か柔らかいものがキラの唇に触れた。 「……キラは、無事なのですね?」 怒りを押し隠せない……という表情でラクスは目の前の相手に問いかける。もちろん、彼が悪いわけではないこともわかってはいたが、それでも事態を止められなかったと言うことが許せないのだ。 『もちろんだよ、ラクス嬢。少し熱が出ているが……イザーク・ジュールが側にいる。直ぐに落ち着くだろう』 そんなラクスの怒りを平然と受け止めると、バルトフェルドがこう言い返してくる。 『それにしても、どうしてこの事を?』 プラントと地球では距離があるし、今回のことは出来るだけ内々で収めようと思っていたのだ……と彼は問いかけてくる。 「フレイさんから相談を受けましたの。アスランが二度とキラに手を出さないようにさせたいが、どうすればいいのかと」 怒らないであげて欲しい、とフレイは付け加えた。彼女が頼れる人間は自分だけだったのだろうから、と。 『当たり前ですよ。あの子もキラのことを心配していましたからな』 そう言うところも可愛いのだ、とバルトフェルドは笑った。その表情からすれば、彼も彼女がそういう行動に出るだろうと予測していたのではないか、と思う。 『あの子にアスランを殴らせる……とクルーゼ隊長もおっしゃっておりましたし……もっとも、後始末で今はそれどころではないのですがね』 この言葉に、ラクスは眉を寄せる。 「何か、ありましたの?」 彼がそういうのであれば、何か厄介な事態があったのかもしれない。そうならば、これ以上彼の時間を奪うのはいけないのではないだろうかとラクスは思う。 『予想外の人間が、キラに一目惚れをしたらしいのですよ……もっとも、アスラン以上に渡せない相手ですが』 アスランであれば、まだキラの命は保証されそうだ。もっとも、それが彼女の望みと違っている以上、認めるわけにはいかない、とバルトフェルドは付け加える。しかし、今回の相手はそうではないのだ、とも。 『しかも、アスラン以上に実力行使に出そうな相手でしてな。現在、体勢を整えているところです。もっとも、今回の一件の責任を取って頂いて、クルーゼ隊長に押しつけさせて頂いていますがね』 だから気にするな、とバルトフェルドは笑う。 『現在、僕の一番の役目は、今にもアスラン・ザラを殺しに行きそうなアイシャを止めることですしね』 冗談めかしているこのセリフにラクスもようやく愁眉を開いた。 だが、それも一瞬のことだ。 「私が、アスランと話をすることは出来るでしょうか。何を置いても言っておきたいセリフがありますの」 直ぐに表情を引き締めるとラクスはこう言い切る。 『アスラン・ザラ……にですか? キラにではなく?』 「えぇ。アスランにですわ」 キラの顔を見れば、間違いなく泣いてしまうだろう。あるいは、彼女の行動をせめてしまうかもしれない。それが、多くのものの命を救うためだったとわかっていてもだ。 だから、今は間接的に彼女の無事を確認するだけで良いことにしよう。 ラクスはそう考えていた。 「私の婚約者でありながら、私の大切な相手を傷つけようとしてくれたのですもの。文句の一つでも言ってやらないと気がすみませんの」 本当は頬を叩いてやりたいのだが、この距離では無理だろう、とラクスは可愛らしい笑顔を浮かべつつ口にする。 『そう言うことでしたら、善処させて頂きましょう。ただ、今すぐ……というのはさすがに無理ですが……』 「かまいませんわ。今日明日は暇ですの。いつでも、ご都合がよいときにご連絡をくださいな」 さらに笑みを深めるとラクスは言葉をつづった。そうすれば、バルトフェルドもまた頷き返す。 『では、出来るだけ早い時間に』 この言葉と共に、彼は通信を終わらせる。もっとも、それをとがめ立てする気はラクスにはない。彼が多忙を極めているとわかっているのだ。 「許しませんわよ、アスラン。今回のことだけは」 だから、覚悟しておくがいい。ラクスの笑みが凄艶なものへとすり替わっていく。だが、それを目にした者は誰もいなかった。 イザーク、貴方は……まぁいいですけどね(苦笑) そして、ラクス参戦です。何をする気なのか。楽しみですね……って、書くのは私ですか(^_^; |