仲間達に囲まれながら、アスランはクルーゼの前へと進んだ。
「アスラン」
 そんな彼に向かって、クルーゼが厳しい声を投げつけてくる。それは、彼が本気で怒っているという証拠だろう。
「君は、我々の命令を何だ、と思っているのかね?」
 冷静のように感じられる口調の端々にもそれは感じられた。
「……私は……キラを諦めることが出来ません。ただ、それだけです」
 だが、アスランにしてもこれだけは譲れない、と言うものがある。そして、そのためならどのような手段を使ってでもかまわない、と思うのだ。
「そのために、彼女が死んでも、かね?」
 しかし、クルーゼは糾弾の手を止めてはくれない。
「キラを死なせるつもりは全くありませんでした」
 あの時、あの連中さえいなければ……とアスランは心の中で付け加える。そうであれば、今頃はもっと別の状況になっていたはずだ。アスランはそう信じていた。
「だが、結果的に、イザークは怪我をし、キラ嬢もまた微熱が出ているそうだ」
 それらは全て、アスランが引き起こした事態が招いた結果だ、とクルーゼは口にする。そう言われてしまえば、アスランには返す言葉はない。
 それでも、元はと言えば、彼らが自分とキラを引き離すような行動を出たからいけないのだ、と思う。
「あいつらが、いたからです」
 アスランはきっぱりと言い切る。
 もっと自由に――それこそ、昔のように――キラと話が出来れば、こんな事態を引き起こさなくてもすんだはずだ。
 だから、責められるのは自分だけではないはず……とアスランは考えている。
 そのせいだろうか。
 彼はクルーゼが直ぐ側まで歩み寄っていることに気がつかなかった。そして、彼が右手を大きく振りかぶっていることも。
 次の瞬間、破裂音と共にアスランは頭の芯がぶれる感覚を味わっていた。一瞬遅れて、ようやく、アスランは彼に自分が殴られたのだ、と認識をする。
「……キラ嬢にとって、君の存在はマイナスだ。今後の面会は許可できない。出発するまで、独房に入って貰う」
 十分反省をするがいい。吐き捨てるようにクルーゼはこう告げると、ディアッカ達にアスランを連れて行くよう命じた。
「アスラン、今は大人しくしていてください」
「諦めるんだな、今回は。お前のミスだ」
 慰めだろうか。
 それとも戒めか。
 どちらとも取れる言葉を口にしながら、二人はアスランの腕を捕まえるとクルーゼの執務室から連れ出した。そのまま彼らが向かったのは、レセップスの最下層にある独房だった。
「食事は運びますし、キラさんの様子がわかればお伝えしますから……ここから出ないでください。いいですね?」
 アスランの背中を押しながらニコルがこう告げる。
「それが逆効果にならなきゃいいんだがな」
 元々イザーク側の人間だからか。それとも、キラを心配しているのか――何故か、キラは彼にも懐いているようだ。それに恋愛感情はないらしい、とはわかっていても気に入らないというのがアスランの本音でもある――ディアッカは疑いを隠さない。
「今は……何もしないさ。現状では、俺の行為がキラにとってマイナスだ……というのはわかっているからな」
 自分をかばって傷ついたイザーク。
 その原因を作った自分。
 キラが二人をどう考えているか、アスランには想像が出来る。だから、今はいったん引き下がるべきだろう、と理性では考えられるのだ。もっとも、それを感情が必死に反対しているが、アスランは無理矢理それをねじ伏せる。
「だが、俺は諦めるつもりはない。あいつには……そう言っておけ」
 アスランはその代わりに、こう口にした。
 もちろん、と言うべきなのだろうか。答えは返ってこない。
 ただ、ドアをロックする音だけが狭い室内に響き渡った。

「……キラ……」
 まだ鎮静剤が効いているのだろう。くったりとシーツに横たわっている。その様子が、フレイには心配でならなかった。こうして目を閉じていると、白くなってしまった肌と相まってキラは作り物のように思えるのだ。
 失われた命を惜しんで、名工が作った精巧なビスクドールのように。
 触れると壊れてしまいそうな気持ちを押し殺して、フレイはおそるおそる手を伸ばすと、指先でその頬を撫でる。
 そこから伝わってくるぬくもりが、彼女が生きている……と伝えてくれた。
「バカなんだから、あんたは……」
 安堵と共にこんなセリフがフレイの唇からこぼれ落ちる。
「あんな最低な奴、さっさと見限っちゃえばいいのに……」
 そうすれば、きっと楽になれるだろう。だが、それができないのも間違いなく《キラ》なのだ。
「でなきゃ、ちゃんと引導を渡せばいいんだろうけど……あのばか、聞く耳持たないものね」
 親友以上の関係にはなれない。
 考えてみれば、キラは何度も彼に訴えていたのだ。それは、自分がいない場所でも同じだったのではないだろうか。
「かといって……わたしの言葉じゃ、かえってキラを追いつめることになるだけだし……どうすればいいのかしらね」
 こう言うときに、力がない自分の存在がいやになる。というよりも、どうして自分はこんなに無力なのか、と。責めて自分が傷つけてしまった分、キラを守ってやりたいのに。
「あんたには、笑っていて欲しいのに」
 そのためであれば、自分はどんなことでも出来るだろう。
「同じ事を考えている人は多いのにね」
 その中には、プラントでの実力者もいる。そこまで考えたときだ。フレイの脳裏に、ある考えが浮かんだ。
「あの子なら……協力してくれるわよね?」
 そして、あのばかにがつんと言ってくれるのではないか。
 考えてみれば、婚約者だって言っていたし……とフレイは思い出す。
「そうよ。あの子なら何とかしてくれるわ。直接連絡は取れなくても、メルアドなら知っているもの、私」
 キラが目覚めるまでの時間にメールを書き上げられるのではないか。
 彼女に知られれば悲しまれるのは目に見えている。だが、メールならかまわないだろう。ハッキングが趣味とはいえ、他人のパソコンを意味もなく覗き込むようなキラではないのだから。
「そうしよっと」
 少しでも、この怒りを他人と分かち合いたい。
 その思いのまま、フレイはそうっとパソコンを起動させた。そして、今の感情を素直に打ち込んでいく。
 かなり私情に走っているような文になったが、彼女は納得してくれるだろう。
 キラに関わることだから。
 軽く読み直して、そのままフレイは送信をする。
「……んっ……」
 まるでそれを待っていたかのように、キラが小さな声を上げた。
「キラ?」
 パソコンを放り出すように置くと、フレイは慌てて彼女に駆け寄る。
「大丈夫? 気持ち悪くない?」
 矢継ぎ早に声をかけても、キラからの反応は返ってこない。あるいは、まだ完全に意識が覚醒していないのか。ともかく、ドクターを呼んだ方が良いだろう。そう判断をして、フレイは端末へと手を伸ばした。


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今回は、クルーゼさんにアスランを殴らせたかったのと、ラクス参戦のための布石です(^_^;
コテンパにしてやってください、あのばかを