「キラさん、お待たせしました」
 言葉と共に、ニコルはハッチから顔を出した。しかし、そこにキラの姿はない。いや、周囲を見回しても、その華奢な姿は発見できなかった。
「キラさん?」
 一人でレセップスに戻ったのだろうか。ニコルはそう考える。だが、約束をした以上、彼女が勝手にそんな行動を取るとは思えない。
 と言うことは……とニコルはある可能性に行き着いてしまう。
「アスランが部屋にいるか……確認をしないと……」
 可憐とも言われる――もちろん、本人がそれを認めているわけではない――顔を盛大にしかめながら、ニコルは駆け出す。そして、そのまま端末へと飛びついた。
『どうかしたのか』
 コールを待つことなく、即座にモニターに相手の姿が映し出される。
「ディアッカ! アスランはいますか?」
 その顔を確認した瞬間、ニコルはこう叫んでいた。
『アスラン? いるんじゃねぇの?』
 のほほんとした口調でディアッカがこう言い返してくる。そんな彼の態度に、ニコルは思わず腹が立ってしまった。
「大至急確認してください! キラさんの姿が見えないんです!」
 その思いのまま、ニコルはこう怒鳴る。
『まじかよ!』
 さすがに、この一言にはディアッカも驚かずにはいられなかったらしい。珍しくも焦ったような表情を作った。
『わかった、覗いてきてやる! その代わり、お前は隊長達に連絡を取れ!』
 万が一の時には、直ぐに行動が出来るように! と口にすると、ディアッカはそのまま通話を終わらせる。
「もちろんですとも!」
 アスランの気持ちもわからないわけではない。
 キラと初めてあったのは、彼女がバルトフェルドに保護をされてから、の事だった。そこでアスランがどのような行動に出たかも、ニコルははっきりと覚えている。
 あの後、アスランの口からどれだけ彼がキラを必要としていたのかを聞かされていたのだから。
 しかし、とニコルは思う。
 キラの体のことを考えれば、こんな行動を取ってはいけないのだ。
 アスランもそれがわかっていたはずなのに……と唇を咬む。そして、その表情のまま、急いでクルーゼへと通信をつなげようとした。しかし、彼は今、この艦内で彼に与えられた執務室を離れているのだろう。いくらコールをしても応答がない。
「仕方がない!」
 ニコルは小さく舌打ちをすると、通信の先をブリッジへと向ける。
『……あら、珍しいわね。どうしたの』
 何という偶然なのか。そこにはアイシャがいた。
「……うちの隊長の居場所をご存じではありませんか? バルトフェルド隊長でもかまわないのですが……」
 この報告に関してだけ言えば、彼女でない方がありがたかった。そう思いながら、ニコルは言葉を口にする。
『二人とも、今、通信中よ。カーペンタリアと』
 本当にタイミングが悪い、とニコルは心の中で毒づく。
 あるいは……アスランはこのタイミングを見計らって彼女を連れ出したのだろうか。
 と言うことは、彼はこの時間に通信があることを事前に知っていた、と言うことになる。もしくは、そう仕向けたか、だ。
「カーペンタリアの司令官は……ザラ派の方、でしたね」
 ニコルは無意識のうちにこう呟く。その中に含まれている意味が彼女にわからないはずがなかった。
『キラちゃんに何があったの! 直ぐに報告しなさい、ニコル・アマルフィ!』
 彼女の怒鳴り声が、通信機越しに周囲に響き渡った。

「結論から言います。アスランは部屋にいませんでした。しかも、そうとわからないよう、センサーをいじっていました」
 怒りを隠せない、という様子でディアッカが口を開く。
「どうやら、本気で計画的犯行……と言うことか。それにしても、何故、誰も気がつかなかったのだ?」
 そんな彼を態度だけで諫めながら、クルーゼが呟いた。
「それがだな……整備陣の一人が、キラに近づいていく《ザフトの整備兵》の姿を見かけている。きっと、レセップスの誰かがあいつに用があったのだろう、と特に気を止めなかったそうだ」
 フラガがそんな彼の疑問にヒントを与えるかのように言葉を口にする。
「もちろん、うちの隊のものに確認したが、あの子を呼びに来た者はいない」
 つまり、結論は一つしかない、と言うことだろう。
「トップの証である《紅》を捨ててまで、キラを連れ出したってか……」
 そこまでするか、とディアッカは呆れているのか感心しているのかわからない口調で付け加える。
「だからと言って、ほめてやる気はさらさら無いがな」
 さらに重ねられた言葉には、他の者たちも同意だと言っていい。
「……ともかく、うちのジープを持ち出してくれたのはありがたかったかな。あれなら、居場所を確認できる」
 そうすれば、追いかけることも可能だろう。バルトフェルドはこう口にしながら、さりげなく視線をイザークに向けた。
 つられたように、ディアッカ達も彼へと視線を移す。
 ニコル達の報告を耳にしたときから彼は一言も言葉を発していない。それが、彼の怒りの深さを表しているのではないか。ディアッカはそう判断をする。
 だが、それだけならばいい。
 問題は、何時それが噴火するか、だ。
 その時が怖い、とディアッカは心の中で呟く。
「ドクターと、シホ嬢……それに、君たちとで追いかけもらってかまわないかな?」
 クルーゼがこう言葉を投げかけてきた。
「もちろんです」
 真っ先に言葉を返したのは当然のようにイザークだ。今にも飛び出したい、と考えていることが表情からもわかる。
「それと……アイシャ、君も行くかい?」
 ふっと何かを思いついたというようにバルトフェルドが脇に控えていたアイシャに声をかけた。
「行っても良いのかしら? 彼が無事に帰ってこれるとは思えないわよ?」
 口元だけはいつもの笑みを絶やさずに、アイシャはこう告げる。
「……明後日の出発だけは、出来るようにしてくれよ? でないと、話が厄介になる」
 怪我を楯に、キラの同情を買うような真似をするだろう。その間に何をするかわからない、とバルトフェルドは言葉を返す。
「わかっているわよ。大丈夫。その程度はちゃんと加減をするから」
 ねぇ、ムウ・ラ・フラガ……と意味ありげにアイシャは続けた。次の瞬間、彼が視線を泳がせた、と言うことは、過去に何かあったのだろう。
「本当は、私達も一緒に行きたいんだがね。さすがに目立ちすぎる。代わりに、フラガ氏にも付き合って貰うから、二人の指示を聞くように」
 もっとも、君たちがナチュラルの指示を聞けない……というのであれば話は別だが……とクルーゼが口を挟んできた。
「俺は、かまいません」
 二人とも、ナチュラルでも尊敬できる……と知っているディアッカはきっぱりと言い切る。
「僕も、お二方の経験には敬意を示すべきだ、と思いますので」
 こういう点では柔軟な考えを示すニコルも同じように頷いて見せた。
「……お二人ならば異論はない。キラも信頼しているしな」
 そして、イザークもまたこの場に来てから初めて口を開く。
「では、任せよう。無事に、キラ嬢を連れ帰るように。アスランに関しては……任務に支障が出ないようにだけ気を付けて頂ければかまわない」
 クルーゼが珍しくも本音を口にした。と言うことは、戻ってきた後もただではすまない、と言うことなのか。
 もっとも、それは自業自得だろう。同情をする気もないディアッカだった。


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残された者たちの言動ですね。
アスランの命は風前の灯火かもしれません。アイシャまで本気になりました(苦笑)