「マジ!」
 後部座席に立ち上がり、双眼鏡で前方を確認していたディアッカが不意に口を開いた。
「どうした?」
 その声の中に含まれている剣呑な空気に、イザークは言葉を返す。
 だが、彼は何かを言いよどむような態度を返してきた。
「はっきりと言え、ディアッカ!」
 その態度が気に入らない。そう感じた瞬間、イザークは思いきりブレーキを踏み込んでいた。
「おわっ!」
 予想もしていなかった急制動に、シートベルトをしていたアイシャはともかく、立ち上がっていたディアッカは大きくバランスを崩してしまう。コーディネイターでなければ、間違いなく車外に放り出されていたのではないだろうか。
「何するんだよ!」
「お前が答えないからだろうが!」
 ディアッカの当然の抗議を、イザークはこの一言で封じる。
「……でも、一言欲しかったわね」
 だが、そんなイザークもアイシャのこの言葉には反論することも出来ない。
「申し訳ありません」
 というより、完全に彼女のことが頭の中から抜け落ちていた、というのが本音だ。冷静になってみれば、そのことに関する慙愧の念が湧き上がってくる。
「まぁ、私も聞きたいって思うからいいんだけど」
 こう言いながら、アイシャは視線をディアッカに移した。
 いや、彼女だけではない。
 フラガ達もまた車を止めると近づいてきた。
「どうしたんだ?」
 その表情には何やら緊張した色が見える。
「……さっさと口を開け」
 でなければ、全員で糾弾するぞ……とイザークはディアッカを睨み付けた。こうなれば、彼としても妥協しないわけにはいかないらしい。
「……ニコル……イザーク、抑えとけ……」
 仕方がない、と呟きながら、ディアッカは年下の同僚にこう声をかける。
「ディアッカ?」
 だが、いきなりこう言われて、直ぐに動ける者がどれだけいるだろうか。声をかけられた本人だけではなく、他の者たちもまた呆然と彼を見つめてしまう。
「でないと、暴走しそうなのか、この坊主が?」
 一番最初に我に返ったのは彼だった。さりげなくイザークの側に歩み寄りながら、ディアッカに確認を求めている。
「まぁ……そんなところです」
 ディアッカもまた、素直に頷いて見せた。その事実に、イザークは反射的に彼を罵倒しようか、と思う。だが、直ぐにそういう事態を彼が目撃したのか、と思い直した。
「それで……何があったのですか?」
 ニコルもまたイザークの側で立ち止まると、彼に問いかけている。
「……キラとアスランが……知らねぇ連中に銃を向けられている……」
 ぼそぼそっとした口調でディアッカがこう口にした。
「なっ!」
 予想以上に厄介な状況に、誰もが言葉を失う。
「ただ、あくまでも威嚇であって、あいつらを殺そうとしている様子じゃなかったからな……下手に動かない方が良いか、と判断しただけだ」
「それは正しいわね」
 ディアッカの言葉にアイシャも頷く。ただ、その声にしっかりと怒りが滲んでいたが。
「……この人数で来て良かったわね。二手に分かれて動けるわ」
 でしょう? と言うアイシャに、誰も逆らうことが出来ない。それほどまでに彼女の身にまとっている空気は冷たいものだった。
「……キラが無事に戻ってくるのであれば、かまいません」
 だが、イザークにしても優先したいのはそれだけだ。自分が下手に動いて彼女が傷つくのであれば、今は我慢できる、とも思う。
「なら、少しでも早く、計画を立てるか」
 白兵戦は苦手なんだが……とフラガがぼやく声が耳に届く。
「諦めるのね。キラちゃんが大切なら」
 あんたもメインだし……とアイシャが笑う。その言葉は彼だけではなく自分にも向けられているような気がしたのは、イザークの錯覚だったろうか。
 その答えを聞くよりも先に、作戦を決定することの方が先決だろう。
 イザークははやる気持ちを押さえると、年長者二人の判断を待った。

「キラ!」
 アスランの腕に抱かれていたキラの体が、不意に力を失う。
 どうやら、彼の言う『精神的にまずい状況』というのは嘘ではなかったらしい、とアズラエルは判断をする。その理由が何に起因しているのか、というのはよくわからないが。
「いい加減、認めません? その少女が、地球軍少尉《キラ・ヤマト》だと」
 そうであるのなら、保護することもやぶさかではないのだ、とアズラエルは付け加える。自分たちに協力的な《コーディネイター》まで、殺すつもりはないのだから。
「何回、同じ事を言わせる! 彼女は俺の幼なじみで、地球軍に両親を殺されたから、バルトフェルド隊長に引き取られた民間人だ! 第一、貴様達が保護だと! それこそ、彼女を殺すことと同意語だぞ!」
 だが、アスランはあくまでもこう言い返してくる。
「彼女の体を治療できるのは、コーディネイターだけだ!」
 この言葉に嘘は感じられない。
 だが、それが余計にアズラエルのしゃくに障った。
「だから、何なのです?」
 そもそも、コーディネイターは自分たちが作り上げたものだ。それが壊れたとして、治療できないわけがない。
「僕が結論を求めているのは君ではありませんよ?」
 第一、先ほどから自分たちに反論をしているのは当人ではなく、その脇にいるおまけではないか、と。そんな無礼が許されるはずがないではないか、とアズラエルは本気で思う。
「君さえ邪魔をしなければ、あるいは、とっくにもっと環境が良い場所に彼女を移せたのではないですか?」
 そうすれば、倒れることはなかったはず。
 いや、そもそも、こんなところで無駄な体力を使う必要はなかっただろう、と本気で考えていた。
「そうですね。彼女が反対をしても、あなた方を無視していけばよかったのですよね」
 そうすれば、今頃、こうして銃を突きつけられるようなことはなかった、とアスランは言い返してくる。
「本当に、気に入りませんね、貴方は」
 どうしてこうも逆らうのか。
 こちらの好意を受け止めようもしないなんて……とアズラエルは思う。
「必要なのは彼女だけですし、僕としては、貴方なんてどうなってもいいのですよ?」
 いっそ、力ずくで取り上げてしまおうか。
 その方が後腐れがなくていいかもしれない。
 こう判断をすると、アズラエルは隣にいるオルガに視線で合図を送る。
「くれぐれも、女の子は傷つけてはいけませんよ? 相手が作られた化け物でも、女性に対する最低限の礼儀ですからね」
 まして、相手は体調を崩しているのだから。この言葉に、アスランは忌々しそうに自分たちを睨んでくる。
 自分の好意を無にされた、と感じているアズラエルもまた、彼を睨み付けていた。


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ようやく、キラ達の状況に彼らが気づきました。
しかし、この状況を何とか出来るのか、彼らも……フラガとアイシャに期待をするしかないのか……