「……一体どうして……」
 こう言いながら、泣きそうな表情を作るキラを、誰も非難することはできないだろう。実際、シホですらかなり驚いているらしいのだ。
「アマルフィ様がご一緒なのは当然として……まさかエザリア様やタッド様までいらっしゃるとは思いませんでしたからね」
 これで、パトリック・ザラが同席をすれば、クルーゼ隊のパイロット達の親が全て顔を合わせることになっただろう。しかし、幸か不幸か彼の姿はここにはない。それを喜ぶべきなのだろうか、とキラは小首をかしげる。
「僕はただ、OSのチェックをしたかっただけなのに……」
 どうしてこんな大事になったのだろうか、とキラはため息をつきたくなる。
「キラちゃん? 疲れたの?」
 しっかりとそれを聞きつけたのか。エザリアがこう問いかけてきた。
「いえ……ちょっと驚いただけです」
 そんな彼女に、キラは苦笑を返す。
 だが、この言葉も嘘ではない。と言っても、キラが見たことがある開発工場と言えば、ヘリオポリスにあったあの地球軍の秘密工場だけだ。しかも、状況が状況だったせいでゆっくりと観察なんてできなかった。記憶の中に残っているあそこは、大きいと言うよりも硝煙と炎に包まれた場所、であるのだから。だから、比べるわけにはいかないこともわかっている。
 それでも、ここの大きさと設備の良さには感嘆するしかない。
「ここが……ある意味、我々の生命線だからね」
 ユーリが穏やかな口調でキラに言葉をかけてきた。
「穏健派、と言われる私が兵器の開発の責任者だ、と言うことに矛盾を感じることもあるが……だが、これらがなければ我々は地球軍には勝てない。そうなれば、今まで以上の不幸が全ての同胞を襲うだろうからね。私に出来ることは、少しでも兵士達の安全を守れる機体を開発することだけ、なのかもしれない」
 どこか自嘲を含んだこの言葉は、キラにも納得できる。いや、キラ自身、そう思っているのだ。
「僕も、そうです。本当のことを言えば、僕は……戦いに関わりたくはない。でも、あの人達に死んで欲しくないんです……」
 だから、とキラは瞳を伏せる。
 自分がしていることで、彼らが死んでしまうかもしれない。だが、少なくともイザーク達は生き残ることが出来るかもしれない。そう考えるからこそ、こうしてOSの改良を引き受けていられるのだ。
 それに、と思う。
 事情を知っているイザークやディアッカであれば、彼らに会っても殺すことなく何とかしてくれるのではないか。イザークもそう言ってくれていたし。そのためには、彼らが十分に働けるような環境を整える必要があるだろう。キラは自分を納得させるように心の中でこう呟く。
「君の立場はわかっている。だから、あまり無理はしなくてもかまわない。今までのことだけで十分だ、と言ってもかまわないのだからね」
 ユーリがキラの肩にそうっと手を置きながらこう言ってくれる。わかってくれる人がいてくれることが嬉しい、とキラは思う。
 そして、彼のような人がいれば、あるいは……とも思えるのだ。
 この戦争さえ終われば、と。
 キラが微かに微笑みを浮かべようとした、まさにその瞬間だ。
 いきなり誰かに抱きすくめられる。それが誰か、と確認をする前に、
「そうよ、キラちゃん」
 エザリアの声が頭の上から降って来た。それがなくても、キラには自分を抱きしめている相手が彼女だ、とすぐに思い当たったのだが。
「キラちゃんは、イザークのお嫁さんになってくれれば、それでいいの」
 だが、抗議も反論もする暇を彼女は与えてくれない。高らかにこう宣言をする彼女に、キラは言葉を失ってしまう。いや、彼女だけではなく他の者たちも同様だった。
「……エザリア……ともかく、それに関してはキラ君の体調が完全になってからにしなさい」
 今まで口を挟めなかったらしいタッドが、ため息混じりにこう告げる。
「わかっているわよ。でも、キラちゃんは可愛らしいから、よからぬ輩に目を付けられているのよ! 本当は、さっさと公表してしまいたいくらいなんだから」
