「イザーク!」
 銃声が響いたのはわかっていた。
 そして、照準が甘かったのだろう。それが自分に向かっていたこともキラは認識していた。
 だが、それでもかまわないという気持ちがあったこともまた事実。
 自分のせいで誰かが傷つくくらいなら、自分が傷ついた方がましだ。
 そう考えていたのだ、キラは。
 だからといって、死にたかったわけでもない。死んでしまえば、自分の側にいてくれる人への裏切りになってしまう。そう考えていたことも間違いなく真実だった。
 覚悟を決めて、キラは痛みと衝撃に耐えようと瞳を堅くつぶる。
 だが、いつまで経っても衝撃は襲ってこない。それなのに、鼻腔には血の香りが広がっているのだ。
 アスランか……とも思うが、自分を戒めている腕の力は変わらない。
 では、いったい何が起こったのか。
 確かめるのは怖い。
 だが、確かめなければいけない。
 その思いのまま、キラは瞳を開いた。
 次の瞬間、視界に飛び込んできたのは、次第に赫く染まっていく銀色、だった。
「いやぁ!」
 状況を認識して、キラが悲鳴を上げる。
 どうして、彼が……と、信じられない思いで目の前の相手を見つめた。
「……無事、だな?」
 菫色と交差した薄水色の瞳が安堵と痛みに染まる。
「イザークさん!」
 彼が自分をかばってくれたのだ。そのことはキラにもわかる。だが、そのせいで彼が怪我をしてしまったのか、と思えば耐えられない。
「放して、アスラン!」
 崩れ落ちそうになる彼を支えなければ!
 その思いのまま、キラは自分を戒めている相手に向かってこう叫ぶ。同時に、その腕から逃れようとする。
 今までであれば、その程度では逃れることは出来なかった。逆に、さらに力を込められてしまうばかりだったはず。しかし、今はあっさりとその腕から抜け出すことが出来た。
 どうしてなのだろう。それを考えるよりも、今はイザークの方が優先だ。そう判断をして、キラはそのまま彼へ駆け寄ろうとした。
 だが、そんなキラを脇から伸びてきた腕が捕まえようとする。
「触らないで!」
 言葉と共にその腕をたたき落とす。
「キラに……汚い手で、触れるな……」
 同時に、イザークもまた、キラを抱き寄せた。
「イザークさん! 無理を……」
 次の瞬間、小さなうめき声を上げる彼を、キラは反射的に見上げる。同時に、少しでも彼が楽になるなら、とその体を支えようとした。
「お前が、無事ならば……それでいい」
 小さく笑いながらイザークはこう告げてくる。だが、その表情も直ぐに痛みのために歪む。
「イザークさん……」
 呼びかけと共に改めて彼の様子を確認すれば、肩から血が流れ出している。しかも、その血がキラにかからないように、と言うのか。彼は微妙に体をずらしていた。
「無茶を……」
 そんな彼の態度が自分のためだとわかっていても、何処か悲しいと思ってしまう。だが、それよりも先に彼の血を止めなければ……とキラはポケットからハンカチを取り出す。そして、半分に裂くと、それで傷口の少し上を縛ろうとした。
「……すまん……」
 キラの行動の意図が伝わったのだろう。イザークは体の向きを変える。だが、今度は反対側の手で銃を構えている。
「……僕のために、無理はしないでください……」
 応急処置をしながら、キラはこう呟いていた。

 アスランは、目の前の光景を認識できなかった。
 キラをかばって傷ついたのが、どうして自分ではないのだろうか。
 いや、それよりも撃たれるのは自分だ、と思っていたのだ。
 自分をかばって撃たれた、と知れば、キラのことだ。絶対、自分のことを意識してくれるに決まっている。あるいは、罪悪感からでも自分を選んでくれるのではないか、とアスランは考えていたのだ。
 ある意味、卑怯とも言える手段かもしれない。
 それでも、キラを手に入れられるならかまわない、と考えていたことも事実だ。心を直ぐには手に入らないかもしれない。だが、時間をかければ必ず……と信じていた。
 そして、それは成功するはずだったのに……邪魔が入った、と思ってしまう。
 いや、どうせならいっそ、そのまま死んでくれてもよかったのに……とまで考えてしまった。
 だが、それも一瞬のこと。
 血の気の失せた表情と震える指先で必死にイザークの手当をしているキラを見ていれば、どんなに気に入らない相手でも死なずによかった……と思い直す。
 もし、これでイザークが死んでいれば、キラの心から彼の面影を消すのは不可能だっただろう。
 そう考えれば、こうして彼が生きていてくれるのはありがたい、とも言える。
「……お前達の邪魔さえなければ……」
 だが、それと現在の状況を認められるか……という事実はまた別物だろう。
 本当は、自分があの立場だったのに。いや、そもそも、こんなところで彼らに追い付かれる予定ではなかったのだ。
 全てを打ち壊してくれたのは、地球軍と思われるあいつらだ。
 そう判断をして、アスランは怒りの全てをあの四人組にぶつけることにした。
「本当に、どうしてナチュラルのくせにコーディネイターになんか協力をするのでしょうね、貴方は……我々の言うことを聞いていれば、今頃は英雄だったでしょうに」
 金髪の男がフラガに向かってこう言っている声が聞こえる。
「よく言うぜ……部下を使い捨ての道具にしか考えていないくせに!」
 この言葉から、はやり男が地球軍の関係者なのだ、とアスランは理解をした。しかも、かなりの階級にいる者らしい。
「どうしてそんなことを言うのでしょうね。あなた方はあれには巻き込まれないように配慮したつもりですよ? その子をおびき出すために……あぁ、今からでも遅くはありません。彼女を連れて来て、これから我々に協力をするなら、今までの事はなかったことにしてあげましょう」
 悪い条件ではないと思いますが? こう口にする男が、自分の立場を理解しているのだろうか、とアスランは思う。それとも、フラガがその条件をのむと考えているのか。
 おそらく、後者だろうと思う。
「ムウさん……」
 キラが複雑な表情で彼の名を口にした。
「冗談じゃねぇ! 俺達は、彼女をお前らの道具にさせないためにここに来たんだ! 何を言われても戻る気はない!」
 むしろ、ここでお前を殺してしまえば話は終わるよな……と獰猛な笑いを彼は口元に刻んだ。
 つまり、そういう相手なのだろう。
「交渉決裂ですね……」
 バカは死ななければわからない、と言うことですか……と男は口にする。その口調に、まだ余裕を感じるのは気のせいだろうか。
「まぁ、今は引き下がりましょう。状況が悪いですからね」
 さらにこう付け加えた瞬間、今までぼうっとしていたシャニと呼ばれた少年が珍しく素早い動きを見せる。
 手にしていた何かを地面に投げつけた。
 次の瞬間、周囲をまばゆい光が満たす。
「キラ!」
 その中でも、イザークがキラの細い体を抱きしめるのがわかった。


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合流した瞬間にこれです(^_^;
ともかく、イザークは王子様、と言うことで……って何の意味があるのでしょうか。