後数分もすれば、間違いなく二人に追いつけるだろう。
 その事実にフラガは安堵と共に不安も感じていた。
「……いったい、何があったんだ?」
 自分が見た《アスラン・ザラ》の性格であれば、アクシデントでもない限り、こんな風に長時間、車を停車させているとは思えない。追っ手が来るに決まっている、と彼も考えているはずなのだ。それなのに、未だに停車したまま……と言うことはアクシデントがあった、と言うことと同意語だろう。
「車の故障ならいいんだが……」
 他の理由であれば、心配だ、とフラガは不安を隠さずに口にする。
「このあたりは、そんなに危険なのですか?」
 それを聞きつけたのだろう。ニコルが問いかけてきた。その言葉の裏には、バルトフェルドの支配地域なのに、と言う疑問も隠されている。
「民間人は……比較的ザフトというかコーディネイターに寛容だ。だが、そうであるからこそ、厄介な連中も集まってくる、って事だ」
 ナチュラルでも、あいつらの存在だけは認められない、とフラガは吐き捨てる。
「ブルーコスモスですか?」
 どうやら、それだけでフラガの言いたいことを理解したらしい。ニコルも眉を寄せた。
「そんなに、多いのですか?」
 さらにこう問いかけてくる。彼もまた、キラ達が厄介事に巻き込まれていなければいいが、と思っているのだろう。
「……それに関しては、俺も知らないが……キラがバルトフェルド氏と出会ったのは、連中のテロがきっかけだそうだ」
 それが、キラにとっては全ての始まりだったのだ、とフラガは思う。
 いや、正確にはヘリオポリスでの一件だろうか。
 どちらにしても、キラ本人の意思とはまったく違った場所で原因が作られている、と言うことには間違いないだろう。
 だから、アスランが自分たちを恨む理由はわかる、とフラガは心の中で呟く。しかし、自分たちとキラの友人達を同一視するのは間違っている、としか言えないのではないか。
 彼らもまた、キラと同じように巻き込まれただけの民間人なのだ。
 そんな彼らまで、自分たち元地球軍のメンバーと同一視しているから、キラは彼に対する壁を壊せないでいるのだろう。
 そして、彼が口にする言葉が逆にキラの壁を厚くしている。それは、間違いなくキラに対する先入観を捨てきれないからだろう。
 だからこそ、キラはイザークやディアッカ、それにバルトフェルド達はあっさりと受け入れられたのだ。
 彼らは《キラ・ヤマト》に対して、余計な先入観を持っていなかった。だから、キラ自身はもちろん、周囲の者たちも――肯定か否定かは別にして――あっさりと認められたのだろう。
 キラにとっては、それが必要なことだったのだ。
「本当、一筋縄ではいかないもんだな、世の中は」
 もし、キラが男のままであればこんなに関係はこじれることはなかっただろう。
 もっとも、それはフレイやイザーク達との関係がここまで良好にならなかった、と言うことと同意語であろう。
 彼らがこうしてお互いの種族に対する嫌悪を打ち消すことが出来たのは、間違いなく《キラ》がきっかけになってのことだ。
 そう考えれば、今の状況が一概に悪い、とは言えなくなってしまう。
「あまり好きなセリフではありませんが、それもまた運命というものなのかもしれないですね」
 ならば、少しでもキラのために良い方法を探してやることが今の自分たちに出来ることだろう、とニコルは言葉を返してくる。
「あの坊主も、お前さんのように考えてくれれば、キラの負担が減るんだろうな」
 それができないからこそ、今の状況なのだろうが……とフラガはため息をつく。
「アスランは……キラさん以外、目に入っていませんから……正確には、彼の記憶の中にいる《三年前のキラさん》でしょうが……」
 それを何とか出来れば、現状は打破できるのだろう。
 しかし、それが一番難しいのだ、とニコルもまたため息をつく。
「ともかく、今はキラを安全に取り戻すことが先決か」
 その後のことは、その後で考えよう。フラガはこう呟くと、意識を切り替えることにした。
「ですね。無事でいらっしゃればいいのですが……」
「無事だろう。少なくとも、あいつがキラを見捨てて逃げないことだけは信用してやっていいだろうからな」
 というより、そのくらいは信用させてくれ、と言うべきか。
 フラガの言葉に、ニコルもまた頷いていた。

「近づくな、と言っただろう!」
 言葉と共に、アスランはキラを他の者たちから隠すように抱きしめた。そうすれば、ほんのわずかとは言え、キラの体からぬくもりが失われていることがわかる。つまり、それだけの衝撃を受けた、と言うことなのだろうか。
「……そいつに聞きたいことがあったんだよ……」
 いったい何がここまでキラを追いつめたのか。
 そう考えていたアスランの耳に、何処か無気力そうな声が届く。
「とっても綺麗な菫色だったから」
 何が、と言われなくてもアスランにもわかった。
 というよりも、アスラン――あるいは、キラを知っている者たち全員――も同じ印象を抱いているからかもしれない。
 だからといって、それとこれとは違う……とアスランが相手に怒鳴ろうか、と思ったときだ。
「キラ・ヤマトと関係しているのかなって思っただけ」
 さらり、とこう付け加えられる。
 次の瞬間、腕の中のキラが、体を強張らせたのがわかった。
 つまり、これが原因だったのか、とアスランは眉を寄せる。
 確かに、キラにとっては触れて欲しくない事柄だ。それ以上に、どうしてこいつらが《キラ》の存在を知っているのか。そう考えれば、先ほどキラが達した結論にしか辿り着かない。
「誰ですか、それは」
 表情を変えることなく、アスランは聞き返す。
 このときばかりは、キラと別れてからの三年間で培ったポーカーフェイスに感謝してしまった。
「……本当に、知らない?」
 それなのに、シャニはあっさりとこう問いかけてくる。
「残念ですが」
 それよりも、とアスランは盛大に顔をしかめて見せた。
「すみませんね。彼女の体調が思わしくないので……さっさと医者の所へ連れて行きたいのですが?」
 言外に、貴様のせいだ……とアスランは付け加える。
「なので、心苦しいのですが、これ以上修理をすることが出来ません」
 自分たちのせいではない、とアスランは言外に含ませた。
「俺は、ちゃんと忠告をさせて頂いたはずですしね?」
 違いますか? とさらに付け加えれば、
「それは否定しませんが……では、僕たちはどうすればいいのですか?」
 こう問いかけてきたのは、当然のように四人の中心人物だ。どうせ、彼がシャニをそそのかしたのだろう。いや、そこまではしなかったとしても黙認していたに決まっている。
「彼女を医師に預けたら誰かに頼みますよ。俺としては、あなた方よりも彼女の方が大切ですから」
 アスランはきっぱりとこう言い切った。
「それは困りますねぇ」
 言葉と共に、金髪の男が軽く指を動かす。
 次の瞬間、残りの二人がどこからともなく銃を取りだした。
「こちらとしても、いろいろと都合があるのですよ」
 そして、銃口をアスラン達に向ける。
「出来れば、女性を傷つけるようなことはしたくありませんからね。彼女が、我々が必要としている相手ではない、という確証が得られない今は特に」
 勝手なことを。
 アスランはこう心の中で毒づきながらも、現状をどうすれば打破できるのかを考えはじめた。


INDEXNEXT

厄介な状況にあります。しかし、アズラエル……実は一目惚れ? 何だかんだと言い訳をしているようにしか思えませんが……
ともかく、早く辿り着いてくれ、フラガ達。