 だが、それは逆に彼女に火を注ぐ結果になってしまったらしい。キラを抱きしめる腕に力を込めながらさらに言葉を口にした。
「あの……エザリア様……苦しいです……」
 しかし、キラのこのセリフには彼女も耳を貸さないわけにはいかなかったらしい。
「あ、あら、ごめんなさいね、キラちゃん」
 慌てて力を緩めてくれた。
 それにほっと息をつきながらも、キラはイザークの『母上はたまに理性が行方不明になる』と言う言葉の意味がわかったような気がする。
「ともかく、最後に君たちに見て欲しいものがある。そこを案内したら、我が家に足を運んで貰う予定だが、かまわないね?」
 そうすれば、キラもゆっくりと休めるだろう。ユーリがその場を取りなすようにこう告げた。
「そうだな。出来れば、外で待たせている医師にキラ君の様子を確認もさせたい」
 そのユーリを応援するかのようにタッドも言葉を口にする。
「……仕方がないわね……」
 さすがに、キラの体調を楯に取られてはエザリアも妥協しなければならないらしい。小さくため息をつくと、渋々と言った様子で腕の中からキラを解放した。
 そんなキラの脇に、さりげなくシホが歩み寄ってくる。
「申し訳ありません。フォローできませんでした」
 苦笑と共にそんな彼女に気にするな、とキラは視線で伝えた。
「それよりも、後で、先ほどのシミュレーションの感想を聞かせてくださいね?」
 他にもあれこれ、とキラは彼女に微笑みかける。
「もちろんです。ですが、手直しの必要性は感じられませんでしたよ?」
 シホの言葉に、キラは小首をかしげた。
「グゥル、でしたっけ? 地球上での飛行ユニット、それとの連携が鈍いように感じられたので……」
 だから、その点についてもう少し手を加えてみたい、とキラは告げる。
「そうですね。そう言われてみればそうかもしれませんが……以前と比べれば、かなり良くなっているので、気になりませんでしたよ」
 むしろ、これ以上早くなっては戸惑うものもいるのではないか、とシホは口にした。自分以上の技量のものであれば、自力でその点をフォローできるだろう、と。
「キラさんが知っているのが、私以上の技量を持っているメンバーですから、そう思われも仕方がないのでしょうけどね」
 一般の兵士には、あまり過敏にしても反応しきれないのだ、とシホは言いたいのだろう。
「難しいものですね」
 どうしても、イザークをはじめとしたクルーゼ隊のメンバーや、フラガが基準になってしまうのだ、自分は。逆に言えば、そのメンバーが凄いと言うべきなのだろう。
「それに関してフォローをするのも私の役目ですよ」
 だから、自分に遠慮はするな、とシホは告げてくれる。
「……あてにさせて頂きます」
 キラはその彼女の言葉を素直に受け入れることにした。でなければ、確かにわからないことも多いのだから、と。
 そうしている間にも、彼らはさらに奥へと進んでいた。
「これから先は……まだ極秘にしておきたいのだがね。ただ、これらのOSに関して、キラ君にお願いしたいのだよ」
 最高ランクのパイロットが最大限の実力を引き出せるものを、と良いながらユーリが端末にIDを読み込ませる。そうすれば、静かにドアが開いた。
 その先もまだ通路が続いている。
 人気のないそれを進んでいけば、不意に大きなMSデッキらしき場所へとたどり着いた。
「……これは……」
 そして、そこでキラの瞳に飛び込んできた機体はどこか既視感を感じさせるものだった。
「地球軍から奪取してきた機体。そのデーターを元に、開発された機体だよ」
 そして、これらが自分たちの切り札になるだろう。そう告げるユーリの口調にどこか苦いものが含まれていたことに、キラは気づいていた。


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キラの受難と言うべきか、エザリアママンの暴走と言うべきか。どちらが正しいのでしょうか(苦笑)
男性陣が弱い、と言うことだけは事実ですね。