風が髪を撫でていく。 それでも寒さを感じないのは、アスランが用意していた毛布のおかげだろうか。今のキラは、それで全身を包み込まれている。その配慮は嬉しいと思う。思うのだが、 「……アスラン……」 しかし、こんな事が許されるはずがない。 何時までも二人だけでいられるわけはないのだ。 バルトフェルド達の性格を考えれば、既に自分たちを連れ戻そうと動いているに決まっている。それは、アスランにとってマイナスにしかならないだろう、とキラは思う。 「寒い? もっと、何か羽織る?」 毛布の端を握りしめたキラに気づいたのだろう。アスランがこう問いかけてくる。 「戻ろう? 今なら、まだ、ごまかせるよ……」 そんな彼に、キラはこう訴える。 「……戻る気はないよ、今は……」 だが、アスランはあっさりと言葉を返してきた。 「キラが……あの連中と完全に手を切ってくれるって、約束してくれるなら別だけど?」 この言葉に、キラは悲しみに瞳を揺らす。 どうして、アスランはここまで頑なに『キラの三年間』を否定しようとするのだろうか。 「それこそ、無理だよ……僕には、ナチュラルを憎む理由がないし……第一、彼らも僕にとっては大切な人たちだもの」 それに、彼らを否定することは、キラの心の成長も何も、全て否定することなのだ。 いや、それだけではない。 キラを守るために両親がしてくれた選択までも、全て否定することになってしまう。それだけは、アスランにして欲しくない、というのがキラの本音だ。 しかし、どう言えばそれを納得してもらえるのだろう。 それがあの日、バナディーヤで再会してからずっと二人の間にある壁みたいなものだと言っていい。 キラにはそれが見えているのに、どうしてアスランにはそれがわからないのだろうか。 それとも《憎しみ》が彼の視界を塞いでしまったのか。 だとすれば、何と悲しいことだろう。 自分にとってではなく、彼や、その周囲の者たちにとっても、だ。 「その《大切な人》達が、お前に何をした?」 アスランの厳しい声がキラの耳に届く。 「お前がそうなったのも、全てあの連中のせいだろうが」 違うのか、という言葉にキラはアスランの横顔を睨み付けた。 「違うよ! アンディさんの、コーヒーが原因だよ!」 そして、きっぱりとこう言い切る。 「コーヒー?」 この話は初耳だったのだろうか。アスランが呆然とした口調で呟く。 「何か……第一世代の遺伝子にだけ作用するブレンドをつくって、その結果だって……」 だから、フラガ達のせいではないのだ、とキラは言い切る。 「……だからと言って、その状況を作ったのはあいつら、だろう……」 それでもアスランはこういう。だが、その口調に、先ほどまでの力が感じられないような気がするのは、キラの錯覚だったろうか。 その答えを、キラは見つけられなかった。 「まぁ……多少の不安はあるが、とりあえず民間人に見えるか?」 それぞれの服装を見て、フラガは苦笑を浮かべる。 「ものすごく、うさんくさく見えるけど……まぁ、一般人の範疇よね」 アイシャもフラガの言葉に同意を示した。だが、彼女の視線が真っ直ぐに彼に向けられていたことは事実だったが。 「……文句は、お前の恋人に言えよ、デイビス」 「わかっているわよ。アンディも、本当にうさんくさくなるのよね。キラちゃん達が不審に思った、って言うのも納得するわ」 それって、いいのか……とフラガは思う。だが、それでも付き合っているのだから、脇から口を挟むのはやめておこう、と考えた。 「……マリュー達がフレイ嬢ちゃんの意識をそらしてくれているうちに行くか」 そして、さっさとキラを連れて帰ってこよう。でないと、後が怖い、と付け加えれば、アイシャだけではなくディアッカも頷いてみせる。 「……大丈夫でしょうか、キラさん」 ふっとシホがこんなセリフを漏らす。 「大丈夫だろう。少なくとも、あいつはキラを殺そうと思っているわけじゃない」 ただ、キラの意識を自分の理想に押し込めたいだけだ、とイザークが言葉を返している。そんな彼の、一件冷静そうな態度が怖い、とフラガは思う。 何時噴火するか。 それが読めないのだ。だから、フォローのしようもない、と思う。フレイであれば、いくらでも先が読めるのに、と。 こうなれば、さっさとキラを確保するしかない。 「さて、行くか」 ただでさえ後れを取っているのだ。少しでもその差を詰めなければいけない、と付け加えつつ、フラガはジープに乗った。その後に続いて、他の者たちもまた乗り込む。 「行くぞ!」 この言葉と共に、フラガはアクセルを踏んだ。 目の前で、うんともすんとも言わなくなったジープに、四人は思わずお互いの顔を見つめあう。 それは、誰に責任を押しつけるべきか、と考えているようでもあった。 「ともかく、誰かが通ってくれることを期待するしかないですね」 だが、それをしても意味はない……と判断したのだろう。アズラエルはあっさりと怒りの矛先を収めた。いや、正確には心の奥に押し込めた、と言うべきか。 「……戻ったら、この車を整備した奴を処分してあげましょう。あぁ、その前に君たちの好きにしてくれていいですよ?」 自分を殺そうとしたわけではないだろうが、よりにもよってこんな危険な目に遭わせてくれたのだ。そのくらい当然だろうとアズラエルは思っている。 「……ウゼェ……」 「やってらんねぇ……」 「ムカツク」 三人はそれぞれこんなセリフを口にした。どれを同意と受け止めていいだろう、と判断して、彼は頷く。 「それにしても、こんなとこ、人が通るわけ?」 クロトがもっともなセリフを口にする。 「通るんじゃねぇ? 一応、車の轍の跡があるし」 それに言葉を返したのはオルガだ。 「でなきゃ、こんな所、通るか」 さらにこう付け加えたのは、ハンドルを握っていたのが彼だからだろう。 「……うざ〜〜」 そんな二人の言い争いに呆れたのだろうか。シャニがこう呟きながら、体勢を変えた。その次の瞬間だ。彼の表情が微かに変化をする。 「いい加減にしろよ、テメェ!」 「それはこっちのセリフだ!」 今にもつかみ合いになりそうな二人を尻目に、シャニが口を開く。 「……車……」 この声が耳に届いたのだろう。一斉に彼らも振り向いた。 事態は別の意味で泥沼へ(笑) シャニのセリフが多いのは、私が好きだからでしょう、きっと。 |