「……これで……どうでしょうか?」
 キラはこう口にしながらニコルを見上げる。
「確認させて頂いてかまいませんか?」
 その言葉はもっともなものだろう。そう判断してキラは彼にシート明け渡そうと腰を浮かせた。
「あぁ、そのままで。この体勢でも確認できますから」
 だから座っていて欲しい、とニコルは口にする。
「でも、やりにくいでしょう?」
 自分も身に覚えがあるだけに、キラはこう問いかけた。
「それに、実際にシートに座って確認しないと、細かいところはわからないと思うんです。修正できる時間も、もうほとんどないでしょうし……」
 明後日には彼らはいなくなる。
 その中に、アスランも含まれている……という事実に、キラは寂しいようなほっとしているような複雑な気持ちを抱いていた。
 イザークが残ってくれる、と言うことに関しては単純に喜びしか感じられないのだが。
 しかし、それとこれとは話が違う
 ここできっちりと修正をしておかなければニコルの命に関わるかもしれない。
 キラが心配しているのはそちらの方だ。
「そうですか……では、辛くなったら直ぐにおっしゃってくださいね?」
 直ぐに席を明け渡すから、とニコルは念を押してくる。
「大丈夫だよ、きっと……」
 今日は比較的体調が良いから……とキラは微笑む。そして、今度こそ立ち上がった。そのまま脇にずれれば、即座にニコルがシートに体を滑り込ませる。
「揺れるかもしれませんから、しっかりと掴まっていてくださいね?」
 一度起動しますから……というと、ニコルは手際よくブリッツを起動させた。そして、その場から動くことなくミラージュ・コロイドを発動させる。
「予想以上に早くなっていますね」
 発動までの時間が……とニコルは呟く。
「これなら、ぎりぎりまで進んでから切り替えることが可能です」
 そうすれば、バッテリーの消費を抑えることが出来る、と微笑みを向けられて、キラは困ったように小首をかしげた。
「でも、実際に動いているときはどうか、わからないので……」
 その時のために、本のデーターでバックアップも保存してある、とキラは付け加える。
「キラさんが作られたプログラムであれば、そんな心配はないと思うのですが……」
 それでもバックアップがあれば安心だ、とニコルが口にした。
「では、今日はここまでにして戻られた方が良いかもしれませんね」
 そろそろアイシャが怒鳴り込んでくる頃合いだろう、とその表情のままでこう言ってくる。一緒に、アークエンジェルに来ているのはそのためだろうとニコルは付け加えた。
「そこまではしないと思うのですが……」
 いくらアイシャでも……とキラは苦笑を返す。ここはアークエンジェルで、周囲にいる者たちはみな、キラに優しいから、と。
「だといいのですが」
 しかし、ニコルは納得していない様子で眉を寄せる。
「一応、念には念を入れて頂くのが一番でしょうね」
 だが、その表情は直ぐにかき消された。そして、何時もの柔らかな表情でこう声をかけてくる。
「もちろん、何かあるとは考えてはいませんが、何事にも絶対、と言うことはありませんから」
 残念だが、と彼は付け加えた。
「そう……ですね」
 そうは思えないが、彼がここまで言うのであれば……とキラは頷く。
「では、少し待っていて頂けますか? あちらまで送らせて頂きます。イザーク達にも、そう言われていますから」
 言葉と共にニコルの指がキーボードをたたき出す。そのスピードであれば直ぐに作業が終わるだろう。
 その間、コクピットから出て風に当たってもいいのではないか。
 キラはそう考えてハッチの方へと歩き出す。ニコルにしても、そんなキラの行動を止めるような真似はしなかった。
 もう、自分がMSで戦いの場に赴くことはない。それがわかっているのに、やはりあの中では何か重苦しいものを感じてしまう
 それは、あれらが戦いのための道具だから、だろうか。
 あるいは、仕方がなかったとは言え、他人を傷つけたからかもしれない。
 そんなことを考えていたときだ。
 キラは側に人の気配を感じて何気なく視線を向ける。
 真っ先に目に飛び込んできたのは、バルトフェルド隊の者たちが身にまとっているモスグリーンだった。
「アイシャさんに言われて迎えに来てくださったのですか?」
 今戻るところだったのですが……と言いながら、キラはそのまま視線を上へと上げる。
 だが、次の瞬間、キラの瞳に映し出されたのは、予想もしていない相手だった。
 いや、彼がその色を身にまとうとは思わなかった……と言うべきか。
「……な、んで……」
 驚愕で震えるキラの唇から言葉がこぼれ落ちる。
 しかし、それすらも予想していたのか。彼はそれ以上の言葉を封じるかのように人差し指を唇に当てる。
 そうっと彼の手がキラの背中に伸びてきた。そして、そのまま歩くように促してくる。
 いったい何を考えているのだろうか、彼は。
 こんなシーンを誰かに見られたら、いくら彼でも無事でいられるはずがないのだ。
 だが、周囲の者たちはまったく気にする様子を見せない。
 あるいは、その目的でこの服を身にまとってきたのだろうか、彼は。
 つまり、それは最初からこうするつもりだった、と言うことなのだろう。
「……みんなに、ばれたら……ただじゃ、すまないんでしょう?」
 だから、今からでも自分をレセップスに連れて行って欲しい……とキラは言外に付け加える。だが、彼は当然のように無視してくれた。
 自分が言いたいことがわからないわけではないだろうに。
 それなのにどうして、とキラは思う。
「……アスラン……」
 キラの唇が彼の名をつづった瞬間、彼の翡翠の瞳が楽しげに輝く。それでも、キラを解放してくれようとはしない。
 アークエンジェルのデッキから外に出れば、そこには一台のジープが用意されていた。
「乗って、キラ」
 少しドライブをしよう、と彼は微笑む。しかし、優しい口調なのに、彼の手はキラに逆らうことを許してはくれなかった。


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キラを連れ出すためならプライドを捨てますか、アスラン……しかし、これでニコルも敵に回しましたね、アスラン。