最初から予定していたからか。 その光に視界を奪われる者はいなかった。 そのまま、四人はアスラン達が使っていたジープに乗り込む。 「いいの?」 アズラエルの隣に座ったシャニがこう問いかけてくる。主語もなにもないセリフだが、このままあの少女をおいていっていいのか、と彼が聞いているのだとアズラエルにはわかった。 「不本意ですが仕方がありません。居場所がわかったのですから、これから戻って、きちんと準備をしましょう」 いざとなれば、戦力を集中して、相手をつぶしていけばいいだけだ、とアズラエルは付け加える。 「あぁ、その時は、君たちにも活躍して貰いますよ? 彼女の顔を知っているのは君たちぐらいですし」 バカな連中に殺されては困る……とアズラエルは思う。 あの存在は、自分たちの――自分の掌の中にあってこそ有益なのだ。 どのような犠牲を払ったとしても、絶対に手に入れなければならない。 「それと……奴らの言葉が気になりますね……」 自分たちの側に来れば彼女が死ぬ。だから、渡せないのだ……と告げた言葉には忌々しいことに嘘は感じられなかった。 性転換、と言うことは、根本的に体を作り替えられた、と言うことなのだろう。それがどれだけの負担を体にかけるものなのか。正確には認識していなかったと言っていい。だが、あの様子では相当なものだ、と言うことは理解できた。 手に入れて、直ぐに死なれては面白くはない。 どうせなら、あきるまで側に置いておきたいではないか。 「もっとも、あの様子では何か方法がある、と考えていいのでしょうね」 だからこそ、プラント側は今まで彼女を隠していたのだ。 「あいつらに出来るのです。我々に出来ないはずはありませんからね」 でなければ、意味がない。 いや、奴らに出来て自分たちに出来ないことがあるなど認められない、と言うべきか。 それを証明するためにも《キラ・ヤマト》の存在を手に入れる必要がある。 同時に、彼女の頭脳は自分たちを勝利へ導くはずだ。だからなおさら、とアズラエルは改めて決意を固める。 「そうしたら、君たちにも彼女に触れることを許してあげましょう」 そういう意味でも欲しいでしょう? アズラエルは笑いを漏らしながらこう囁く。 「好きにしていいのか?」 即座にクロトがこう聞き返してくる。他の二人にしても興味と期待に瞳が輝いている。 「壊さなければね。あれの性格からすれば、どうやら、そういう深い仲になれば自主的に協力してくれそうですし」 愛玩物としては極上の部類にはいるだろう。 そう考えるだけでわくわくしてくるのはどうしてなのか。 「まぁ、手に入れてみればわかりますか」 それよりも、あれを手に入れるための算段を大至急しなければいけない。アズラエルはそう判断をして思考を切り替えることにした。 イザークの体はドクターに渡される。そして、てきぱきと肩の傷の治療が始められた。 だが、キラはまだ衝撃から抜けきれない、という様子でぼんやりとその光景を見つめているだけだ。 今にも倒れてしまうのではないか。 そんな不安すら感じられてならない。 「キラ、あいつは大丈夫だから……な?」 こう言いながら、フラガはそうっと細くなってしまった体を抱きしめる。もっとも、その仕草には、彼にしては珍しくセクシャルな意味はない。 ただ、彼女を慰めたい。 こう思う気持ちは、兄が妹に抱くものと同じなのだろうか。 自分の血縁と言えば、あれだけだから……さすがに比較は出来ない……と思いつつ、フラガはキラの顔を覗き込んだ。 「ドクターが手当をしている。このまま、レセップスに戻ればきちんとした治療も受けられるそうだ。だから、あいつは死なない。俺が言いたいことがわかるな?」 この言葉に、キラは涙に濡れた瞳を見開く。 「……でも……」 彼女の耳に、フラガの言葉はきちんと届いているらしい。そして、きちんと認識も出来ている。しかし、そこから先の思考が止まってしまうのだろうか。 「僕、のせいで……」 自分のために誰かが傷つくぐらいなら、自分が傷ついた方が良い。キラはそう考える人間だ。しかし、そのせいで安定してきた体調を崩しては意味がない。というよりも、イザークの行動が無駄になってしまう。 「キラ! おまえがそんなじゃ、あいつが報われないだろうが!」 仕方がない、とフラガは少しきつい口調で怒鳴りつける。 「好きな相手のために体を張るのが男だ! それはお前もわかっているだろう?」 だから、まずは自分のことを考えろ……と付け加えた。 だが、それがどれだけキラの耳に届いているか……というと疑問以外の何ものでもない。 いや。今の様子ではさらにパニックが大きくなってしまうのではないか、とすら思える。その理由は考えなくてもわかるだろう。わからない人間がいるとすれば、アスランとキラ本人だけかもしれない。その事実が、この事態を引き起こしたのだから。 だからといって放って置くわけにはいかない。 さて、どうするか……と内心ため息をつきつつ周囲を見回す。そうすれば、シホが手に何かを持って駆け寄ってくる姿が確認できた。直ぐ側まで来たときに、それが何かのスプレーだとフラガにもわかった。 そのまま、彼女は手にしていたそれをキラの口元に当てる。 「鎮静剤です。このままでは、キラさんの体に触りますから」 どちらに向けての言葉だろうか。 シホは囁くようにこう口にすると、キラにそれを吸わせる。 「おっと」 次の瞬間、フラガの腕の中で彼女の体が力を失った。慌てて、その体をしっかりと抱きとめる。 「……あまり良い方法じゃないが……今では最良の部類なんだろうな」 キラの体にとって薬が悪影響を及ぼさない、とは思う。そのようなものを彼らが渡すわけがないのだから。しかし、と思ってしまうのだ。 「ですね。本当はゆっくりとなだめて差し上げたいのですが……ここに何時までもいる方が危険ですし……」 キラがどれだけストレスを感じているのか。それがわからない以上、眠らせるのが一番だろう、とシホも苦虫を噛み潰したような表情で口にする。 「だな。帰ってからフレイも含めてなだめてやればいいだろう。それまでに、あちらの坊主の治療も終わるだろうし……」 アスランの処遇も出ているだろう。もっとも、こちらに関してはキラに聞かせない方が良いのかもしれないが、とフラガは眉を寄せた。 「キラさんは、イザークさんと私達の車へ……フラガさんはどうなさいますか?」 運転をしてくれるのならばありがたいが……とシホは言外に告げてくる。 「そうだな。人手はありそうだし……キラの側にいたほうが安心だろうしな」 いろいろな意味で……とフラガは笑う。 そして、そのままキラの体を軽々と抱き上げた。 「本当は、これは俺の役目じゃないんだろうが」 王子様が動けない以上、仕方がないか……と付け加えつつ歩き始める。 「イザークさんはわかっておられますよ」 そんなフラガの背中を、シホの苦笑を滲ませた声が追いかけてきた。 アズラエルの宣言が出てしまいましたねぇ……というわけで、さらに厄介事に。 フラガ兄貴は兄貴で大変そうですが……あの人は笑ってすませそうです。 |