「……あいつは……」
 ようやく、相手の顔が確認できるところまで近づいたとき、フラガは思わず我が目を疑ってしまった。
「どうかされましたか?」
 隣を進んでいたイザークがこう問いかけてくる。
「……俺の記憶が間違っていなければ……まずい奴がいる、と思っただけだ」
 こう答えながら、教えても良いものかどうか、とフラガは悩む。
「そう、おっしゃいますと?」
 だが、彼らはそうではないらしい。眉を寄せながらシホがさらに問いかけの言葉を口にした。
「……お前ら……先走らないな?」
 キラの命がかかっている以上、その確率は少ないだろう。だが、念のために、とフラガは確認の言葉を口にする。
「もちろんです」
「……作戦を失敗させるわけにはいかないからな……」
 何処か渋々と言った様子を見せつつも、二人は頷いて見せた。こういう態度を見せられれば、とりあえず安心か、と判断をする。二人とも、そう言う点では信用できるのだ。
「……一人だけスーツを着ている奴がいるだろう?」
 わかるな? と確認をすれば、二人は頷いてみせる。
「何でこんな場所にいるのかはわからないが……俺の記憶が間違っていなければあれが、ブルーコスモスの盟主、ムルタ・アズラエル、だ」
 次の瞬間、フラガの耳に二人が息を飲む音が聞こえた。
 それも無理はないのだろう。
 彼らにとって見れば――いや、フラガ達も同じ事だが――ブルーコスモスというのは、絶対相容れない存在なのだ。むしろ、憎悪の対象だと言ってもいいだろう。
「何故、そのような人物がキラさん達を……」
 その話が本当であれば、二人を生かしておくことがおかしいのではないか、とシホが口にする。
「……どうやら、側にいるのは地球軍の関係者らしいな……なら、理由がわからない訳じゃない」
 もっとも、それはキラにとって最悪のケースだろうが、とフラガは思う。
 彼女にとって一番のストレスが『大切な相手を戦わなければならない状況』に置かれていた、と言うことらしい。そして、今はザフト側にさらにそのような人物が増えた。だから、と思うのだ。
「あいつらのことだ。キラを連れ帰って、自分たちに協力させよう……と考えているんだろうよ」
 キラが作ったストライクのOSを見れば、そう考えたくなるのも無理はない。
 本当であれば、ストライクのそれを他の機体に流用したい、と思っていたのだろう。だが、あれは《キラ》が《フラガ》のためだけに作ったものだ。分析できたとしても、他の人間が扱うには難しい、としか言いようがない代物であるはず。
 しかも、キラのプログラムは独特で、コーディネイターでも完全に理解できないらしい。
 なら、ナチュラルの技術者では改変することも無理だ、としか言いようがないのではないか。となれば、連中が取れる選択肢は一つしかない。
「そんなことをしたら、キラさんの命が……」
 シホが飲み込んだ言葉が何であるのかもフラガには想像できる。
「だからこそ、だ。この作戦を失敗させるわけにはいかないんだ……」
 それについてフラガが言葉を口にするよりも早く、イザークがこう言った。
「……俺達が傷ついてもな」
 死ななければ、かまわないだろう……と付け加える彼の頭に、フラガは反射的に拳を落としてしまう。
「……フラガさん?」
 いったい何を、と当人ではなくシホが問いかけてきた。
「キラの性格を忘れてるぞ、お前は……あいつは、自分のために誰かが傷つくことが一番嫌いなんだ。状況次第では仕方がないことかもしれない。だが、最初からそんなことを考えているんじゃない!」
 わかったか、と口にすれば、イザークは小さく頷く。
「まぁ、俺としてはいいと思うぞ。キラが好意を寄せはじめたのがお前で」
 そんな彼にフラガは笑みを向ける。
「……そう言って頂けるのは、嬉しいですね」
 言葉を返してきたイザークがうっすらと頬を赤らめていることに、フラガは気づく。
「応援してやるから、頑張れ」
 まずはキラを救い出すことが先決だがな……と付け加えると、再び意識を前方に戻した。

「本当に強情ですね、貴方は」
 完全に侮蔑を隠さない口調で男が言葉を口にする。
「コーディネイターはナチュラルのために作られたのでしょう? どうして、大人しく言うことを聞かないのですか?」
 自分たちの言うことを聞くなら、存在を認めてあげることもやぶさかでないのに……とさらに男は付け加えた。
「なんですか、それは!」
 語るに落ちた、というのはこういう事を言うのではないか、とアスランが思う。
 同時に、キラが周囲の状況を判断できない状況である、と言うことがありがたい、とも。
 本来であれば、この男のセリフを聞かせてしまった方が良いのだろう。だが、今のキラには衝撃が大きすぎる。下手をすれば、その命に関わるかもしれない。
 そんな状況に追い込むために連れ出したわけではないのだ。
 少しでも、キラを連中から引き離し、冷静さを取り戻させたかっただけなのに、と唇を咬む。
「俺達は、両親から望まれてコーディネイトされたんですよ? あなた方の道具になるためじゃない!」
 こう言いながら、アスランはどうするべきか、本気で考えはじめた。
 このままでは、キラを連中に奪われてしまいかねない。だが、今のキラをかばって戦えるか、というと無理だ、という結論しか出ない。
 せめて、自分たちがジープの上にいれば可能性はあったのだが、現状では難しいだろう。
「第一、俺達がこうしているのは、自分でそうなるべく努力したからです!」
 勝手なことを言うな、と付け加えながら、アスランはさりげなく体勢を変える。
 少しでも有利な状況を作ろうと思ってだ。
 だが、そんなアスランの足下に銃弾が飛んでくる。
「動くんじゃない!」
 そして、赤毛の方がこう言ってきた。
「キラが苦しそうなんだから、仕方がないだろうが!」
 お前達のせいで体調を崩しているんだろうが、とアスランは言い返す。
「……それはいけませんね……シャニ?」
 彼女を……と男は口にする。
「だから、キラに触れるな! ますます具合を悪くなる!」
 お前らの存在が、キラにとってはマイナスなのだ、とアスランは叫んだ。
 同時に、自分が実は無力だった、と言うことをこんな状況で知らせられたくなかった、とも思う。
 どんなときでも、自分だけの力だけでキラを守れると考えていたのに、と。
 だからといって、今、キラを連中に渡すわけにはいかない。
 どうするか……とアスランが心の中で呟いたときだ。彼の耳に、車のエンジン音が届く。
 いや、アスランだけではない。連中の耳にもそれは届いたようだ。
 三人の意識が二人からそれる。
 その瞬間、アスランはキラの体を抱え上げた。そして、そのままその場を逃げ出そうとする。
「貴様!」
 周囲に銃声が響き渡った。


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無事にフラガ達が追い付いたと思えば、とんでもないことに……
コミケ前にアップしなくてよかったかも(^_^;