本当は、側に行って手伝いたい。 キラはそう考えていた。だが、アスランはそれを許可してくれない。いや、むしろ反対だ、と彼の瞳が告げていた。 それが、自分を少しでも安全な場所においておきたい、という感情から出てきているものだ、とはキラにもわかっている。 だが、それなら、どうして自分を連れ出したのか……とも言いたくなるのだ。 こうして、ただ座ってみているだけという状況を自分が嫌がっていることぐらい彼は知っているだろうに、と。そう言うところは変わっていない、とフレイに呆れられたのだから、彼女よりもつき合いが長い彼が気づかないわけはない。 だが、と思う。 アスランは、キラが女になってからと言うもの、以前と態度を一変させてしまった。 それは、キラの体調が悪いからなのだろうか。 それともキラが《女》だから、なのだろうか。 「……確かに、アスランは昔から女の子には優しかったけど……」 でも、とキラは心の中で付け加える。今の自分に向けられている言動と記憶の中のそれはまったく違っていた。 本人に問いかければ、間違いなく『キラを好きだから』という答えが返ってくるのは分かり切っている。だから、それ以外の女の子達と同じようには扱えない、と彼は付け加えるだろうと言うことも。 キラだって、彼が好きだと思う。しかし、その《好き》の意味がキラの感情と微妙に異なっているのは、お互いわかっているはずなのだ。それをアスランが認めてくれればそれだけで事態はかなり好転するはずなのに、とキラは思う。 あるいは、彼が友人達を認めてくれれば……だろうか。 「……どっちにしても、無理、なんだろうけど……」 アスランは、自分が他の誰かを見つめているのが気に入らないのだ。 だが、キラはアスランを《親友》以上の存在としては認識できない。いや、彼が今の態度を改めてくれない限り、自分の気持ちもいずれ変化してしまうかもしれない、という不安がキラの中には存在していた。 そんなことにはなりたくないのに、と。 「困った問題、だよね、本当に」 キラがこう呟いたときだ。 「なら、俺らと来る?」 いつの間に近づいてきたのだろうか。若草色の髪の少年がこうと言いかけてくる。 「……何を……」 言い出すのだろうか、とキラは眉を寄せた。 いや、彼が何を考えているのかわからない、と言うべきか。 「あんた……キラ・ヤマト、だろう?」 だが、彼はさらにこう付け加えてくる。その言葉に、キラは一瞬心臓が止まるか、という感覚に襲われた。 この地で、その名前を知っている……とすれば、バルトフェルド隊の者以外にいないはず。 だが、目の前の相手は《コーディネイター》には見えない。 となれば、残された可能性は一つしかないのではないか。 「いえ、違います。確かに私は《キラ》という名前ですが、バルトフェルド、がファミリー・ネームですから」 少しでも自分の顔を覗き込んでこようとする相手から遠ざかろうとしながら、キラはこう言葉を返す。 まったく嘘ではないこのセリフで、彼が納得をしてくれればいいのに、と思っていたことも、また否定しない。 「本当に?」 だが、彼はまったく信用していないようだ。それとも、何か確信があるのだろうか。だとすれば、厄介だ、とキラは思う。 「本当です!」 ともかく、ここは強く言っておかなければ、とキラは叫ぶようにこう口にする。 「彼女に近づくな、と言っただろう!」 その声でアスランも今のキラの状況を知ったのだろうか。言葉と共に駆け寄ってくる。 「アスラン!」 その事実に、キラははがゆさと安堵とを感じていた。 「……あいつ……綺麗な菫色の瞳だった」 アズラエルの足下に座り込んでいたシャニがこう呟く。 「なんですって?」 その言葉に、アズラエルは思わず聞き返してしまった。 「だから、あいつの瞳、綺麗な菫色だった。あれって、コーディネイトしたからなのかな?」 シャニが珍しく長文を話しているという事実よりも、アズラエルには少女の瞳が《菫色》だと言うことの方が重要に思えた。 理由は簡単。 書類に添付されていた《キラ・ヤマト》の瞳も、印象的な菫色だったはず。 「……しかし、対人恐怖症……ですか」 そのような言葉は一言も報告書には書かれていなかった。だが、と思う。あの少年の言葉が全て正しいというわけでもないだろう。 「女性の手を汚すのは不本意だ……と考えているのか、と思っていたのですが」 それに関しては、別段おかしいとは思っていなかった。 確かにコーディネイターは自分たちに奉仕するべきだ、とは思う。 だが、相手にもそれなりの感情がある以上、女性を守りたいという気持ちを否定できないと思っている。まして、現在コーディネイターは女性が生まれにくくなっているのだという。だから、余計に女性を大切にしているのだろう、と推測していたのだ。 だが、もしあの少女が《キラ・ヤマト》だとするのであれば、話は違ってくる。 「……まさか、僕たちの正体がばれているわけではないでしょうね……」 だから、彼女の正体を隠そうとしているのかもしれない。 「確かめ、たいですね」 だが、どうすればいいのだろうか。 本人に確認すれば一番いいのだろうが、素直に口にするとは思えない。 それ以上に、彼女に近づくことが出来るだろうか。オルガやクロトが動くたびに《アスラン》と呼ばれた少年が反応を見せるのだ。つまり、彼は手を動かしながらも、かなりこちらを意識していると言うことなのだろう。 彼の意識をそらしつつ彼女の側に行くにはどうすればいいのだろうか。 そう考えていたときだ。 「シャニ?」 再び、彼がゆっくりと歩き始める。その目標は、もちろんあの少女だった。 しかし、何故か少年の方はそんなシャニの動きに気づいていないらしい。 「仕方がありません。不安は残りますが、任せましょう」 彼に真っ当な会話が出来るとは思えないが、それでも必要な会話だけは出来るだろうから、とアズラエルは考えた。 そして、そのねらいは当たったらしい。 二言三言、何か会話を交わしていた。だが、それも直ぐに遮られる。 「本当です!」 そして、少女の口から出たのは悲鳴のような声。 だが、それが何か引っかかってしまうアズラエルだった。 シャニ……直球勝負ですね。さて、泥沼かな? |